それは飴玉なのか小惑星なのか
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【それは飴玉なのか小惑星なのか。】
■人数:2人
■登場人物:男1人 藍
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人間は目に映るすべてに名前を与えて、ようやく安心できる生き物だと僕は思う。
犬には犬種を、病気には病名を、感情には恋とか妬みとか憎しみとか…そういう呼び名をつけずにはいられない。
名前がついた瞬間から理解できるものに変わる。
逆に言えば名前を与えられないものはずっと怖いままだ。
僕が“それ”を拾ったのは、小学5年生の頃。
だけど今になって思う。
あれは本当に「拾った」のだろうか。
もしかしたら見つけられていたのは僕の方だったのかもしれない。
あの頃の僕はあまり喋らない子どもだった。
学校では浮いていた。
別にいじめられていたわけじゃない。
でも…誰かの輪の中に入るタイミングがわからなかった。
笑う場所が半拍ずれる。
会話の終わりが読めない。
みんなが夢中になっているものに興味が持てない。
だから教室ではずっと“観測”していた。
大人になった今では馬鹿にされがちな趣味。
人間観察…笑う人間、怒る人間、騒ぐ人間…。
あの人はこういう人だ、あいつはまた同じ行動をしている、なんで人を好きになるとあんな風にチラチラ人を見るんだ?…とか。
どうしてそんな風に動くのか少し離れた場所から眺めていた。
ある日の三者面談で担任から友達がいない事を指摘をされた。
帰り道母親から言われた言葉をずっと覚えている。
「あんたは優しいんじゃなくて、遠いのよ」
その意味を僕はずっとわからなかった。
夏休み。
塾の帰り道、いつもの公園の裏で僕は銀色の直径3センチほどの球体を見つけた。
親指と人差し指で摘むと妙に重く、表面には黒い染みが浮いていた。
ああ、これは帰れないものだな…。
なぜだかそんな風に感じてしまった。
どうしてそんな風に感じたのかはわからないが…恐らく人間は時々自分と似たものを直感で見抜くんだと思う。
「それ何」
背後から声がし、振り向くと隣の学校に通う幼馴染の藍がいた。
藍の目は誰かに媚びることを知らない目をしていて、昔から世界に対して怒っているみたいな顔の持ち主だ。
「落ちてた」
「ふーん」
彼女はしゃがみ込み銀色の球体を覗き込んだ。
「飴っぽい」
「…流石に落ちてたら触らんよ」
「じゃあ小惑星?」
「極端すぎん」
「でも変じゃん」
たしかに“それ”は変だった。
けれど僕はその違和感に安心している、世界には最初から名前のつかないものが存在する。
そう思えることが少し心地よかった。
「持って帰れば」
藍は無責任に言った。
「なんで」
「なんかお前っぽいし」
「どういう意味」
「帰れなさそうな感じ」
その言葉に僕は笑えなかった。
これはきっと名前のない感情だ。
その夜“それ”は浮いた。
机の上で音もなく重力を忘れたみたいに。
『観測者を確認』
声は頭の中に直接響いた。
僕は恐怖より先に「やっぱり」と思った。
不思議だ…まるで前から知っていたものに再会したような感覚。
「…誰」
『定義不能』
「…意味わかんない」
『質問をする、ここはどこだ』
「広島」
『広島とは何だ』
「県」
『けんとは』
会話自体は成立しているのに根本が噛見合わない、その感じが少しだけ学校に似ていた。
翌日、藍を呼んだ。
彼女は最初こそ驚いたが案外すぐ受け入れた。
「宇宙人か」
『不明』
「…じゃあ飴玉?」
『不明』
「小惑星?」
『不明』
「何ならわかんだよ」
少しの沈黙を破ったのは得体の知れないこの謎の物体だった。
『私は_____落ちていた』
それだけだ。
“それ”には記憶がなく、時々“それ”は奇妙な言葉を口にした。
『文明は孤独を誤魔化すために発展する』
『生物は自分を理解しないものを恐れる』
小学生の僕には難しかったがその言葉は胸に残った。
ある日僕は訊いてみた
「お前、なんで地球来たの」
“それ”は長く沈黙した
『墜落』
「事故?」
『あるいは逃亡』
「何から」
『忘れた』
藍が河原の石を投げながら言った。
「忘れるって嫌だよな」
「そう?」
「だって自分が誰かわかんなくなるじゃん」
その時、“それ”が静かに言った。
『人間は自分を覚えすぎてる』
夏草が揺れる。
『だから苦しむ』
その言葉に、藍は黙り込んだ。
後になって知ったんだが、藍の父親はその頃にはもう家にほとんど帰っていなかった。
母親は夜まで働き藍はずっと一人でいた。
でも彼女はそれを誰にも言わなかった。
怒っているみたいな顔をしていたのは、泣き方を忘れていたからだった。
一方で僕は、静かに壊れていく家庭の中で「何も感じないふり」を覚えていた。
父親は家にいたけれどずっとテレビばかり見て、母親は笑っていたけれど目が死んでいた。
誰も本音を言わない家だった。
だから“それ”と話している時間だけが、妙に楽だった。
“それ”は空気を読まない。
察したりもしないし、ごまかしたりもしない。
わからないことを、わからないと言う…人間なんかよりずっと誠実だった。
八月の終わり。
町の空がおかしくなり始めた。
鳥が同じ場所を旋回している。
時計が遅れたり、夜空に星が増えたり…。
街の皆はそれに怯えているのか、楽しんでいるのか、地震の前触れだの根拠のない事で騒ぎ出した。
そしてある夜“穴”が開き、空に黒く巨大な裂け目ができた。
その周辺の星はどこかに消えてしまっていた。
『回収が来る。』
“それ”が言った。
「帰るの」
『不明』
「帰りたいの」
長い沈黙
『わからない』
僕は少し腹が立った
「お前さ何でも“わからない”だな」
“それ”は静かだった
「帰りたいかどうかくらい自分で決めろよ」
その瞬間。
"それ”が初めて感情らしき揺れを見せた。
『選択が恐怖』
僕は息を飲んだ
『選択すると別の可能性が死ぬ』
『それは痛い』
その言葉は小学生の僕には理解しきれなかった。
でも…今ならわかる。
あれは多分“生きる”ということそのものだった。
いつもの河原にきた。
遠くで電車が走る音が聞こえる。
僕も藍も一言も話さない…
空の裂け目はゆっくり脈打っていた。
『質問』
“それ”が言う
『私は飴玉なのか小惑星なのか』
僕はしばらく考えた
飴玉
小惑星
どちらも“人間がつけた名前”だ。
でも本当は____
人も、世界も、簡単に分類なんかできない
優しい人が残酷だったり、愛が支配になったり。
家族なのに孤独だったり…。
僕はずっと「ちゃんと名前のつくもの」になれなかった。
明るい子、人気者、優等生。
どれでもない。
…だから苦しかった。
けれど。
目の前の“それ”もどこにも属せない存在だった。
今、ようやく気づいた。
僕は“それ”を理解したかったんじゃないんだ
ただ…自分と似ていてほしかったのだ。
「…どっちでもないんじゃない」
“それ”が静かに回転する。
「飴玉でも、小惑星でもなくてさ」
僕は夜空を見上げた。
裂けた空の向こうには名前もない暗闇が広がっていた。
「お前は、お前だろ」
風が吹いた。
長い沈黙のあと“それ”は、微かに光った。
『理解不能』
だけどその声は少しだけ笑っているように聞こえた。
数年後、僕たちが出会った公園に“それ”をそっと置いて帰った。
何を置いていったのかは言わない。
きっと誰かは勝手に名前をつけるのだろう。
飴玉とか小惑星とか、ビー玉だとか思い出だとか。
でも…それでいい。
それでも“それ”は“それ”のままだ。
夜風が肌を撫で、ブランコを軋ませる。
振り返らなかった。
名前のないものが、名前のないまま存在できる。
そんな夜もきっとあるんだ。




