転落
女王様とリリーさんがいる居間から出れば、イザベラさんが待っていた。
「これからどうなさいますか?」
「外に出ます」
「かしこまりました。では外出の準備をいたします」
俺とイザベラさんが一度部屋に戻っている途中、見知った顔がいた。
教室の中では誰とも喋らず、トップカーストの連中に目を付けられないようにしていた男子生徒、藤原だ。
お金をせびられれば素直に従い、悪口を言われたとしても何も言い返さない、陰キャと呼ばれるにふさわしい言動をしていた男子生徒だと覚えている。
その藤原は制服ではなく動きやすい恰好をしており隣に専属のメイドさんがいて、手を繋いで歩いていた。
「や、やぁ、大万くん」
だが藤原は俺に挨拶をしてきたことで少し驚いてしまう。
「あぁ、おはよう。藤原」
「お、覚えていたんだね。僕の名前」
「クラスメイトだから覚えているだろ」
「そ、そういうものなんだ……」
トップカーストの連中はそれができていなかったから普通ではないのだろうな。
とは言え、こうして挨拶をしてきたのはこっちの世界に来たから変化があったのだろう。
「僕さ、元居た世界では一生底辺として生きていくんだと思っていたんだけど、こっちの世界に来たらなんかできる気がしてきたんだ……!」
そして隣にいるメイドさんを見る藤原。それに対してメイドさんはニッコリと笑った。
おそらくはヤッたのだろうな。どういう形かは分からないが、そういうご褒美があると思わせたら頑張るのだろう。
「僕、頑張るよ!」
「それはいいことだ。一緒に頑張ろうな」
「うん!」
そう言ってメイドさんと歩いていく藤原。
「……あれ、気づいていないんですかね」
「おそらく気が付いていないかと」
藤原はメイドさんが嫌がっていないのだと思っているのだろう。
だが、俺から見ればかなりメイドさんが嫌な気分をしていると分かる。
最初、女王様は成果を出せば何でも叶えると言っていた。でもこの国の女性たちは、男と接することに忌避感を覚えている様子だ。
「さっさと気が付いて、メイドさんに歩み寄れればいいんですけどね」
「そうですね。そうすれば彼女も喜ぶことでしょう」
俺もイザベラさんもできもしないもしもの話をする。
人間レベルが低い藤原が、そういうのに気が付くのは無理だ。メイドさんがどれだけ我慢できるかの話になってくるだろうな。
とにもかくにも、一度俺の部屋に戻って万全な状態に装備する。
藍色のマントを羽織り、さらに漆黒の手装備をすることで準備が万端になった。
「そちらの手装備は魔法陣が刻まれています。<収納>の魔法陣が刻まれていますので杖の収納にお使いください」
「それは便利ですね」
試しにイザベラさんが渡してきた杖を持ち、手装備の魔法陣を使ってみる。
どうすればいいのか俺は分からないが魔王のジョブがキチンと分かっているようで杖は消えた。
さらに取り出そうとすれば杖は出てきた。
「すぐに使いこなすことができるとは、お見事です」
「ありがとうございます」
できない人もいるのだろうな。魔王のジョブがなければ俺も分からなさそうだし。
「これはどれくらい収納できるんですか?」
「成人男性くらいまで収納することができます」
つまりは少なく見積もって六十キロとかそれくらいかな? それならかなり収納できるな。
装備の性能を聞いてから、俺はイザベラさんに見送られながら城から出た。
城に残った他のクラスメイトがどうしているのかは知らないが、俺は俺でやるべきことがある。
そもそもこの国のダンジョンがどこにあるのか聞いていないが、おいおい聞くことにはなるだろう。
今はやるべきことをやるために外に出ようとする。
レベル上げから始まり、<剥奪>の実験をやる。かなり楽しみではあるからやるべきことではないな。
王都に出れば昨日見れなかった本来の賑わいが見ることができた。
ただ、男である俺がいることで少しだけ注目されることになるが、この国では仕方がないことだ。
国から装備が支給されるから装備の心配をする必要がないから王都を探索することはあまりなさそうだ。
これよりもいい装備がある可能性は捨てきれないが、可能性は低いだろうな。
「あ! い、いたぁ!」
俺が王都を歩いていれば俺に向けて声を発している、聞き覚えのある女の声がした。
無視をしてもいいが、それだと面白くないからそっちを見ることにした。
そこには昨日ぶりの星川がいた。昨日と変わらず汚れた制服を着ている。
「何の用だ。俺は忙しいんだ」
忙しいのは事実だがそこまで急いでいるわけではない。
「お、お願いだから……お金を……」
必死そうだがどこか心の中でプライドが邪魔をしている感じで俺にお願いをしてきた星川。
「昨日金貨を一枚恵んでやったろ。それはどうした?」
「……聞いてよ! 原田たちに奪われたのよ!」
え、なんだその面白い展開は。詳しく聞いてみようか。
「どうして原田たちに奪われたんだ? 原田と仲が良かったよな? 一緒に使ったんじゃないのか?」
星川と原田はいつも一緒にいた。だから付き合っていると思っていた。
そんな会話をしていたからな。でもこの状況になって、面白いことになっているようだな。
これまでこの世界に来てトップカーストではいられなくなったからな。
「もうあいつとは金輪際縁を切った! だって、あいつ私が頭を下げて手に入れたお金を、さも自分たちの金だと言い張ったのよ!?」
「ほぉ」
どうやらトップカーストの連中は下に見る相手がいなくなると、他の獲物を見つけるようだ。
俺にとっては違和感がない行動だが、今までトップカーストだった星川にとっては屈辱的なことだったのだろうな。
「お金はあいつらに奪われたし……お金を稼ごうにも娼婦は……」
「娼婦になればいいじゃないか。それしかないんだろ?」
そうなったらきっと城に残ったクラスの男子たちは行くだろうな。
「あんなことに、なるんだから、嫌よ……」
星川は震える体を抱きしめていた。
「何かあったのか?」
俺は元トップカーストの連中がどうなっているのか知りたいから優しく聞いてみる。
どうやら精神的に参っているようで、星川はすぐに口を開いた。
「……すずねが、娼婦になったのよ」
すずね……あぁ、あの貞操観念が緩い女か。あのパンツやブラをお構いなく見せてくるし、それを見ていれば童貞と馬鹿にしてくる下品な女なら、娼婦になりそうだ。
「平気だって言っていたすずねだけど……数時間後には乱暴にされて、意識もハッキリしない状態になって……!」
あぁ、やっぱり俺の予想は当たっていたな。
この国の男はかなりヤバいということは分かった。それに女王様が騎士団を強くするのも、そこら辺が関係しているな。
「それならそいつは今も大けがを負っているのか?」
「うん……今は宿にいるけど……」
回復する金もないってことか。
「娼婦の報酬はどうしたんだ?」
「それも! あいつらが奪って行ったのよ!」
「それはそれは……」
随分とひどいことをしているな。よほど下に見られてイラついていたのだろう。
それで自分たちが上じゃないと気が済まないと思ったのだろうな。
「だから、お金をくれない……?」
本来なら可哀そうだと思うのだろうが、こいつは因果応報という言葉しか思い浮かばない。
元居た世界では俺たちのことを笑いものにして、俺たちをイジメていた。
「ふっ、俺にしてきたことを忘れたのか?」
「……ご、ごめんなさい」
「そんな口先だけの言葉なんて届かないな。お前は俺が殴られているときも笑っていたんだぞ? 尊厳を踏みにじられて、お前は俺を笑っていた。それなのに助けてもらえると思っているのか?」
都合のいい頭をしている星川にそう聞いてみる。
「ごめんなさい! なんでもするから、助けて……!」
星川はこちらに深く深く頭を下げてくる。
よほど娼婦になることが嫌なのだろう。
「なんでもか」
「なんでも、する」
「それなら一日だけ娼婦になれば、ずっとお金をやるがどうする?」
なんでもするって言ったから一番嫌なことを言ってみれば、星川は顔色を悪くさせながら顔を横に振った。
「い、いやぁ……」
……おぉ、これはとてもそそるな。
この星川の震えて、泣きそうになっている顔はかなりそそるものがある。
ていうかそこまでヤバかったのか。それならそれであいつらに復讐機会がなくなってしまうから保護するべきか。
付け込まれるような真似はしないが、これはいい機会だ。
「それならお前には何ができる。ステータスはゴミで、性格もゴミ。そんなお前は俺に何をしてくれるんだ?」
「な、なんでもする! 私の体を使いたかったら使ってもいいから! だから……お願いします……!」
今までの人を小ばかにすることしか能がないような星川が、頭を深々と下げているだけでかなり気分がいいな。
声色的にこちらをだましていないようだし、ここいらでお願いを聞いてやるか。
「分かった、お前にお金を恵んでやろう」
俺がそう言えば星川はぱぁっと顔を明るくさせたと思ったら、少し悪い顔をしていた。
「やっぱり、私を助けたのって私のことが好きだからぁ?」
何を勘違いしたのか、ニヤニヤとした顔をしている星川。
「治してくれたのも、お金をくれたのも、そういうことでしょ?」
「……お前、イジメてくるやつを本気で好きになると思っているのか?」
「それならどうして助けてくれるのよ」
「分かり切ったことを聞くな」
俺は一歩星川に近づいて言ってやる。
「お前が簡単にくたばらないようにするためだ。分かり切っていることだろ?」
まるで予期していなかった答えを聞いたような顔をする星川。
「娼婦で壊れたお前のお友達になれば、それ以上苦しんでくれないからな。だから俺は恵んでやるんだ」
星川を見下す形で目を見てそう言ってやる。
そんな言葉を向けられた星川は震えて呼吸を浅くしているが、あまり不快さを感じていない様子だった。
……まあどうでもいいか。




