第176話:落下の中の光
崖の上から飛び出した瞬間、風が一気に体を包み込んだ。
重力が全身を引き下ろす。
足場はない。
支えるものもない。
ただ空だけが広がっていた。
アランの体は、真っ直ぐ下へ落ちていく。
(……速い)
思った以上だった。
地面がみるみる近づいてくる。
風が耳を裂くように鳴り、服が激しくはためく。
だが、その中でアランは歯を食いしばった。
(落ちるな)
胸の奥で、ルミナ・コアが回転している。
規則的な光の渦。
それが魔力を体へ送り続けていた。
アランは目を閉じる。
空中。
足場はない。
だが流れはある。
山の魔脈。
そして風の流れ。
その両方が、体の周囲を通り抜けている。
(流れを読む)
ヴァルドの声が思い出される。
――秩序を作れ。
アランは魔力を流した。
胸から腕へ。
腕から足へ。
そして体の周囲へ。
光がふっと広がる。
だがすぐ散った。
落下は止まらない。
地面が近づく。
岩の輪郭がはっきり見えてきた。
(まだだ)
アランは魔脈を感じる。
山の奥から流れる巨大な魔力。
その流れは、崖の周囲にも薄く広がっている。
その中に、細い筋があった。
風と魔力が重なる場所。
(……そこだ)
アランは魔力を集中させる。
ルミナ・コアが強く回転する。
光が一点に集まる。
そして。
足元に、ほんの一瞬だけ光が生まれた。
パッ。
小さな光。
その上に、足が触れる。
ほんの一瞬。
だが確かに。
空中に足場ができた。
アランの体がわずかに浮く。
落下が一瞬だけ遅れる。
だがすぐに崩れる。
再び落ちる。
それでもアランは笑った。
「……できた」
胸の奥の光が強く脈打つ。
もう一度。
魔脈を読む。
風の流れを見る。
そして。
足元へ光を作る。
パッ。
また光の足場。
体が跳ねる。
今度は少し長く保つ。
落下が緩む。
アランはその勢いで体を捻った。
三度目。
光が生まれる。
空中に足場。
そこを蹴る。
体が斜めに飛ぶ。
落下が止まる。
アランは息を吐いた。
「……なるほど」
空中に光を作る。
その上を踏む。
それだけだ。
だがその瞬間、重力の支配が一瞬だけ崩れる。
アランは再び光を作る。
パッ。
また一歩。
空中に足場。
そしてもう一歩。
気づけば落下は完全に止まっていた。
アランはゆっくりと岩壁へ降り立つ。
地面に足をついた瞬間、体の力が抜けた。
「……はぁ」
息が荒い。
だが笑っていた。
下で腕を組んでいたヴァルドが、静かに見上げている。
アランは肩で息をしながら言った。
「見たか」
ヴァルドは答えない。
少し歩いてきて、アランの前で止まる。
そして短く言った。
「遅い」
アランは思わず笑った。
「いや、普通死ぬだろ」
ヴァルドは肩をすくめる。
「死ななかった」
「なら成功だ」
アランは岩に背を預けた。
胸の奥の光はまだ回っている。
さっきの動きで、ルミナ・コアがさらに安定していた。
ヴァルドは言う。
「今の技」
アランは顔を上げる。
「技?」
ヴァルドは頷いた。
「名前を付けろ」
アランは少し考えた。
空中の光。
その上を踏む。
一歩。
また一歩。
(光の足場)
アランは小さく笑った。
「……ルミナ・ステップ」
ヴァルドは何も言わない。
だが少しだけ頷いた。
「悪くない」
山の風が静かに吹く。
アランは空を見上げた。
さっき落ちてきた崖が、ずっと上に見える。
そして胸の奥の光。
それはもう、壊れた核ではなかった。
新しい中心。
新しい魔力の形。
ヴァルドは空を見ながら言った。
「光魔導士は本来、空に近い」
アランは聞き返す。
「どういう意味だ」
ヴァルドは静かに答えた。
「重力より速い」
その言葉の意味を、アランはまだ理解していなかった。
だがそのとき。
遠くの空で、何かが光った。
ほんの一瞬。
だが確かに。
空気が揺れた。
ヴァルドの目が細くなる。
「……来たか」
アランは眉をひそめた。
「何が」
ヴァルドは空を見たまま言う。
「修行の次の段階だ」
山の奥の空で。
黒い影が、ゆっくりと近づいていた。




