競合他社
アーガスノルンコーポレーション本社。
最上階。
外壁のほぼ全面が透明な超高層会議室には、セクター0の巨大都市が一望できた。
数百メートル級の居住塔。
無数の輸送路。
工業プラント。
そして、地平線の彼方まで続く巨大な発電施設。
会議室中央には、黒い楕円形のテーブルが置かれている。
その周囲に、十数名の執行役員と各本部長が座っていた。
正面の大型ディスプレイには、企業国家群の勢力図が表示されている。
セクター1。
セクター2。
セクター3。
そして極東に広がる巨大企業国家――
「垓亜」。
会議室に、低い声が響いた。
「垓亜コンツェルンの動向はどうなっている。」
執行役員Aだった。
営業本部長が手元の端末を操作する。
「垓亜コンツェルンの久遠朔奈会長と先日、会談を行いましたが、最近は、マナオルガノイドを利用した発電事業にも参入を開始したと。」
一瞬、室内が静まり返った。
執行役員Bが吐き捨てるように言った。
「あの女狐め、今更我々の市場を奪えると思っているのか」
何人かの役員が苦笑する。
しかし、営業本部長は笑わなかった。
「問題は、単なる市場参入ではありません」
画面が切り替わる。
特許出願件数。
研究施設の増設状況。
研究者の採用数。
発電ユニットの培養施設。
垓亜側の投資額。
次々とグラフが表示される。
「知財戦略本部から報告します」
知財戦略本部長が立ち上がった。
「今年度だけで、数百件のマナオルガノイド関連の特許を出願しています」
「数百件?」
「はい」
会議室にざわめきが広がった。
「基礎的な培養技術だけではありません。マナ濃度制御、エーテル光吸収効率、自己修復、発電効率、寿命延長、個体制御……」
知財戦略本部長は一枚の資料を表示した。
「我々が保有している特許群と、かなり近い領域です」
「つまり、模倣か?」
「断定はできません。しかし――」
彼は少し間を置いた。
「垓亜は、我々の技術体系をかなり深いところまで解析している可能性があります」
執行役員Bが椅子に深くもたれた。
大型ディスプレイには、二つの企業グループが並んで表示される。
ARGUS NORN CORPORATION
GAIA CONCERN
セクターを代表する二つの巨大企業。
両者は表向きには競合企業だった。
だが、その技術の根幹には共通するものがある。
――ナノマシン。
――人工生命体。
「経営戦略企画室から報告します」
経営戦略企画室長が口を開いた。
「現在、各研究開発本部に、発電効率を大幅に向上可能な新型マナオルガノイドの開発を急がせております」
「目標値は?」
「現行型比、最低三倍」
役員の一人が眉を上げる。
「三倍だと?」
「はい。理論上は五倍まで可能と考えています」
「理論上、か」
執行役員Aが窓の外を見る。
「発電所」から送られてくるエネルギーによって、セクターの都市は今日も動いている。
人々は電車に乗り、学校へ行き、工場で働き、家庭で電気を使う。
「三倍では足りない」
執行役員Aが静かに言った。
「垓亜が参入した以上、五倍を目標にしろ」
「しかし、それには発電ユニットそのものの設計を――」
「構わん」
執行役員Aは遮った。
「新型を作れ」
「……承知しました」
「我々が何十年かけて築いた市場だ。後発企業に好き勝手させるわけにはいかん」
執行役員Bが口元を歪める。
「そもそも、あの発電所は我々のものだ」
誰も反論しなかった。
しばらくして、会議室の大型ディスプレイに別の映像が表示された。
大陸と広大な森林。
そして、その大地を歩く無数の生物。
画面の端には、
《第3発電所・生体資源管理区域》
と表示されている。
営業本部長が尋ねた。
「ところで……発電所内部の状況については?」
「安定しています」
別の役員が答えた。
「魔物の発生率も許容範囲内。マナオルガノイドの総生産量も計画値を維持しています」
「魔神は?」
その言葉だけで、室内の空気が僅かに変わった。
「……現在も、予測演算範囲内の活動パターンを示しています」
「そうか」
執行役員Aは頷いた。
「ならば問題ない」
画面の中で、中世ヨーロッパ風の街が映し出される。
人々が歩いている。
商人が店を開く。
子供たちが走っている。
王宮には王族が暮らしている。
彼らは自分たちを、人間だと思っている。
誰も知らない。
その世界が、遠く離れた企業国家から、
「発電所」
と呼ばれていることを。
執行役員Aは映像を見ながら、淡々と言った。
「引き続き、聖王国への働きかけを続けろ」
「はい」
「勇者計画についても、予定通り進める」
「承知しました」
誰も、その言葉を不思議には思わなかった。
会議室の外では、セクター3の都市が輝いている。
今日も大量の電力が消費されている。
そして、その電力を生み出すために――
遠い大陸では、無数の「発電ユニット」が生きていた。




