1話 マリーたち
マリーが住む森には茶葉の原料に使える草花が沢山生えている。
その知識を教えてくれたのは、マリーの左脚であるグレンだ。
グレンは二つ隣の国にある大きな商会の跡取りで、あの日も屋敷に招待されていたらしい。
事実彼は子供達の中でも頭一つ抜きん出て話が面白くて、褐色の肌について失礼にも突っかかってきた貴族の息子もさらりと笑顔で交わしていた事をマリーはよく覚えている。
森に来たばかりのマリーはグレンに教わりながら茶葉を作り、お茶を楽しんでいた。
そんな彼女に茶葉を売ろうと提案をしてくれたのは右脚であるジェシカ。
マリーには生涯困らないお金はあるけれど、彼女が生きるのをつまらないと思わない様に、と。
そうして細々と茶葉を売りに出しているのだが、これが意外に評判が良かった。
今では半月に一度、取引先となった商会の人間が森の中まで受け取りに来てくれるのだ。
アメジスト色の瞳を細めて、マリーはまじまじと手の中の花を見る。
「ねえ、グレン。このお花はハーブティーに使えますか?」
『ああ!けどこれは少し酸味が強くなるから蜂蜜と合わせて飲むのがいいかもしれん!』
「ありがとうございます……ふふっ」
『どうしたの?マリー』
ジェシカの問いにマリーは更に笑みを深めた。
「ええ、あの夜の日のグレンを思い出してしまったんです。だって今のグレンを見るとあの日は相当猫をかぶっていたのね、と」
『あの日は、子供ながらに仕事だと思って来てたからな!父からも言われていた!丁寧に、和やかに。嫌味を言われても買うなよ、と』
『まあ、こうしてずっと一緒に過ごしているんだもの。偽ったままなんて無理な話ですわね』
エバの声にマリーも確かに、と頷いた。
「私なんて全てみんなに知られてしまっていますものね。最初の頃は催した時など本当に恥ずかしくて―――『お、俺は!そういう時とか耳を塞いでるから!』
『何言ってるのアーシュ。わたし達に塞ぐ耳なんてもう無いじゃない』
呆れた様に漏れたジェシカの呟きに、アーシュは押し黙ってしまった。
『……でも、そう考えると不思議。イブ達はマリーの何処に宿っている事になるのかな?だってイブ達、夜は普通に眠るし、なんなら朝起きる時間は各々違うでしょ?でも、例えばイブが寝ててマリーが起きてても左腕は動かせる―――じゃあイブ達は果たしてマリーの何処に住んでるの?』
マリーの左腕であるイブの疑問は常々皆が思っている事。
「心、とかですかね?」
『でも、イブ達はマリーの考えている事を共有したりは出来ないよね。こうして声に出して会話をする事で分かり合ってる。普通の人と人みたいに』
『……それに、まさかわたくし達5人の意識が保たれたままだとはあのマシューでさえ気が付いてないと思うわ』
『それは、エバが全力でマリーを止めたからでしょ?言わないでーー!!って』
『……それは、そうですけど』
『わたしがエバの立場でも止めたと思うな。ま、ほら!どうせわたし達どう足掻いてもあの夜死んじゃった訳だしさ。こうして、マリーと過ごせて私はラッキーだなって思ってるよ』
空気を変えるジェシカの発言に、マリーはホッと息を吐いた。
ジェシカはとても大人びた面があって、よくこうして助けてくれるのだ。
『俺は幸せだよ、マリー。こうして君の傍にいられて』
『さ、そろそろ戻るか!採取も出来たしもう昼食の時間だろう!』
『おい、遮るなよグレン』
『マリー、昨日の煮込みいい感じに味染みてそうだよね。わたし早く食べたいな』
「ええ、朝焼いたパンと共にいただきましょう」
『味覚が共有できてるのも不思議』
『まあいいじゃん、イブ。わたし達はマリーであってマリーじゃない。ぶつかる事もあるし、美味しいものや楽しい事も共有出来る。つまりさ、ほら、ただの友達!』
言い切ったジェシカに、マリーは見えるはずのない彼女の笑顔を確かに感じた。
マリー達の成り立ちは不可解で不思議だ。
最初の頃はマリーだって何度も自身の正気を疑った。
全てが己の創り出した幻聴なのではないかと思っていた。
けれど、確かに皆、存在している。
違う事を考え、趣味趣向も違って、喧嘩だって多々起きる。そして仲直りをする。
(……ずっとこうして穏やかに過ごせます様に)
※
ふわりふわりと淡い草花が揺れる草原で、またまた淡くなんとも言えない色をした空をマリーは見上げていた。
「ここ、どこ…?」
『あら貴女、ようやく起きたの』
銀髪の少女がマリーの顔を覗き込む。
タンザナイト色の輝く瞳が真っ直ぐにマリーを射抜く。
「………?」
その整った容姿は、夜会で仲良くなった少女のものだった。
少しだけ散らばったそばかすを酷く気にしていて、マリーは可愛いのにな、と不思議に思ったのだ。
「あ、れ……私達夜会で……」
『そう、死んだのよわたくし達――貴女以外は』
「ど、ういう……」
『イブ達、それこそ木っ端微塵になっちゃったの。マリーもまあまあ凄かったけど、奇跡的に助かったみたいだね』
薄紫色の髪の、トパーズ色の瞳が大きい少女。
(ゆったりとした喋り方が可愛らしかった)
『んで、生き残ったキミに、これまた奇跡的に形が残ってたオレ達の身体を使ったみたいだ!』
黒い短髪に、褐色肌の、ルベライト色の目をした少年。
(話の上手な、快活な方だった)
「つ、使った……?」
『そう、マリー。わたし達あなたの一部になったの。……まさか死んじゃうなんてなぁ……予想外!』
薄紅色の髪の、ガーネット色の瞳を持つ優しい顔立ちの少女。
(同い年なのに、大人びてて素敵だった)
『マリー、おはよう』
金色の髪に、アメジスト色の瞳を持つ少年。
(最初から私に、優しかった)
その草原に居る全員に、マリーは見覚えがあった。
あの屋敷で、あの中庭で、子供だけのお茶会をしようと集まった中に皆居た。
自己紹介をして、楽しく過ごしている時に、急に視界が目も開けられないほどの光に包まれたのだ。
マリーにはその後の記憶はない。
気が付いたらここに居た。
『わたくしの偉大なるマシューが貴女を助けたの。……起きたらよくよく感謝なさいな』
「ま、待ってください!まだ、何にも……理解が……」
混乱するマリーの小さな手を、同じく子供の手がぎゅっと握った。
『大丈夫だよ、マリー。俺達は君のそばに居る』
少年の声が優しくマリーを包み込んだかと思うと、ぐんっと体の全てを下から引っ張られる様にマリーは落ちていった。
「―――――っ!!」
「……っ!目が……!ねえ!僕が見えてる?もし分かったら手を握り返してくれるかい?」
反射的にマリーは握り締められていた右手の指を折り曲げる。
「良かった……良かったっ!!ほ、本当に……!!」
ぼろぼろとこぼれ落ちてくる涙がマリーの顔中に降ってくる。
『汚いな。マリーの上に溢すなよ』
『あ、貴方マシューになんて事言うのよ!!彼がどれだけの葛藤と、誠意を持ってこの子を助けたと……っ』
「―――……え」
聞こえて来た声に、この部屋には他にも人がいるのだろうかとマリーは思った。
それにしては目の前で泣く少年があまりにも無反応で。
『あれ、もしかしてマリー聞こえてる?イブ達の声』
こくん、と少しだけ頷けば5個の驚きの声が返って来た。
「あ!!待ってて!!今お医者様も呼んでくるから!」
顔も拭わずに少年が慌てて部屋から出ていく。
「今の方は……」
『彼がマシュー。わたくしの婚約者で貴女を治した素晴らしい方よ』
「え、と確か……エバ様、でしたよね?……ど、どうしましょう、この事をあの方に相談した方が――『いいえ』
はっきりとした拒絶に、マリーは言葉を止める。
『いいえ、マリー。彼には言わないでちょうだい――マシューはね、わたくしの事が大好きなの。だから、言わないで』
懇願の様なそれに、マリーは混乱しながらもただ頷くしかできなかった。
――これが、マリーたちの始まりの日。




