第173話:光の中心
アランは地面に膝をつき、荒い呼吸を整えていた。
数分前まで、ヴァルドと木剣を交えていた。
いや、正確には交えるというより、一方的に叩き伏せられていた。
「……まだ足りん」
ヴァルドの声が冷たく落ちる。
アランは顔を上げた。
「今のでもか」
腕は痺れ、肩は重い。
何度も吹き飛ばされているせいで体中が鈍く痛んでいる。
それでも立ち上がろうとするのは、胸の奥にある違和感のせいだった。
さっきから何度も起きている。
光の共鳴。
ほんの一瞬だけ。
胸の奥で、何かが集まる。
だがすぐに散る。
(……あと少しなんだ)
そう感じていた。
ヴァルドは木剣を肩に担ぎながら言う。
「魔力は見えている」
「だが、お前はまだ“形”を作れていない」
アランは息を吐く。
「中心って言ったな」
ヴァルドは頷く。
「そうだ」
そして地面に一本の線を引く。
「魔脈は流れだ」
さらに線を重ねる。
「流れはぶつかり、集まり、渦になる」
アランはその線を見つめた。
渦。
その言葉が胸の奥に引っかかる。
ヴァルドは続ける。
「普通の魔導士は魔法陣を使う」
木剣の先で円を描く。
「これで無理やり流れを作る」
そしてその円を崩す。
「だが、お前の光は違う」
アランは顔を上げた。
ヴァルドの目が鋭くなる。
「お前の光は秩序だ」
その言葉は静かだった。
「流れを整える力」
「ならば中心を作れ」
アランはゆっくり目を閉じた。
再び意識を内側へ沈める。
胸の奥。
そこにある散った光を探る。
小さな粒。
壊れた核の残骸のように、魔力が体の中を漂っている。
(……これを)
アランは呼吸を整える。
ゆっくり。
ゆっくり。
ヴァルドの声が思い出される。
――焦るな。
――流れを見ろ。
アランは光を追った。
一つ。
また一つ。
散った光の粒を意識で辿る。
すると、それらは完全にバラバラではないことに気づく。
微かに。
本当に微かに。
同じ方向へ流れている。
(……魔脈)
山の魔脈。
その流れが、体の中の魔力にも影響している。
アランはその流れに意識を合わせた。
その瞬間。
胸の奥で光が震えた。
パキッ。
小さな亀裂のような感覚。
光が一つ、集まる。
アランの呼吸が止まる。
もう一つ。
また一つ。
光の粒が、同じ場所へ引き寄せられる。
ヴァルドの目が細くなる。
「……ほう」
アランの体の周囲に、微かな光が浮かび始めていた。
だがそれは魔法ではない。
ただの魔力の発光。
しかし確実に、光が集まっている。
アランは歯を食いしばった。
(まだだ)
集まり始めた光が、また散ろうとする。
核がない。
支える構造がない。
だから安定しない。
そのとき。
アランの脳裏に一つのイメージが浮かんだ。
渦。
さっきヴァルドが描いた線。
流れ。
ぶつかり。
そして中心。
(……そうか)
アランは魔力の流れを変えた。
力で集めるのではない。
流れを整える。
すると。
光の粒が、ゆっくり回り始めた。
小さな円。
そしてその中心に、ほんのわずかな光の点が生まれる。
ヴァルドが小さく呟く。
「……中心」
アランの呼吸が乱れる。
光はまだ弱い。
だが確かに存在している。
胸の奥。
壊れた核の代わりに、新しい中心が生まれていた。
その瞬間。
アランの体から、ふっと光が漏れた。
強くはない。
だが確かに。
光魔力。
アランは目を開いた。
「……できた」
ヴァルドは腕を組んだ。
「まだだ」
アランは眉をひそめる。
「え?」
ヴァルドは静かに言う。
「それはただの“種”だ」
そして木剣を構える。
「本当の問題はここからだ」
アランは苦笑した。
「やっぱり来るか」
ヴァルドの目が鋭くなる。
「覚醒するなら」
そして地面を蹴った。
「戦いの中だ」
次の瞬間。
恐ろしい速度で踏み込んでくる。
木剣が空気を裂く。
アランは反射的に構えた。
その瞬間。
胸の光が強く震える。
まるで。
覚醒を待っているように。
ヴァルドの剣が振り下ろされた。
その衝撃が、アランの体を貫く。
そして――
胸の奥の光が、一気に回転を始めた。
ヴァルドの口元がわずかに歪む。
「……来るな」
山の空気が震えた。
アランの中で新しい光が、生まれようとしていた。




