13話 占い
「……貴女は……今、幸せに過ごしているのか?」
「――はい。毎日楽しく、過ごしています」
「そうか。―――それは、良かった。事件直後、助かった貴女への声は決して優しいものばかりでは無かったと私も覚えている。……他人事ながら腹立たしかった」
マリーは重ねていた手をそっと退かす。
ルイスの手は随分と温まっていた。
「ありがとうございます。そのお気持ちだけで充分です」
「……トルジア家はあの夜会で貴女以外は助からなかったと……先程私を孤独だったと言ってくれたが、それは貴女もだろう」
「……私は、」
マリーは、決して孤独では無かった。
確かに家族が居なくなってしまった悲しみはあれど、マシューも居たし、何より5人が常にそばに居てくれたから。
(ルイス様はずっと、家族を、イブを待っていたのに)
ルイスと出会ってからマリーがずっと抱いているもの。それは、罪悪感だ。
彼がずっと後悔して、会いたいと思う相手とマリーはずっと一緒に居た。
――考えてみればマリーは5人の遺族と会おうと考えた事は無かったし、調べたことも無かった。
最初は戸惑いと日々の忙しさから――その後は5人との生活が楽しかったから。
(私って)
全身から血の気が引く。
(私って、なんで自己中心的な人間なの……!)
『マリー、私今貴女が考えている事手に取るように分かるわ』
そんなマリーの思考を遮ったのはエバだ。
『貴女のせいじゃない。そもそも私がマシュー様に気付かれたくない一心で貴女を黙らせたのが原因よ。貴女に落ち度はないわ』
『いや、そもそも誰もマリーに頼まなかったもの。自分の家族がどうなるか調べてって』
そんなエバにジェシカも続く。
『そうそう。オレもあんま家族を調べるとか考えていなかったし』
どこまでも明るい、グレンの声。
『みんなと過ごすのが楽しくて、イブも思いつかなかったよ』
今は少し鼻声の、イブの声。
『マリー。君はいつだって俺たちに誠実だよ』
マリーを許す、アーシュの声。
(……みんなの、唯一の欠点は私に甘すぎるところですね)
「……すまない、酷なことを聞いたな。……私はどうも、こう、気の利いたことが苦手でな。気を抜くとすぐにこうだ」
「いえ、そんな事ありません。こうして今日、お会いしてお話できた事とても嬉しいです」
「――貴女は、今どんな事をして過ごしているんだ?」
ごほん、と咳払いをしたルイスは話題を変えようとマリーの近況を尋ねる。
「え、と、そうですね……主に茶葉の生産をして稼ぎを得ています。住んでいる近くには材料となる草花がたくさん咲いているので。いろんな組み合わせを試して、楽しいです」
「そう、なのか……」
「後は――……趣味で占いをしてみたり」
占いに関しては仕事ではなく、趣味でと誤魔化した。
もし万が一、ルイスがマシューと会った時に占い師をしていると話題にされても困る為だ。
(だからと言ってマシュー様には言わないで、と口止めするのもルイス様には疑問でしょうし……)
「占い?」
「はい、花占いなのですが」
「ほぉ……それはこの屋敷に咲く花でも出来るのかな?」
予想外に食いついて来たルイスにマリーは内心で驚く。
とても彼が占いを信じる性格だとは思わなかったからだ。
「どうでしょう?私が使うのはクロベルの花なのでもし咲いているようであれば……」
「―――クロベル?」
途端に、目の前の男の纏う空気がガラリと変わった。
「は、はい……」
「――貴女は国立図書館の特別許可室に入った事は?」
特別許可室とは、王家から正式に承認された人間しか立ち入る事の出来ない、持ち出し厳禁の本が置かれた部屋だ。
「いえ、ありません……」
細められたトパーズの瞳に、背中に冷や汗が流れる。
『なになになに、どうしてお兄ちゃんいきなり怒ってるの?』
『え!なんで!?マリー普通の事しか言ってなく無い?』
『……もしかして』
アーシュのポツリと溢した言葉にマリーは更に不安が広がる。
「……クロベルを、湯に入れて他者の願い事を思い浮かべながら光魔法を流す。……そうするとその者の願いに対する答えが心に返ってくる……それが、貴女の占い?」
「え、あ……」
(どうして……)
マリーの戸惑いに答えを見出したルイスは深く眉を寄せる。
「――何故、占いに使った茶を本人が飲み干さなければならないか知っているか?」
「―――!し、りません……」
「……人の願いを、他者が飲む事も捨てる事も許されないからだ」
「あ、……たし、かに……」
(そうか、あのお茶はその人の願いそのもの)
緊迫した空気の中、理由を知ったマリーは思わず頷いてしまった。
「……クロベルだけを指定した花占いは、他に存在しない」
「え」
(知らなかった……)
「そして、この占いについて書いてある書物はこの世に二冊しか無い。一つは先ほど言った国立図書館の特別許可室に。もう一冊は―――」
マントの下のマリーの顔は大量の冷や汗と、血の気の引いた真っ青な顔をしている。
(もしかして―――)
「我が辺境伯爵家の、書庫だ」
『え!そうだったの?イブ知らなかった〜』
場にそぐわない呑気なイブの声に、マリーの肩ががくりと落ちる。
『……これ、詰んでない?』
ジェシカの呟きがどこか遠くに聞こえた。




