第118話:静かな違和感
学院外縁区。
転移陣の準備が、着々と進められていた。
刻まれた術式は見慣れたものだ。
魔力の流れも安定している。
危険を示す兆候は、どこにもない。
それでも、空気はどこか張りつめていた。
「……緊張してる?」
装備の最終確認をしながら、リリアが声をかけてくる。
「いや」
アランは首を振った。
「そういうのとは、少し違う」
腰に下げた光導槍へ、無意識に視線が落ちる。
槍は静かだった。
震えも、導きもない。
「変ね」
リリアは、小さく眉をひそめた。
「今までなら、何かしら反応してたでしょう?
異変の場所でも、山脈でも」
「今回は、律が荒れてない」
アランは、短く答える。
「止めに行く必要がない。
だから……俺も、いつも通りでいられる」
その言葉に、リリアは少し考え込むような表情を見せた。
「でも」
一拍、置いてから続ける。
「最近のあなた、前より“考えてる顔”してる」
アランは、わずかに目を伏せた。
「前はもっと、感情が平坦だった。
起きたことを、そのまま受け取ってる感じ」
図星だった。
「……気づいてたか」
「ええ」
リリアは、はっきりとうなずく。
「今は、引っかかるものを引っかかるって言うし、
迷うところで、ちゃんと迷ってる」
アランは、少しだけ間を置いてから口を開いた。
「少し前に、執事と話したんだ」
「執事……セルジオ?」
「そうだ」
魔力ポーションの調整。
そう言えば簡単だが、実際はもう少し複雑だった。
「律に触れ続けた影響で、
感情の反応が削られてたらしい。
セルジオが、それを戻した」
「戻した?」
「完全じゃない」
アランは、苦笑に近い表情を浮かべる。
「ただ、感じる余地が戻っただけだ」
リリアは、ほっとしたように息を吐いた。
「それなら、よかった」
「何がだ?」
「今のあなたの方が……
ちゃんと人間してる」
アランは、返事をしなかった。
だが、その沈黙は否定ではない。
転移陣が、低く唸りを上げる。
起動の合図だ。
光が、足元から立ち上る。
アランは、もう一度だけ光導槍を見る。
導かれない。
拒まれない。
ただ、静かにそこにある。
(今回は……戦うだけでいい)
律に触れる必要はない。
定義する必要もない。
生き残り、確かめる。
それだけの実習だ。
「行こう」
アランが一歩踏み出すと、
光が視界を覆った。
静かな違和感を胸に抱いたまま、
彼らはダンジョンへと向かう。




