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第五章 センターだから

「次のシングルも、センターは恋でいきます」


スタッフの言葉に、恋は静かに頭を下げた。


「よろしくお願いします」


もう。


驚かなかった。


嬉しくないわけではない。


むしろ嬉しい。


センターに立てること。


Rain Crownの真ん中に立てること。


自分をきっかけに、グループを知ってもらえること。


全部。


ちゃんと嬉しかった。


ただ。


その言葉を聞いた瞬間に考えたのは、


自分のことではなかった。


今回、誰が前に来るんだろう。


誰の歌割りが増えるんだろう。


誰が初めて目立つ場所に立つんだろう。


そして。


誰が、後ろになるんだろう。


恋は、フォーメーション表を受け取った。


自分の名前。


中央。


その周りに15人の名前。


一人ずつ見る。


誰が前。


誰が後ろ。


誰の隣に誰がいる。


それを全部、確かめるように見た。


◇


新曲の撮影。


カメラ割りを確認しながら、


恋がスタッフに声をかけた。


「ここなんですけど」


「はい」


「このパート、もう少しこっち映してもらうのってできますか?」


指した先には、


別のメンバー。


「この子、この振りすごく綺麗なので」


スタッフが資料を見る。


「なるほど」


「あと、ここ」


別のページ。


「ここはこの子の方が表情合うと思います」


「恋、自分のところ減るけど大丈夫?」


「全然」


即答だった。


「私、他でいっぱい映るので」


軽く笑う。


スタッフも笑った。


「頼もしいセンターだね」


「いやいや」


そう言いながら。


恋は、少し嬉しかった。


自分が前にいることで。


誰かを前に出せる。


自分が見つかることで。


誰かも見つけてもらえる。


それは。


とても正しいことのように思えた。


◇


テレビ収録。


トークコーナーで、


司会者が聞いた。


「Rain Crownって、天羽さんのイメージがかなり強いですよね」


恋は笑う。


「ありがたいです」


「実際、天羽さんきっかけで知ったって人も多いんじゃない?」


「多いと思います」


「じゃあ、やっぱり天羽さんが入口?」


少し前にも同じことを聞かれた。


恋は頷いた。


「入口の一つではありたいです」


「一つ?」


「はい」


恋は、少しだけ前のめりになる。


「Rain Crownって、入口がいっぱいあると思うんです」


「へえ」


「歌が好きな子もいるし、ダンスが上手い子もいるし、話すのが面白い子もいて」


隣でメンバーが笑う。


「私は?」


「あとで言う」


「今言ってよ」


スタジオに笑いが起きる。


恋も笑ってから続けた。


「だから、私を見て知ってくださった方が」


少し間を置く。


「最終的に別のメンバーを好きになっても、私は嬉しいです」


「え、寂しくない?」


「寂しくないです」


少し考えて。


「……いや、ちょっとは寂しいかも」


また笑いが起きる。


「でも、それ以上に嬉しいです」


「なんで?」


恋は、少しだけ迷った。


それから。


「センターだからです」


そう答えた。


収録が終わったあと。


メンバーの一人が、恋の肩を軽く叩いた。


「入口さん、お疲れ」


「やめてよ」


「恋から入ってもらえばいいんでしょ?」


「そうだけど」


「じゃあ入口じゃん」


「言い方が嫌」


「玄関?」


「もっと嫌」


笑いながら。


恋は思った。


それでいい。


自分から入って。


15人を見つけてもらえれば。


それで。


◇


仕事は増えた。


Rain Crownとしての仕事だけではない。


雑誌。


広告。


テレビ。


ラジオ。


一人で呼ばれる機会も増えた。


「天羽さん、この日なんですけど」


マネージャーがスケジュールを見せる。


「午前が撮影で、午後から収録。そのあと取材が一本入れられそうなんですが」


「入れてください」


「結構詰まるよ?」


「大丈夫です」


「次の日、朝からRain Crownのリハだけど」


「大丈夫」


「本当に?」


「はい」


恋は笑った。


断る理由がなかった。


自分が出れば、Rain Crownの名前が出る。


番組で紹介される。


雑誌に載る。


その中で、一人でもグループを知ってくれたら。


意味がある。


「じゃあお願いしようかな」


「お願いします」


スケジュールが埋まる。


休みが減る。


寝る時間が少し短くなる。


でも。


恋は気にしなかった。


家に帰って。


昔みたいに絵を描こうと思っても。


机に座ったまま、気づけば寝ている日が増えた。


スケッチブックを開いて。


鉛筆を持って。


そのまま。


朝。


そんな日もあった。


でも。


仕事へ行けば、ちゃんと笑えた。


◇


レッスン。


一曲終わる。


「休憩!」


みんなが床に座る。


恋は水を飲みながら、周りを見る。


最近、一人のメンバーが少し静かだった。


「今日、大丈夫?」


声をかける。


「大丈夫だよ」


その言葉に。


胸の奥が、少し反応する。


「ほんと?」


「ほんとほんと」


「無理してない?」


「してないって」


「ならいいけど」


恋は笑う。


少しして。


別のメンバーが、スマートフォンを見ながらため息をついた。


恋はそちらも見る。


「何かあった?」


「いや、何でもない」


「ほんと?」


「ほんと」


また。


大丈夫。


何でもない。


その言葉を聞くたびに。


恋は一度では引けなくなっていた。


休憩が終わる。


レッスン。


終わったあと。


今度はスタッフに聞く。


「あの子、最近何かありました?」


「特には聞いてないよ」


「ほんとですか?」


「恋」


「はい」


「気にしすぎ」


笑われる。


恋も笑う。


「ですよね」


でも。


帰り道でも考えていた。


本当に大丈夫だったかな。


何か見落としてないかな。


灯のときも。


そうだった。


笑っていた。


大丈夫と言っていた。


そして。


いなくなった。


◇


特典会。


恋の列は、今日も長かった。


一人ずつ話す。


「久しぶり!」


「覚えてる?」


「覚えてるよ。前、試験あるって言ってたよね」


「え、覚えてるの?」


「どうだった?」


「受かった!」


「ほんと? おめでとう!」


相手が笑う。


恋も笑う。


次。


「髪切った?」


「分かる!?」


「分かるよ」


「恋ちゃん怖いくらい覚えてるね」


「怖いはやめて」


笑う。


次。


「今日、仕事休んで来た」


「え、大丈夫?」


「大丈夫大丈夫」


「ほんとに?」


「恋ちゃんに会うためだから」


「それは嬉しいけど、無理はしないでね」


会話は続く。


恋は覚える。


顔。


名前。


前に話したこと。


仕事。


学校。


髪。


好きなもの。


一人ずつ。


目の前にいる間は。


その人だけを見る。


だから。


人気が増えた。


それも分かっていた。


「恋ちゃんだから来るんだよ」


そう言われることも増えた。


嬉しかった。


その一方で。


休憩へ向かうとき。


視線は自然に、他の15人の列へ向いた。


長い列。


短い列。


途切れないところ。


少し空くところ。


恋は。


数えないようにしていた。


でも。


見れば分かる。


分かってしまう。


「恋」


マネージャーに呼ばれる。


「はい」


「休憩」


「あ、はい」


「ちゃんと休憩して」


「してます」


「今、他の列見てたでしょ」


「……見てないです」


「嘘下手」


恋は笑う。


「気になるんです」


「分かるけど」


マネージャーは少しだけ声を落とした。


「全部、恋が気にしなくていいよ」


恋は。


一瞬だけ黙った。


「全部じゃないです」


「うん?」


「ちょっと見てるだけです」


「その“ちょっと”が多いんだよ」


「大丈夫です」


そう言って。


恋はまた、笑った。


◇


次のライブに向けた打ち合わせ。


演出。


曲順。


MC。


カメラ。


恋は自分の資料に、


たくさんメモを書き込んでいた。


「この曲なんですけど」


スタッフを見る。


「最後、全員映る形にできませんか?」


「できなくはないけど」


「お願いします」


「あとここ」


「この子に振ってもいいと思います」


「MC?」


「はい。得意なので」


メンバーが口を挟む。


「恋、私そこ苦手なんだけど」


「できるよ」


「雑」


「絶対できる」


「圧がすごい」


笑いが起きる。


「じゃあやってみる?」


スタッフが聞く。


「……やります」


「ほら」


恋が笑う。


その場では。


全部、うまくいっていた。


恋が誰かを見て。


恋が誰かを押して。


恋が気づいて。


恋が声をかける。


周りもそれを、ありがたいと思っていた。


だから。


誰も止めなかった。


恋自身も。


何もおかしいとは思わなかった。


◇


インタビュー。


「天羽さんって、センターへの責任感がかなり強いですよね」


「そうですか?」


「強いと思いますよ」


記者が笑う。


「以前、“入口になりたい”と話していましたけど」


「はい」


「今もそう思いますか?」


「思います」


恋は、すぐに答える。


「でも」


一度。


考える。


「入口だけじゃ、足りないなって思うようになりました」


「というと?」


「私から入ってもらって」


「はい」


「そのあと、Rain Crownを好きになってもらわないと意味がないので」


「なるほど」


「15人を知ってもらって」


「一人一人の良さを見つけてもらって」


「またライブに来てもらって」


「それで」


恋は少し笑う。


「Rain Crownを好きでいてもらえたらいいなって」


「それもセンターの役割?」


恋は。


迷わなかった。


「はい」


記事が公開された。


SNS。


『恋ちゃん、本当にグループ思い』


『理想のセンター』


『15人背負ってる感じする』


『Rain Crownは恋がいるから大丈夫』


恋は。


その言葉を何度も見た。


――恋がいるから大丈夫。


少しだけ。


嬉しかった。


◇


ライブの日。


舞台袖。


16人。


誰かが言う。


「今日もよろしく、センター」


「何それ」


恋が笑う。


別の声。


「頼んだよ」


「何を」


「全部」


「無理なんだけど」


「恋ならいける」


「雑すぎ」


笑いが起きる。


ただの冗談。


分かっている。


なのに。


「頼んだよ」


「全部」


その言葉だけが、少し残った。


ステージへ出る。


光。


歓声。


恋は中央に立つ。


客席を見る。


15人を見る。


また客席を見る。


誰が笑っている。


誰が緊張している。


誰の歓声が大きい。


誰の名前が聞こえた。


どこにペンライトがある。


全部。


見ようとした。


見える気がした。


自分なら。


見ていられる気がした。


◇


終演後。


16人で写真を撮った。


恋は中央。


「いくよー!」


シャッター。


笑顔。


16人。


恋は写真を見る。


そして。


無意識に。


数えた。


一人。


二人。


三人。


最後まで。


16。


全員いる。


胸の奥が、少しだけ緩んだ。


「恋?」


「何?」


「帰るよ」


「あ、ごめん」


スマートフォンをしまう。


その夜。


家に帰って。


恋は久しぶりにスケッチブックを開いた。


昔のページ。


大きなステージ。


客席の光。


そこに描かれた、


2人。


灯が書いた文字。


『いつか、ここに立とうね』


恋は。


しばらく見た。


ページを閉じようとしたとき。


スマートフォンが鳴った。


Rain Crownのグループチャット。


『明日の集合何時だっけ?』


『9時』


『早』


『遅刻するな』


『恋起こして』


恋は笑う。


『自分で起きて』


返す。


すぐに。


スタンプ。


笑い。


会話が流れる。


恋は、スケッチブックから目を離した。


画面を見る。


15人。


今。


ここにいる人たち。


この場所を。


なくしたくない。


ふと。


そんなことを思った。


Rain Crownがもっと大きくなれば。


仕事が増えれば。


もっとたくさんの人に15人を見つけてもらえれば。


きっと。


みんな、


ここにいたいと思える。


誰も。


いなくならない。


そのためなら。


もっと仕事をすればいい。


もっと見つかればいい。


もっと入口になればいい。


恋は。


本気でそう思った。


◇


それから。


恋は、


さらに忙しくなった。


仕事を断らない。


メンバーを見る。


ファンを見る。


数字を見る。


スタッフを見る。


何かあれば声をかける。


誰かが遅れていれば待つ。


誰かが悩んでいれば聞く。


誰かが目立っていなければ、


どうすれば見つけてもらえるか考える。


「恋、大丈夫?」


逆に聞かれることもあった。


「大丈夫」


恋は笑う。


大丈夫だった。


少なくとも。


自分では、そう思っていた。


センターだから。


自分が一番前にいるから。


自分が一番見える場所にいるから。


その分。


15人のことも、


見なければいけない。


15人の分まで、頑張らなければいけない。


恋はまだ。


それを疑っていなかった。


誰も。


恋にそこまで頼んではいなかった。


誰も。


自分の人生を恋に預けたつもりはなかった。


それでも。


恋だけが。


昨日までいた人が、明日もいるとは限らないことを知っていた。


だから。


自分が頑張れば。


守れるものが増えると。


まだ、


本気で信じていた。



ーー続く

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