第172話:ルミナ・コア再構築(前兆)
北方山地の朝は、薄い霧に包まれていた。
夜の冷気がまだ地面に残り、森の奥から湿った風が流れてくる。
遠くで鳥の声が響き、木々の葉がわずかに揺れていた。
その静かな空気の中で、アランは地面に座り込んでいた。
目を閉じている。
両手は膝の上。
呼吸をゆっくり整えながら、意識を内側へ沈めていた。
ヴァルドの声が思い出される。
――魔法を捨てろ。
――魔力の流れを見ろ。
最初は何も感じられなかった。
だが数日の訓練で、少しずつ変わってきている。
今、アランは感じていた。
山の下を流れる巨大な魔力。
ゆっくりと大地を巡る流れ。
それは川のようでもあり、呼吸のようでもある。
(……これが魔脈)
意識をさらに集中させる。
するともう一つの流れが見えた。
自分の体の中。
胸の奥から、細い光のようなものが広がっている。
かつてそこにあったのは
光の核。
だが今は違う。
壊れた器のように、魔力が散っている。
「……まだ、集まらないか」
アランは小さく呟いた。
その様子を少し離れた岩の上から見ている男がいる。
ヴァルド=セイレン。
腕を組み、静かに観察していた。
「焦るな」
低い声が飛ぶ。
アランは目を開けないまま答えた。
「焦ってない」
「嘘だな」
ヴァルドは即座に言う。
「顔に出ている」
アランは苦笑した。
「目閉じてるのに?」
「呼吸だ」
ヴァルドは岩から降りる。
「魔力の流れは呼吸と同じだ」
アランの前に立つ。
「焦れば乱れる」
アランは小さく息を吐いた。
「……難しいな」
ヴァルドは少しだけ笑った。
「当然だ」
そして地面に腰を下ろす。
「お前は今まで魔法を“使う”ことしか知らなかった」
空を見上げる。
「だが本来、魔法は“作る”ものだ」
その言葉にアランはゆっくり目を開けた。
「作る?」
ヴァルドは地面に小石を拾い上げる。
「例えば火だ」
小石を指で弾く。
「普通の火属性魔導士は、火の魔法陣を展開する」
軽く指を動かす。
「それで終わりだ」
だが次の瞬間。
小石の周囲に、ふっと熱が生まれた。
炎ではない。
ただ空気が揺れる。
アランの目がわずかに開く。
「……今の」
「火だ」
ヴァルドは淡々と言った。
「だが火属性は使っていない」
小石を握りつぶす。
「魔力を熱へ変換しただけだ」
アランは少し黙る。
そしてゆっくり言った。
「……無属性」
ヴァルドは頷く。
「そうだ」
そしてアランの胸を軽く指差す。
「お前の光も同じだ」
アランは眉をひそめた。
「でも俺の核は壊れた」
ヴァルドは首を振る。
「壊れたのは“形”だ」
その声は静かだった。
「光そのものは消えていない」
山の風が吹く。
ヴァルドは続ける。
「お前の魔力は、まだ光に変換されている」
「ただし」
少しだけ声を低くする。
「散っている」
アランは胸に手を当てる。
確かに感じる。
細い光の粒のようなものが、体の中を流れている。
(……集まらない)
今までは核があった。
そこに魔力が集中していた。
だが今は違う。
光は体の中に散っている。
「どうすればいい」
アランは聞いた。
ヴァルドは即答した。
「集めろ」
「どうやって」
ヴァルドは少し考える。
そして答えた。
「構造を作れ」
アランは目を細めた。
「……核を作るってことか」
ヴァルドは首を横に振る。
「違う」
その目が鋭くなる。
「核ではない」
そして静かに言った。
「中心だ」
その言葉に、アランの胸の奥がわずかに震えた。
中心。
核ではない。
だが光が集まる場所。
(……それが)
アランは再び目を閉じる。
体の中を流れる光を探る。
小さな光。
散った光。
その粒を一つずつ意識で辿る。
するとほんの一瞬だけ、胸の奥で光が共鳴した。
ピシッ。
小さな音のような感覚。
アランの眉が動く。
ヴァルドの目が細くなる。
「……今の」
アランは息を止めていた。
胸の奥にほんのわずかだが、光が集まった。
一瞬だけ。
小さな点のように。
そしてすぐ消えた。
アランは目を開く。
「……見えた」
ヴァルドは静かに聞く。
「何が」
アランは胸に手を当てた。
「光の中心」
その言葉に、ヴァルドの口元がわずかに歪んだ。
「そうか」
そして立ち上がる。
「なら次だ」
木剣を拾う。
アランは呆れた顔をする。
「また殴るのか」
ヴァルドは真顔で答える。
「殴る」
そして剣を構える。
「壊す」
アランは苦笑した。
「何を」
ヴァルドの目が鋭く光る。
「お前の限界をだ」
次の瞬間。
地面が弾けた。
ヴァルドが踏み込む。
木剣が空気を裂き、アランへ振り下ろされる。
アランは咄嗟に受けた。
だがその衝撃で身体が吹き飛ぶ。
「ぐっ!」
地面を転がる。
だがその瞬間、胸の奥で再び光が震えた。
ほんのわずか。
だが確かに。
光が、集まり始めていた。
ヴァルドはその様子を見て、静かに呟く。
「……始まったか」
山の風が強く吹き抜ける。
アランの胸の奥で。
小さな光が、ゆっくりと形を作り始めていた。
それはまだ、ルミナ・コアではない。
だが確かに。
新しい光の中心が、生まれようとしていた。




