第126話:監視の死角
第三層・外縁。
アラン班が進行を続ける一方で、
帝国側の監視拠点では、冷静な報告が積み上がっていた。
投影板に並ぶのは、
魔力密度、空間安定度、侵食率。
どれも、基準値内。
「第三層、全体としては安定しています」
監視官の一人が、淡々と告げる。
「敵性反応は減少傾向。
通路再構成も、想定範囲」
「負傷者は?」
「軽傷のみ。
撤退判断を要する班は、現時点ではありません」
短い沈黙。
「……問題なし、か」
結論は、早かった。
未知ではある。
だが、致命的ではない。
それが、帝国の評価だ。
同時刻。
第三層の内部で、
アランは立ち止まっていた。
「……今、まただ」
誰に言うでもなく、呟く。
足元の床。
反応が、わずかに遅れている。
《ルーメン》を照らしても、
《リゾナンス》で触れても、
数値に表れるほどの変化はない。
それなのに。
(記録されない)
第三層は、
本来なら“選択の痕”を残す。
戦った。
避けた。
進んだ。
その結果が、
必ず空間に反映されるはずだ。
だが、ここでは――
一部だけが、抜け落ちている。
「見えてない、ってこと?」
リリアが、低く言う。
「帝国の監視が?」
「完全には、な」
アランは答える。
「観測されてるのは、
“結果”だけだ」
数値。
被害量。
進行速度。
それらは、問題ない。
だが、
過程が、抜けている。
「だから、管理可能になる」
リリアが、静かに理解する。
「見えてる範囲だけなら、
確かに危険じゃない」
「そうだ」
アランは、視線を奥へ向ける。
「でも、現場では――
見えない部分が、増えてる」
その時、通信符が震えた。
『第三班、合流を検討中。
通路の挙動が、局所的に――』
音声が、また途切れる。
ノイズではない。
妨害でもない。
ただ、
繋がりにくくなっている。
「通信も、完全じゃないわね」
「この層の性質だ」
アランは、ゆっくりと槍を握る。
「観測点から離れるほど、
“個別事象”になる」
帝国は、全体を見る。
だから、異常を判断できない。
だが――
現場にいる者だけが、
“違和感の連なり”を感じ取れる。
(これは、暴走じゃない)
(だからこそ、止まらない)
第三層は、
まだダンジョンとして成立している。
崩れていない。
壊れてもいない。
だが。
設計の外側に、
何かが重なり始めている。
「……先へ進む?」
リリアが、静かに問う。
アランは、少しだけ考えた。
帝国の命令は、撤退ではない。
実習は、継続中。
そして何より――
この“死角”は、
誰かが見届けなければならない。
「進む」
アランは、はっきりと答えた。
「ここで引けば、
何も分からないままだ」
第三層の奥。
数値に現れない場所で、
静かに、確実に――
何かが、形を取り始めていた。




