死闘の後の一時
「マウ…ちゃん…」
俺は上から落ちてくる闇士を、なんとかジャンプして受け止め着地した。その場に寝かせ、闇士の短剣を手に取った。そして、尻尾めがけて投げつけた。
「…」
「グゥァウゥゥワァァァ」
「なんと…。投げた短剣が尾に刺さるタイミングに合わせて、もう1つの尾を剣で切り裂くとは…。驚くべきはそのスピードと魔獣蛇の動きを完全に見切った攻撃。素晴らしい…。ハッ!」
「はっ?…。マリーナ!?うっ、眩しい…これは?」
薄目を開けると、堕天士長さんが縮んでいく魔獣蛇から溢れる悪気を浄化していた。
「マリーナ様はご無事です。マウア様のお力、しかと拝見させて頂きました。」
「ミラさん…?これで奴は。」
「はい。浄化は終わりました。しかし、魔獣蛇はマウア様が倒されたのですが、覚えておられないのですか?」
俺が倒した?そっか…。マリーナがやられて、俺は必死でマリーナを救って、それで…。
「ごめん、…覚えてないや。」
「そうですか。おそらくは無我夢中だったのでしょう。しかし、これは天士様にとってよき報告となります。それと、マリーナ様の傷の手当ては私が行いますのでご安心を。」
「ミラさん、そんな事もできるの?」
「ええ。天の力を開放する堕天士は、肉体を回復させる事ができますので。」
「そうなんだ。スゴいね。」
「彼女の中には、彼女自身の魂と、別の魂が存在します。ですから、回復は早いでしょう。では、始めます。ハッ!」
闇士は、堕天士長さんの両手から放たれた光に全身を包まれた。
「マリーナの中に、…別の魂があるの!?」
「その顔は、ご存じなかったのですか?誰しも肉体と魂は繋がっていますが、闇士の場合はもう1つの魂の影響が大きいのです。その魂の天の力のおかげで、闇士は悪の力を使っても肉体が耐えられるのですよ。」
「そっか。だから普通の人は悪気の武器を使えないんだね…。」
「はい。普通の人間、すなわち天の力が弱まった時、悪の力は肉体を乗っ取り、やがては魂を乗っ取るでしょう。」
「それが、バイラインや訓練生に起こったのか…。」
って事は、悪気を纏った武器を使用したシフおじさんや、ナイクさんもいずれは…。あの時、訓練場でナイクさんが助かろうとしなかったのは、魔人に対しての戦闘ではなく、あの武器を使えば自分はいつか魔人化するってわかっていたからか…。だからシフおじさんは、見知らぬ場所で命を絶った。シフおじさんへの恩返しの意味は、当時あの武器をナイクさんに使わせなかったって事…か。
「バイラインは、リホ様のお話から推測しますと、肉体は乗っ取られても魂は影響を受ける前だったそうです。訓練生は魂までもが影響を受け、魔人化が始まっていたとお聞きしました。」
「そうだね…。」
だから訓練生は、体が大きくなって尻尾があったのか…。
「今日のような魔獣は、悪気に抵抗する意思がありませんので、人よりも化けるまでのスピードが何倍も早いのです。魔獣と魔人の差は、ここにあります。」
堕天士長さんは、淡々と話ながら闇士の治療を続けた。
なぜここまで詳しく説明してくれるんだ?俺にリホに近づくな!と言ったのは、声色からしてこの人だ。それに、話を聞いていると、何故かリホよりこの人の方が詳しいように思える。見た目はナイクさんと変わらない二十歳前後ってとこか。それなら詳しくても、不思議はないんだけどさ…。
「あの、ミラさんは悪気の武器は使えないの?」
「ええ、使えませんよ。私は、肉体の一部に天の力を宿しているに過ぎませんから。」
堕天士長さんは、袖を少し手前に引いて、手首の内側を見せてくれた。そこには、太陽のような印が刻まれていた。
「これが、我々堕天士が持つことを許されている天の刻印です。しかし、この程度の力では、悪気を纏った武器を使えば魔人化してしまうでしょう。」
「じゃあ、リホはどうなの?やっぱり使えない?」
「ええ。理由は違いますが、やはり使えません。リホ様は、生まれながらに強力な天の魂を持っておられます。ようするに、悪が全くないのです。ですので、悪気の武器がリホ様を受け付けませんし、例え握ったとしても、すぐに浄化してしまうのです。」
「普通の武器に戻っちゃうのか…。だから、天士や堕天士は直接魔人や魔獣の肉体にダメージを与えられないんだね。」
「はい。悪気に犯された肉体にダメージを与えるには、皮肉ですが同じ力。すなわち悪の力を使わなければならないのです。我々にできることは、悪の力を浄化する事と、魔人や魔獣を押さえる事のみ…そろそろマリーナ様がお目覚めになりますよ。」
堕天士長さんの両手から光が消えた。
「マウちゃん…。」
あお向けに寝ていた闇士が、目をそっと開けた。
「良かった。マリーナ、平気か?」
「うん。ミラさんだっけ?ありがとう。」
「いえいえ、私はできる事をしたまでです。ではマウア様、私が街までお送り致しますので、肩をどうぞ。」
俺のダメージも相当だ。立っているだけでフラフラする俺は、素直に堕天士長さんの好意に甘えた。そのまま俺たちは、洞窟を抜けて街の方へと歩き出した。
「何か、戦闘の時も今も助けてもらってばかりで…、その…。」
「あなたはあなたの役割を十分に果たされた。それが全てです。本当は、マウア様も回復させたいのですが、さすがに私も回復せねばいけませんので、申し訳ありません。」
「そんな、マリーナの方がダメージは大きかったし、少し休んだから俺は大丈夫です。でも、こんなんで本当にみんなを、世界を守れるのかなぁ。」
「あなたは、あなた自身が思う以上に強い。必ずや、未来は素晴らしいものになるでしょう。」
「未来か…。その時、俺やリホはこの世にいないんだよね。あ、いや、そうなったら嬉しいよ。嬉しいんだけど、ちょっとだけ寂しい気持ちにもなるなぁって。」
「あなたは英雄になるのです。誰にでもできる事ではありませんよ。」
「そうだよ、マウちゃん。なんなら、あたしが代わりに英雄になってあげてもいいよー?」
「マリーナ、そりゃ無理だよ。だって…。」
そう言えば、何で俺なんだ?リホに言われたから?悪魔を倒せたから?でも、悪魔を倒せるだけなら、マリーナだって倒せる…。
「おーい、マウちゃーん?生きてるかー。」
「ん?あ?えーと、何だっけ?」
「そんな真剣に考えなくてもいいじゃん。私じゃ無理ってわかってるし、ね?」
「いてっ!」
でっ、デコピン!?
「マリーナ!何すんだよー。」
「はい、眉間のシワとーれた!」
「眉間のシワ?アッハハ。マリーナ、やっぱり英雄の役、譲ろうか?」
「仮に譲れたとしても遠慮する。だって私、夢があるんだもーん!」
「夢?初耳だな。どんな夢だ?」
「英雄マウアと救世主リホを知る第一人者として、世界中で講演をするの。マウちゃん、どーしよー。稼ぎすぎちゃってお金使いきれるかなぁ。」
「真面目に聞いて損したわ…。」
「冗談なんてお金以外は言ってないよー。私思うんだー。だって歴史は語られるものでしょ?だけと今はみんな知らない。だからマウちゃん、何も心配いらないからね。全て私にお任せくださーい!」
闇士は自分の胸をポンと叩いた。
自信満々の顔。こりゃマジだな。
「ミラさん。マリーナの未来に不安を感じるから、俺たちが死なずに済む方法ってないかな?」
「そうですね…。では全員で魔人になりましょうか?そうすれば、死なずに済むかもしれませんね。」
呆気にとられた俺とは別に、笑ったのは闇士だった。
「おっもしろーい!ミラさん真面目そうなのに、結構やるねー。私、マウちゃんとのコンビ解消してミラさんと組もうかなー。」
マリーナさん?いつお笑いコンビ組みましたっけ?
「という冗談はさておき、もうすぐ街に着きます。マリーナ様、私はこの辺で戻らねばなりませんので、マウア様をよろしくお願い致します。」
「はーい!任せといて。ミラさん、今度ネタ合わせしようね!」
「ですから、私にそのようなセンスはございませんので。では、失礼致します。」
マリーナ、空気を読め!ミラさんの顔がひきつってるぞ!
「またねー!」
「ミラさん、ありがとうございました。」
暗闇に消えるように、堕天士長さんは去っていった。
「さってと…ミラさんもいなくなったし…。」
伸びをしながら、闇士が怪しげに言った。
「マリーナ?どこ行くの?」
「な・い・しょ。」
「内緒?」
「だって、ミラさんにばれたら怒られちゃうもーん。」
「…へ?」
「じゃあねーマウちゃん。」
闇士はどこかへ行ってしまった。
俺、まだ満足に動けないんだけど…。




