12話 孤独
墓地から徒歩圏内だと言う別邸に、ルイスの少し後を歩いてついてマリーは向かう。
「……それほど距離を空けずとも……」
「いえ、こんな姿ですから近くを歩いたら不審がられてしまいます」
「……そんな事はない――そんな事は決して」
前を向き歩くルイスの顔を見る事はできなかったが、その声色は強くはっきりと聞こえた。
程なくして到着した落ち着いた造りの屋敷には、必要最低限の使用人しか居らず、静かなものだった。
「ちゃんとしたもてなしが出来なくてすまないな」
「いえ、どうかお気遣いなく」
『ね、効率重視な家でしょ?本邸もそうなの』
『でも凄く過ごしやすそう。わたしこう言うお家落ち着いてて好きよ』
『ありがとう、ジェシカ』
「……それで、その、聞いても良いだろうか……貴女には辛い記憶だと分かっているのだが……」
「勿論です。――あの夜、イブとは……イブ様とは」
「いい、貴女の話し易いように」
「すみません……イブとは中庭で初めて会ったんです。あの夜子供達だけでお茶会をしようとそこに集まっていたんです。……イブはとても緊張していた様子で、少しそわそわしてました」
「……だろうね。あの子はああいった場が苦手な子だったから」
「それで、最初に話しかけたのはジェシカ、という少女なんです。彼女は凄く社交的で、イブを輪の中に連れてきてくれて。私、その頃好きな小説があったんです。そしたらイブもその本が好きだって、凄く盛り上がって」
『そうだったねぇ、ジェシカがイブを助けてくれた』
話しながらマリーの脳裏にはあの日の、楽しかった記憶が蘇ってくる。
辛い、辛い夜の前――楽しい時間が確かにあった。
マリーの右目から涙が溢れ、落ちる。
「イブは私の一つ年下の7歳と教えてくれて、……夜会が終わった後は文通をしようと約束したんです。好きな本の感想を送り合おうって」
『結局最終巻まで一緒に読んでその場で感想言い合う形になったね』
「……そうか」
「私だけじゃなくて、他のみんなとも楽しそうに話していましたよ。本当に、あの場にいた子供達は驚くくらい仲良くなったんです」
「そうか……そうか、イブは最期を楽しく過ごしていたんだな」
目の前のルイスから震え零れ落ちる声が聞こえる。
下を向いた顔は見えず表情は分からない。
「……私はね、あの日家族全員を失って――まず両親を恨んだ。私は夜会にイブを連れて行って欲しくなかったから……何故、何故行ってしまったんだと」
『お兄ちゃん……』
「次に、私の元婚約者を。……あの夜彼女の家の食事会に呼ばれていて――何故よりによってこの日に、と……」
『元って、元ってどう言う事?お義姉ちゃんと結婚してないの!?』
「そしてなにより、私自身を。どうして、どうしてもっと強く止めなかったのか。イブはまだ7歳だった。両親の焦りはとんだ見当違いで、あの子は十分に素晴らしい子だと、どうしてもっと強く止めなかったのか!まだ、7歳だ!7年しか生きてない!あの子は……父と母だって、難はあったけれども大事な家族だった。それでも、俺は恨まずにはいられなかった……悲惨な事故で亡くなった人を恨む俺はなんと非情なのかと……」
『……っ』
イブの、息を呑む声が聞こえる。
(なんて、なんて重たく冷たい叫び……)
言葉を返せないマリーに、ルイスははっとしたように顔を上げた。
「……っすまない!その、あの夜のイブの話を聞けたのは貴女からが初めてで……すまない、いきなりこんな戸惑う話を……」
「……あの時、イブは7歳でした……けれど、貴方だってまだ幼かったのではないですか?そんなにお年も離れてないとお見受けします」
「……10歳だった」
「その年で、家族を亡くされて――辺境伯の全てを背負ったのでしょう?」
「……叔父が、手伝ってくれた。今でも補佐として傍に居てくれている」
「――それでも、消えない孤独は確かにあったはずです」
「それは――っ」
テーブルに置かれたルイスの手に、左手を重ねる。
丸い、可愛らしい爪。本来のマリーの爪は縦に細長いものだった。
『お兄ちゃんっ……ごめんね、ごめんねぇ』
ひんやりと冷たいルイスの手に少しでもイブの体温が分け与えられるように、と願いながら。




