10話 お墓参り①
『そういえば、明日のお墓参りはどうする?帰りもニケは着いてくるんでしょ?』
ふと、明日の予定を思い出したジェシカの声にマリーははっとした。
「あ!そうでした……!そこは、私達だけで行きたいですね……」
『そうだな!ニケ殿からしたら何故そんなところに用が、となるだろうし』
「帰りはここで別れたい、と素直に言えば納得してくれるでしょうか」
『……いや、俺には分かる。あの手の男はそんな曖昧な理由で引き下がったりしない』
『すごいわアーシュ。断言するのね』
『……腹立たしいけど、あの男と俺は似ているところがあるから』
「うーん、ではどうしましょう……」
みんなで理由を考えている時、コンコンと扉を叩く音が部屋に響いた。
「―――っはい!」
「俺だ。夜分にすまない……扉は開けずこのままで」
声の主はニケだった。
「……どうされましたか?」
「すまないが、明日王都の中心街の方で緊急の仕事が入ってしまった。こちらにいる商会の人間を遣わせるから明日はそいつと帰ってもらう事に……」
「ちょ、ちょっと待ってください!ま、街の方に行かれるんですか?」
「あ、ああ」
『わお!タイミング良すぎ!渡りに船ってやつね』
ジェシカの嬉しそうな声が響く。
「……実は、私もそちらの方に行きたいと思っていたんです。――もしよかったら途中までご一緒させてもらえませんか?」
「中心街に?」
扉越しに怪訝そうなニケの声が聞こえる。
「は、はい。え、と」
『茶葉の市場を確認したい』
「ちゃ、王都で人気な茶葉をこの目で見てみたくて!」
(流石です……グレン!)
「……なるほど。同行するのは構わないが市場には一人で回る気か?」
「あーと、」
『マシューに付き添ってもらう、と』
「ま、マシュー様に共に行ってもらおうかと!王城で働いていますし、そちらの流行りも聞きたいので」
「……なるほど」
(アーシュ……ありがとうございます)
「どこまで行く?噴水広場辺りか?」
市場から程近い広場の名前を出されたマリーは頷きながら答える。
「は、はい!そこまで連れて行ってもらえると助かります」
「わかった。……いきなりすまなかった」
「いえ、お陰で助かりました。ありがとうございますニケさん」
「ああ……では」
「はい。おやすみなさい」
「……おやすみ」
遠ざかる足音を聞きながらマリーはほっと息を吐いた。
「……思わぬ形で、何とかなりましたね」
『ね。グレンも凄い。イブは咄嗟に理由を思いつかないから』
『誤魔化すのは得意なんだ!』
『……それ、胸を張って言うことかしら?』
呆れたようなエバの声に、グレンは乾いた笑いを返す。
「……グレンもアーシュもありがとうございます。私も全然何も思いつかなくて……これで、お墓参りに行けますね」
『ふわぁ……安心したらイブ眠くなっちゃった』
「ふふっ私もです。もう寝ましょうか」
マリーは囁くように、幼い頃よく聞いた子守唄を口ずさむ。
『おやすみ、マリー』
そうして眠りに落ちるその直前、優しさの詰まったアーシュの声がマリーを包んだ。
※
「また是非いらしてね、絶対よ。本当にありがとう」
「こちらこそありがとうございました。とても楽しい時間でした」
「……占い師様」
「何でしょう?」
「………抱き締めてもいいかしら?」
「え、」
マリーが返事をする前に、花のような香りと温かい体温に包まれた。
フレアはマリーよりも背が高いため、腕の中にすっぽりと収まる。
「あ、あの……?」
「……貴女に心からの感謝を」
マリーはマントの下で目を閉じる。
ここまで他者の体温を感じたのは、本当に本当に久しぶりだった。
もうずっと、マリーを抱きしめる人なんて居なかったから。
胸の奥から、じわりじわりと温かいものが湧いてくる。
(私……すっかりフレア様のことを好きになってしまいました)
恐る恐るマリーがフレアを抱きしめ返すと、さらに強く彼女はマリーを抱きしめた。
ニケが用意してくれた商会用の馬車にマリーは乗り込む。
ここの近くには支店があるらしい。
ニケは御者をしてくれるため中にはマリーだけが座っている。
フレアが用意してくれたものよりも簡素な作りだが、商人が支店に置いておく馬車にしては立派な物だった。
(前から思ってたけど、ニケさんの商会はかなり大きいのでは……)
普段森に篭っているマリーはその規模を知らないが、それでも本店ではなく支店でこの馬車を持つ財力の強さはありありと分かった。
「動くぞ」
ニケの声と共にゆっくりと車輪の回る音が聞こえ始めた。
マリーは窓を開け、屋敷の門へと顔を向ける。
そこには未だ屋敷の中に入らず見送り続けるフレアの姿があった。
マリーも身を乗り出し手を振りかえす。
フレアは、馬車が角を曲がるその時までずっとそこに立ち続けていた。
「……何だか、名残惜しくなってしまいます」
『また会えるよ、きっと』
慰めるようなイブの言葉に、マリーは笑って礼を返した。
窓の外の景色がだんだんと知っているものに変わる。
賑わう栄えた街は、昔マリーが住んでいた場所だった。
(本当に、久しぶり……)
「……もう、着くぞ」
「はい」
暫くするとゆっくりと馬車が止まり、外からニケが扉を開けてくれた。
「……その荷物も持っていくのか?あとで俺が家まで届けてもいいが」
「……ありがとうございます。でも、大丈夫です!持って行きます」
「……そうか」
「本当にありがとうございました、ニケさん。あの馬車代を……」
「いい。どうせ同じ方面だったんだ。気にしないでくれ……それより、いくら治安が良いとはいえ女1人は危険だ。早くマシュー殿に合流してもらった方がいい」
「……ふふっ、分かりました。ありがとうございますニケさん」
意外にも心配性のニケにマリーは思わず笑ってしまった。
彼はこう見えて情け深いのだ。
「……では、俺はこれで」
「はい。お仕事頑張ってくださいね」
「……ああ、あんたも」
何度もマリーの方を振り返りながらも御者台に座ったニケはゆっくりと去って行った。
「さて、と。まずはお花を買って向かいましょうか」
マントのフードを下に引っ張りより顔を見えないようにしたマリーは市場へと向かう。
王都の中心街――ノールデンスは様々な人種が入り混じっている。
その中にマントを被ったマリーが居た所で誰も気にも留めない。
「この花束を下さいな」
「はいよ、毎度あり」
(不思議ですね。同じ街でも貴族は互いの変化に敏感なのに、ここでは誰も他者を気にしない)
それでも、もしマリーがこの街に住んでいたら何処からか噂が巡り巡って、市場にさえ顔を出せなくなる未来も合ったのかもしれない。
難なく花束を手に入れたマリーはそのまま貴族の邸が立ち並ぶ区域へと足を進めた。
10分程歩き続けて着いたのは、大きな共同墓地だ。
“旧・ヴァルグラス公爵邸跡地”
此処は、あの悲惨な事件があった現場そのもの。
屋敷自体は取り壊されているが、広い広い土地には大きな石碑が建てられている。
そこには、犠牲になった人々の名前が刻まれている。
王都の、こんな立地に共同墓地なんて、と反対する声はなかったと言う。
人の形を保った者の方が少なかった遺体は、どの家にも返すことができなかったから。
皆纏めて、この地に眠っているのだ。
国によって管理されたこの土地は、石碑の周りには花々が咲き乱れ、綺麗に保たれている。
それでもマリーがそこに着いた時、人は誰も居なかった。
『誰も居なくて丁度いいね』
『そうだな!変に話しかけられても面倒だしな』
イブとグレンの声にマリーもこくりと頷く。
静かに、祈る時間があるのは嬉しいから。
石碑の前に用意されている献花台に花束を置き、マリーは祈りの姿勢を取る。
『……何かさ、この祈りの両手を握りしめるの、イブとエバが手を絡めてるみたいでいつも緊張するんだよね』
『ぶふっ……!辞めてよイブ!鼻があったら鼻水飛び出てたわよ?わたし』
『は、破廉恥ですわ!イブったら……私まで緊張してしまうじゃないの』
『あっはは!キミはいつもそんな事を考えていたのか!』
『……ねえちょっと。マリー肩震えちゃってるじゃん。場所考えなよ。墓場で1人で笑う女になっちゃうでしょマリーが』
「………ふっ……ふふ」
アーシュのとどめの一言にマリーの喉からはぷるぷると笑い声が漏れてしまった。
「……もう、ほら。今は祈る事に集中して下さい……みんなも、みんなの家族も眠っているんですから」
『……そうだね、ごめん。イブ変なこと言っちゃった』
「怒ってるわけじゃないですよ」
『うん』
マリーは再び目を閉じて、少し躊躇した後両手を重ねる。
ジェシカの忍び笑いが聞こえたが、聞こえなかった振りをして。
(―――お父様、お母様、姉様……マリーが参りました。お久しぶりになってしまってごめんなさい。でも、いつも森で祈っているから許して下さいね。私は本当に毎日楽しく過ごしています。見守ってくださっているから、お分かりでしょうけど。でも、報告させて下さいね―――)
あの夜、マリーの家族はみんな天へと還ってしまった。
当時マリー以外は屋敷の休憩室に居たが、その部屋に生存者は居らず。
とても見せられないと判断された家族はマリーと対面する事も無く、この地の中へと眠りについた。
それでも、現場を必死に捜索してくれた騎士のおかげで、3人のそれぞれの遺品は確かにマリーの元へと還ってきたのだ。
それは、森の家のマリーの宝箱に大切に仕舞われている。
各々が静かに何かを祈っていた―――その時。
ぱさり、とマリーのすぐ横で誰かが献花台に花を置いた。
「あ、陣取ってしまい申し訳ありません」
「いや、お気になさらず」
マント越しに、横に立つ男の顔を見てマリーは息を呑む。
「……イ、ブ……?」
思わず出てしまったその一言に、男はそのトパーズ色の目をこれでもかと見開いたのだった。




