企業城下町
朝七時。
セクター3――。
(セクターとは、巨大民間企業が統治する企業国家のことであり、
複数存在し、それぞれに1,2,3,...とナンバリングされている)
巨大な円筒形の居住区画に、人工太陽の光がゆっくりと灯った。
窓の外に見えるのは、灰色の空ではない。
何層にも重なった巨大な建造物だった。
住宅棟、工場棟、物流ターミナル、研究施設、発電設備。
それらが数百メートルから数キロメートル規模の高架道路によって接続され、都市そのものが一個の巨大な機械のように稼働している。
壁面には、至る所に企業のロゴが表示されていた。
――ARGUS NORN CORPORATION。
――GAIA INDUSTRIES。
――SECTOR GOVERNMENT NETWORK。
セクターに暮らす人々にとって、それは当たり前の光景だった。
「お母さん、今日、学校早いよ」
「分かってる。朝食、持っていきなさい」
十六歳の少年が、制服の襟を整えながら玄関を出る。
母親はキッチンで合成食品のパックを温めていた。
「今日、生物学のテストがあるんでしょ?」
「そう。マナオルガノイドと、イビルマナオルガノイドの細胞構造の違い」
「難しそうね」
「そんなでもないよ」
少年は端末を確認しながら、朝食を口に放り込む。
壁掛けディスプレイでは、朝のニュース番組が流れていた。
画面には巨大な発電施設の映像。
無数の塔と配管が並ぶ、果てのない工業地帯。
画面の右下には、
《SECTOR ECONOMIC NEWS》
と表示されている。
『続いて、エネルギー関連のニュースです』
女性キャスターが淡々と読み上げる。
『アーガスノルンコーポレーションの第3発電所の発電量は、上期までで前年比160%増を達成し、過去最高益を記録しました。続いてのニュースです』
「160%増だって」
「景気がいいわね」
母親は特に驚いた様子もなく答える。
「じゃあ、電気料金も安くなる?」
「企業がそんなに簡単に値下げすると思う?」
「しないか」
ニュース画面が切り替わる。
今度は、広大な緑の大地が映し出された。
青い空。
森。
山。
そして、その森の中を歩く巨大な生物。
『続いて、マナ大陸――第3発電所管轄区域における発電効率向上について……』
少年は何気なく画面を見る。
巨大な生物が、森の中をゆっくり歩いている。
画面には小さく、
《マナオルガノイド:推定個体》
と表示されていた。
「これ、動物?」
「発電ユニットよ」
母親が答える。
「学校で習ったでしょう?」
「そうだった」
少年は頷いた。
マナ大陸。
それはセクター3の住民にとって、遠い場所だった。
そこには大量のマナオルガノイドとイビルマナオルガノイドが生息している。
それらは生体内部にマナ、あるいはイビルマナを蓄積する人工生命体。
アーガスノルン社が長い年月をかけて管理・改良してきた、巨大な生物資源。
そして大陸そのものが、
「発電所」
だった。
少なくとも、セクターの教育ではそう教えられている。
「ねえ、お母さん」
「なに?」
「マナオルガノイドって、自分で考えるの?」
「種類によるんじゃない?」
「人間みたいなやつも?」
「さあ……」
母親は少し考えてから答えた。
「でも、人工生命体でしょう?」
「うん」
「だったら、私たちとは違うわよ」
少年はそれ以上聞かなかった。
ニュースでは、次の話題が始まっていた。
『アーガスノルンコーポレーションは、本年度より第3発電所における新型発電ユニットの導入を――』
少年は制服の鞄を肩に掛ける。
「行ってきます」
「気をつけてね」
自動ドアが開く。
外には、同じ制服を着た子供たち。
スーツ姿の会社員。
配送ロボット。
作業用アンドロイド。
空中を走る無人輸送車。
そして巨大な企業ビル。
誰もが端末を見ながら歩いている。
今日もセクターは正常に稼働している。
企業は利益を上げる。
学校では人工生命体について教えられる。
そして遠いマナ大陸では、人間によく似た生物たちが暮らしている。
彼らは自分たちを、
「人間」
と呼んでいる。
しかし、セクターの人々は知らない。
その「発電ユニット」の中には、自ら文明を築き、王国を作り、魔法を使い、互いに恋をし、子供を育てている存在がいることを。
ましてや――
セクターの住民たちが毎日見ているニュース映像の向こう側で、
「発電所」と呼ばれた世界が、一つの文明として生きていることなど。
セクター3の朝は、今日も平穏だった。




