5話 とある貴族のご令嬢②
マシューがマリーの元を訪れたのは、貴族令嬢を占ってから20日程過ぎた頃だった。
「久しぶりだね、マリー。ごめんね、なかなか来れなくて。何だか最近は忙しくて」
「でも、毎日お手紙をくださるもの。久しぶりな感じはしませんね」
マリーの淹れたお茶を一口飲んで、マシューはほっと息をつく。
「君の淹れるお茶は相変わらず美味しいね。販売も軌道になっているようで何よりだ」
「ええ、ニケ様が上手に売ってくださるので、そのお陰です」
「彼は無愛想だけど腕は確かなようだからね」
マリーはマシューに茶葉の生産の事は話してあるが、占いの事は秘密にしている。
もし話してしまえば、何故マリーが光魔法を使えるのかと言う話に絶対になってしまうだろうから。
(エバは私の中に居る事を余程マシュー様に知られたくないようだし)
ニケとマシューも面識はあるため、マリーは彼に占いの事を口止めしている。
ニケはそういった約束を反故するような人ではないので、まず彼から漏れてしまうことはないだろう、と。
「じゃあマリー、腕と脚を出してくれる?」
「はい」
マリーは言われるがままに服の袖を肩口まで、脚は太腿のぎりぎりまで裾をめくった。
「……どうしてだろうね」
マリーの右腕の縫い目を撫でながらマシューは重苦しく呟く。
「君以降にも、似たような手術を何件もしたことはあるんだ。―――なのに、どうして君だけこんなに繋ぎ目が残ってしまったんだろう」
マリーの四肢には、それぞれ魔法糸で縫われた繋ぎ目がはっきりと残っている。丁寧に、細やかに縫われたそれは濃い赤色をしていて、よく目立つ。
とは言っても、普段は服を着てしまえば見えることのない位置なのだが。
瞳だけは縫い目が見えない位置にあるけれど、エメラルド色の右目と、アメジスト色の左目を身につけたマリーは当時一瞬で話題の的となった。
世間は、同情よりも先に明確な蔑みを持ってマリーをこう呼んだ。
“死体を繋げて生きている、つぎはぎマリー”と。
彼女がそんな扱いを受けて誰よりも悲しんだのがマシューだ。
自分が助けたせいで、マリーが過酷な環境に置かれてしまった事が助けてしまった後悔へと繋がって。
そんな後悔を抱く自分を嫌悪し。
その一方で彼の立場はどんどんと上がっていった。
奇跡の魔法医だと。
マシューにも長く苦しい時間は続いた。
いや、今も続いているのかもしれない。
「色々調べているのに、どうしても分からない……」
「マシュー様、私は本当に気にしてないので。貴方には感謝しかありませんし、この糸だってもう愛着がありますもの。なくなってしまったら逆に悲しいかもしれません」
「……マリーは、優しいね」
「そんな事、ありません。優しいのはマシュー様です」
マシューは無意識にマリーの右手の人差し指を撫でていた。
その指の側面には黒子が2つ、並んでいる。
エバの特徴を色濃く残した人差し指。
「……エバ様の御手は、とても器用なんです。元の私の物よりもずっと」
マリーの言葉にマシューは嬉しそうに目元を緩めた。
「……彼女は刺繍が凄く上手だったからね」
マリーとマシューの間に流れる空気は酷くしんみりとしている。
『ほら、マリー今よ!今日こそお聞きになって?新しい婚約者はもう決まったのかと』
神妙な空気の中マリーに響いたのは、そんなエバの一言だった。
「…………」
『こんな、こんな窶れてしまって……。早く決まらないと、公私共に支えてくれる方がいないと駄目なのよ!』
『エバってさ、たまにお馬鹿だよね。イブにも分かるよ?今は違うって』
『な、なんですって!?』
『そうだよ〜。あんなに愛おしそうにエバの手を撫でてる男が次行けるわけないじゃない』
ジェシカの呆れた声にマリーは大いに同意した。
「……そういえばマシュー様。随分とお忙しそうだけどちゃんとお休みは取れていますか?」
「うーん、それがね……今ちょっと王都――と言うより王家周りが慌ただしくてね」
「?」
「実はね、オーラン様がとある男爵令嬢を告発したんだけど――」
最近聞いた名前に、マリーは飲んでいたお茶で溺れそうになってしまった。
『え、それって』
『この前占ったやつ関係あるわよね、絶対』
『……なるほど、隠された怒りが溢れてしまったわけか』
イブの驚きにジェシカが返し、アーシュがぽろりと呟いた。
『あらあらまあまあ!修羅場ってやつですわね!』
『エバ、この手の話大好きなんだな……』
興奮気味のエバに、呆れた声を出すグレン。
「こ、告発ですか……?」
「うん、どうやらオーラン様の婚約者を貶める為に相当な悪事に手を染めてしまったみたいだね」
「婚約者を、貶める」
「そう。尻尾を掴む為にずっと我慢してたみたいだけど……公の事実だから言っちゃうけどこの前その婚約者殿が暴漢に襲われそうになったんだよ」
「そ、んな……」
「それがね、決め手となって――と言うかオーラン様の逆鱗に触れちゃってさ、全貌を暴く前に彼暴走しちゃって」
「暴走」
「凄かったよ、本当に。火属性ここに極まれりって感じで。でも、婚約者殿は酷く冷静でオーラン様を最後まで信じ続けてくれたみたいでね。それで、彼女に諭されて何とか命までは奪わなかったんだけど」
「いのち」
「いや、もう本当に刈り取る勢いだったんだよ。……それに、少し前まで婚約者殿もオーラン様にだいぶ不信感を持たれてた様子だったからさ、そのままだったら大変な事になってただろうね」
「大変な事ですか?」
「うん、だって好きな人には信用されず、そんな中憎い相手は自分の大切な人に悪意を垂れ流してて。
全ての恨みがぶつけられても不思議じゃ無いでしょ?」
『確かに、マリーがそんな目に遭ったら俺は相手を生かしておく自信はない』
うんうんと共感しているアーシュの声は残念ながらマリーには届いていなかった。




