第167話:風の家系
帝都の夜は静かだった。
ルクレディア邸を出たあと、アランとリリアはしばらく並んで歩いていた。
石畳に街灯の光が落ち、二人の影が長く伸びている。昼間の出来事がまだ頭から離れないのか、アランの足取りはどこか重かった。
胸の奥を探る。
かつてそこにあった光の核は、やはり感じられない。まるで身体の中心を一つ失ったような、不自然な空洞が残っているだけだった。
リリアはその様子を横目で見ながら、ふと口を開いた。
「ねえ、アラン。他にご当主様とは何を話したの?」
問い方は軽かったが、視線は真剣だった。
アランは少し考え、すぐには答えずに歩き続ける。
「ただ、一つだけ分かったことがある」
「何?」
「闇の少年は、あの男の血筋だった」
リリアは足を止めた。
「……え?」
アランも立ち止まり、振り返る。
「父の息子だった。数世代に一度、闇属性が生まれるらしい」
短く息を吐く。
「……俺の弟だ」
「そんな……」
リリアは言葉を失う。だがすぐに、別の疑問が浮かんだように眉を寄せた。
「でも、それならどうして研究所なんかに……」
「盟約だそうだ」
アランは淡々と言った。
「闇の素質が出た者は、ある存在に引き渡す。昔から決まっているらしい」
夜風が静かに吹いた。
しばらく沈黙が続く。
やがてリリアは、少し考え込むように言った。
「……なんだか変ね」
「何が」
「帝国って、魔法の国でしょ?」
彼女は空を見上げる。夜空には星がいくつも浮かんでいた。
「それなのに、魔法の“裏”がこんなにあるなんて」
アランは苦笑する。
「魔法至上主義の国だからだろ。力がすべての国は、裏も深くなる」
「……そういうものかしら」
リリアは納得したような、していないような顔をした。
そして少し歩いたあと、今度は逆にアランが聞いた。
「そういえば、リリアの家も古い公爵家だよな」
「アルヴァイン家?」
「ああ。どんな家なんだ」
リリアは少し驚いた顔をした。
「急にどうしたの?」
「いや、なんとなく」
実際には理由があった。
リリアとの今までの出来事を思い出していたのだ。
光と風が共鳴した。
あれは偶然とは思えない。
リリアは少しだけ考え、それから肩をすくめた。
「普通の貴族よ。帝国でも古い家ってだけ」
「それだけか?」
「うーん……」
彼女は少し迷ったあと、思い出したように言った。
「昔から妙な役割があったって話は聞いたことあるわ」
「妙な役割?」
「魔脈を“整える家”だったとか」
アランの足が止まる。
「魔脈?」
「ええ。帝国の地下を流れてる魔力の流れ。昔はそれが乱れると大変だったらしいの」
リリアは笑って付け加えた。
「まあ、ただの昔話よ。今はそんなこと誰もやってないし、うちの家も普通の公爵家だから」
だがアランは黙っていた。
魔脈。
その言葉が胸に引っかかる。
母のことを思い出していた。
彼はほとんど母の記憶を持っていない。
ただ、執事から聞いたことがある。
母は元メイドだったが――
妙に魔力の知識があった。
ただのメイドとは思えないほどに。
研究者のようだった、と。
(……まさか)
アランは夜空を見上げる。
星の間を風が静かに流れていた。
そのときリリアが言った。
「でも変よね」
「何が」
「あなたと私」
彼女は少し笑う。
「光と風って、昔の伝承だと“並ぶ力”なんだって」
「並ぶ?」
「世界を整えるとか、そんな感じ」
リリアは自分で言ってから苦笑した。
「本当にただの昔話だけどね」
アランは何も言わなかった。
だが胸の奥で、何かが静かに繋がっていく感覚があった。
光。魔脈。
そして――風。
グラシオンが言った言葉がふと蘇る。
“競わせると違うものだな”
(……まだ終わってない)
力は失った。
光の核も、槍も。
だがそれでも。
アランはゆっくりと拳を握った。
(まだ、ここからだ)
夜の帝都に、静かな風が吹いていた。




