第135話:要請
帝国魔導学院・中央塔。
いつもなら、学生が足を踏み入れることのない階層で、
アランは立ち止まっていた。
「……ここまで、か」
案内役の魔導官は、無言で扉を示すだけだ。
威圧はない。
だが、軽くもない。
扉が開く。
そこにいたのは、軍務省でも研究局でもない。
評定官その人だった。
「来てくれて感謝する、アラン・ルクレディア」
形式張った声。
だが、命令口調ではない。
アランは、わずかに眉を動かす。
「学生の身で、ここに呼ばれる理由が分かりません」
「分かっているはずだ」
評定官は、投影板を起動する。
映し出されるのは、
北西部外縁で発生した新ダンジョンの構造図。
「これは……」
「完成した状態で観測された」
評定官は、淡々と告げる。
「前兆なし。
律の揺らぎなし。
管理網を、完全にすり抜けている」
アランは、黙って見つめる。
「封鎖は不可能。
実習扱いもできない」
一拍、間を置いて。
「我々は、判断した」
評定官は、真正面からアランを見る。
「これは、敵対行動だ」
空気が、張りつめる。
「そして――」
評定官は、深く息を吸った。
「我々には、
この現象を“正面から受け止められる者”がいない」
沈黙。
「命令ではない」
はっきりと、そう言った。
「要請だ」
評定官は、言葉を選びながら続ける。
「君の光は、殲滅に向いていない。
だが――暴走もさせない」
「帝国は、
管理できないものを恐れる」
視線が、僅かに揺れる。
「そして今、
管理できないもの同士が、向かい合おうとしている」
アランは、静かに口を開いた。
「……俺を、前に出すということですね」
「そうだ」
即答だった。
「ただし、
君の判断を尊重する」
「撤退も?」
「許可する」
「交戦しない判断も?」
「……必要なら」
その答えに、アランは少しだけ驚いた。
「ずいぶん、譲歩しますね」
評定官は、苦く笑った。
「それだけ、追い込まれている」
沈黙が落ちる。
アランは、光導槍に触れた。
震えはない。
拒絶もない。
ただ、重い。
「一つ、条件があります」
評定官が、目を細める。
「聞こう」
「俺は、
帝国の“兵器”にはならない」
「……」
「必要なら戦います。
でも、命令で人を殺すことはしない」
評定官は、しばらく考え込んだ。
そして――頷いた。
「承知した」
「帝国は、
君を“切り札”として扱う」
「だが」
言葉に、重みが加わる。
「折るつもりはない」
その瞬間、
アランの胸に、微かな覚悟が灯る。
「分かりました」
短い返事。
「行きます」
評定官は、深く一礼した。
それは、
学生に向けるものではなかった。
一人の“判断者”に対する礼だった。
同時刻。
学院のどこかで、
リリアが、理由もなく立ち止まる。
(……行くな)
胸騒ぎ。
光は、もう後戻りできない場所へ向かっている。
だが――
導かれない。
拒まれない。
選ぶのは、
いつもアラン自身だった。




