第117話:実習命令
応用課程・講義室。
「次の実習について通達する」
講師の声が落ちた瞬間、室内のざわめきが止まった。
投影板に映し出されたのは、地形図。
そして、その中央に刻まれた大きな空白。
「新たに確認された大規模ダンジョンだ」
誰かが、息を呑む音がした。
「本実習では、ダンジョンの調査および戦闘確認を行う。
目的は単純だ。
内部構造、敵対存在の傾向、生存可能性の確認」
説明は、淡々としていた。
「罠は、現時点では確認されていない。
環境は安定している。
ただし――」
講師は一拍、間を置く。
「敵対存在は、複数確認済みだ」
ざわ、と低く空気が揺れる。
「純戦闘、ってこと?」
誰かが小声で呟く。
「そうなるな」
別の学生が、短く答えた。
リリアが、アランの方を見る。
「久しぶりね。
頭より、体を使う実習」
「……悪くない」
アランは、そう返した。
だが、胸の奥には、言葉にしづらい感覚が残っている。
(管理可能、か)
確かに、説明を聞く限り、危機ではない。
封鎖されるほどでもない。
それでも。
「編成は、5名一組」
講師が続ける。
「無理な踏破は求めない。
異変を感じた場合、即時撤退すること」
安全策は、十分に用意されている。
それが逆に――
このダンジョンが“想定外ではない”ことを強く印象づけた。
「質問は?」
誰も、手を挙げなかった。
必要な情報は、すでに揃っている。
残るのは、実際に向き合うことだけだ。
講義終了の合図が告げられ、
学生たちは静かに立ち上がる。
教室を出る流れの中で、
リリアは、ふとアランの横顔に視線を向けた。
(……やっぱり)
その表情は、以前よりもわずかに柔らかい。
考え込み、迷い、引っかかりを抱える――
そんな“間”が、戻ってきている。
アランは気づかないまま、前を歩く。
(何か、あったわね)
リリアは、そう確信していた。
この実習は、ただの戦闘訓練では終わらない。
そんな予感だけが、胸の奥に静かに残っていた。
――行って、確かめるしかない。
その言葉が、
これから始まるダンジョン探索の、合図のように響いていた。




