第二章 近すぎる光
センターになってから、恋の周りには、少しずつ人が増えた。
最初は、本当に少しだった。
特典会。
「恋ちゃん、初めまして」
「初めまして!」
「今日、初めて見て」
「ほんとですか?」
「センターの子かわいいなって」
「ありがとうございます」
次の人。
「SNS見ました」
その次。
「友達に教えてもらって」
また次。
「恋ちゃん目当てで来ました」
一人。
また一人。
列が、少しずつ長くなる。
恋は嬉しかった。
終わったあと。
「灯!」
「何?」
「今日ね」
恋は嬉しそうに駆け寄った。
「初めましての人、7人いた」
「数えてたの?」
「数えるでしょ」
「恋らしい」
「あと、SNS見て来てくれた人もいた」
「すごいじゃん」
「でしょ」
「よかったね」
灯は笑った。
本当に、嬉しそうだった。
「灯は?」
恋が聞く。
「何が?」
「今日」
「ああ」
灯は少し考える。
「いつもの人来てくれた」
「ほら」
「何が?」
「灯にもいるじゃん」
「うん」
それだけ。
その頃はまだ。
何もおかしくなかった。
◇
次の曲。
センターは、また恋だった。
「天羽恋」
名前を呼ばれる。
「はい」
拍手。
恋は頭を下げた。
前回より、驚かなかった。
隣を見る。
灯が拍手している。
目が合う。
灯が親指を立てた。
恋は少しだけ笑った。
撮影も増えた。
雑誌。
SNS。
インタビュー。
「Rain Crownのセンター、天羽恋さん」
そう紹介されることも増えた。
「センターとして意識していることは?」
「まだ全然分からなくて」
「グループをどうしていきたいですか?」
「もっとたくさんの方に知ってもらいたいです」
「恋さん自身の目標は?」
恋は少し考える。
「……Rain Crownが大きくなることです」
何度も、似た質問をされた。
最初は、答えるたびに緊張した。
そのうち。
少しずつ答えられるようになった。
恋は、センターになっていった。
立ち位置だけではなく。
言葉も。
表情も。
振る舞いも。
少しずつ。
そして。
ファンの数も。
◇
ある日の特典会。
恋の列は、会場の端で折り返していた。
「最後尾こちらです!」
スタッフの声。
恋は目の前の人と話しながら、時々列の向こうを見る。
たくさん。
嬉しい。
でも。
その視線が、少し横へ動く。
灯。
列には、数人。
いつもの人がいる。
楽しそうに話している。
灯も笑っている。
恋は、目の前へ視線を戻した。
「恋ちゃん?」
「ごめんなさい!」
「疲れた?」
「全然!」
笑う。
でも。
一度見えてしまったものは、なかなか消えなかった。
その日の帰り。
「今日さ」
恋が言った。
「うん」
「楽しかった?」
灯が恋を見る。
「何、急に」
「いや」
「楽しかったよ」
「そっか」
少し歩く。
「灯のところ」
恋が続ける。
「うん」
「いつもの人、来てたね」
「来てた」
「楽しそうだった」
「楽しかったよ」
また。
同じ答え。
恋は少し黙った。
「恋」
「何?」
「何か言いたい?」
「……別に」
「絶対あるじゃん」
恋は迷ってから聞いた。
「もっと来てほしくない?」
灯は一瞬黙った。
「そりゃ来てほしいよ」
「だよね」
「うん」
「だったら」
言いかけて止まる。
だったら、何だろう。
SNSをもっと更新した方がいい?
話し方を変えた方がいい?
髪型?
衣装?
恋には分からなかった。
「だったら?」
灯が聞く。
「……何でもない」
「何それ」
「ごめん」
灯は少しだけ笑った。
「恋」
「何?」
「私、大丈夫だよ」
その言葉に。
恋はなぜか、少しだけ安心できなかった。
人気は、数字になった。
SNSのフォロワー。
動画の再生回数。
特典会の完売。
グッズ。
恋は見たくなくても、見えてしまった。
『天羽恋 全枠完売』
スタッフから届いた連絡。
「やった!」
思わず声が出た。
嬉しい。
本当に嬉しかった。
でも。
すぐに別の一覧を見る。
17人の名前。
完売。
残りわずか。
受付中。
恋は灯の名前を探した。
受付中。
指が止まる。
嬉しかったはずなのに。
少しだけ、喜び方が分からなくなった。
その夜。
灯からメッセージが来た。
『完売おめ』
恋は画面を見る。
『ありがとう』
打つ。
送る前に止まる。
『灯も』
続けようとして、消した。
頑張って。
違う。
次は絶対。
違う。
大丈夫。
それも違う気がした。
結局。
『ありがとう』
それだけ送った。
『次も頑張れセンター』
すぐ返ってきた。
恋は少し笑う。
『そっちもね』
送信。
少しして。
『もちろん』
続けて。
『次は私がセンターだから』
恋は思わず笑った。
『言ったね?』
『言った』
『覚えとく』
『ちゃんと見てて』
恋は迷わず返した。
『ずっと見てる』
灯からすぐに。
『ならよし』
そのとき。
恋は本当にそう思っていた。
灯も、本当に。
次を見ていた。
◇
次の選抜発表。
名前が順番に呼ばれていく。
恋。
呼ばれた。
前列。
中央。
そして。
灯の名前は、呼ばれなかった。
発表が終わる。
恋は、すぐには灯を見られなかった。
周りから「おめでとう」と言われる。
「ありがとう」
何度も返す。
でも、頭の中には一つ。
灯。
休憩に入って、ようやく探した。
廊下。
灯は一人で水を飲んでいた。
「灯」
「ん?」
いつもの声。
恋は隣に立つ。
「……」
「何その顔」
灯が笑う。
「別に」
「センターおめでとう」
「……ありがとう」
沈黙。
恋は言った。
「灯」
「うん」
「大丈夫?」
灯は少しだけ笑った。
「悔しいよ」
恋は息を止めた。
灯は続ける。
「普通に悔しい」
「……うん」
「入りたかったし」
「うん」
「前にも行きたい」
少しだけ目を伏せて。
「センターもやりたい」
恋は何も言えなかった。
灯が恋を見る。
「でも」
「恋が選ばれたことと」
一度、言葉を切る。
「私が選ばれなかったことは、別だから」
恋は顔を上げる。
「混ぜたら」
灯は少し笑った。
「両方ぐちゃぐちゃになるでしょ」
「……灯」
「だから」
灯はペットボトルを恋の肩に軽く当てた。
「おめでとうは、おめでとう」
恋は少しだけ泣きそうになった。
「ありがとう」
「うん」
「でも」
灯が続ける。
「悔しいのも本当」
「うん」
「次、入る」
「うん」
「で、いつかセンターやる」
恋はようやく笑った。
「待ってる」
「待たなくていいよ」
「え」
「追いつくかもしれないし」
灯は少し得意げに笑う。
「追い越すかもしれない」
「それは困る」
「何で」
「センター取られる」
「取るよ」
2人で笑った。
まだ。
夢は終わっていなかった。
むしろ。
灯は、自分の夢をちゃんと追っていた。
◇
恋の人気は、さらに伸びた。
雑誌。
広告。
外番組。
SNS。
名前が一人歩きするようになった。
『Rain Crownの天羽恋』
ではなく。
『天羽恋』
それだけで紹介される仕事も増えた。
撮影中。
カメラマンがモニターを見ながら言った。
「天羽さんって、目が行くよね」
恋は、一瞬止まった。
――私がファンだったら、恋見るから。
あの日の灯の声。
「ありがとうございます」
笑って返す。
でも。
その言葉が、以前より少し重く聞こえた。
ライブでも。
恋への歓声は大きくなっていった。
「恋ー!」
「ありがとう!」
また。
「恋ちゃーん!」
笑う。
嬉しい。
本当に嬉しい。
それでも。
そのたびに。
自分の後ろにいる16人のことを、考えるようになった。
終演後。
「恋、すごかったね」
灯が言った。
「何が?」
「歓声」
「……うん」
「めっちゃ名前呼ばれてた」
「灯も呼ばれてたじゃん」
灯は少しだけ笑う。
「張り合わなくていいって」
「張り合ってない」
「じゃあ何?」
恋は答えられない。
灯が先に歩く。
恋は、その背中を追った。
「灯」
「ん?」
「私さ」
「うん」
「もっとRain Crownを知ってもらいたい」
灯は振り返った。
「うん」
「私を見て来てくれる人が増えたら」
「うん」
「そこから、みんなのことも知ってもらえるじゃん」
「うん」
「だから」
恋は言葉を探す。
「もっと頑張る」
灯はしばらく恋を見ていた。
「そっか」
それだけ。
恋は少し不満だった。
「何?」
「何が?」
「それだけ?」
「じゃあ何て言えばいいの」
「分かんないけど」
灯は少し考える。
「頑張って」
恋は黙った。
欲しかった言葉のはずなのに。
なぜか。
違った。
◇
ある日。
取材で聞かれた。
「天羽さんは、Rain Crownの入口ですよね」
恋は、一瞬意味が分からなかった。
「入口?」
「天羽さんを見てRain Crownを知る人が多いと思うんです」
「ああ」
「どう感じますか?」
恋は少し考える。
「嬉しいです」
それは本当だった。
「私をきっかけにRain Crownを知っていただいて」
少し言葉を選ぶ。
「そこから、他のメンバーも好きになってもらえたら嬉しいです」
記者が頷く。
「センターらしいですね」
恋は笑った。
その記事が出た日。
灯からメッセージが来た。
『入口さん』
恋は吹き出した。
『やめて』
『センター様』
『もっとやめて』
『有名人』
『ブロックするよ』
『こわ』
恋は笑った。
昔と、変わらない。
そう思った。
そのあと。
灯から、もう一つ。
『でも、いいこと言ってた』
恋は少し嬉しくなる。
『でしょ』
『調子乗るな』
『褒めたのそっちじゃん』
まだ。
笑えた。
まだ。
大丈夫だと思えた。
◇
しばらくして。
特典会。
恋は休憩へ向かう途中で、灯の列の横を通った。
ちょうど、一人のファンが帰るところだった。
「また来るね」
「うん、待ってる」
灯は笑っていた。
そのあと。
列が途切れた。
スタッフが少し離れる。
灯は、一人になった。
ほんの数十秒。
恋は足を止めた。
「灯」
灯が顔を上げる。
「あ、恋」
「……」
何を言えばいい。
大丈夫?
違う。
暇?
もっと違う。
「何?」
灯が聞く。
「……水飲んだ?」
灯が一瞬きょとんとして、笑った。
「飲んだ」
「そっか」
「恋は?」
「まだ」
「飲みなよ」
「うん」
スタッフが呼ぶ。
「天羽さん、休憩お願いします」
「はーい」
恋は歩き出す。
数歩進んで、振り返った。
次の人が灯のところへ来ていた。
灯は笑っている。
恋は、少し安心した。
帰り道。
「恋」
「何?」
灯が前を見たまま言った。
「さっき」
「うん」
「列、途切れたとき」
恋の心臓が少しだけ跳ねた。
「うん」
「気にしてたでしょ」
「……別に」
「嘘」
灯は歩きながら言った。
「大丈夫だよ」
また。
その言葉。
「何が?」
恋が聞く。
灯は少し考えた。
「私」
「……」
「私のところには、私に会いたい人が来てるから」
恋は何も言えなかった。
「少ないとか多いとか」
灯は続ける。
「そりゃ、多い方が嬉しいけど」
少し笑う。
「でも、来てくれた人まで少なく見たくない」
恋は足元を見る。
「……そんなつもりじゃない」
「知ってる」
「私、灯のファンを少ないって――」
「知ってるって」
灯が恋を見る。
怒っていなかった。
だから余計に、恋は何も言えなかった。
「恋が心配してくれてるのも知ってる」
「……うん」
「ありがと」
「うん」
少し歩く。
「でも」
灯が言った。
「恋が何とかすることじゃないよ」
恋は顔を上げた。
「何とかするって」
「私の人気」
「そんなこと――」
言いかけて。
止まった。
していた。
どうすれば、灯をもっと見つけてもらえるか。
どうすれば、列が伸びるか。
どうすれば。
ずっと、考えていた。
「私も自分で走るから」
灯が言う。
「恋は、恋のところ走ってよ」
恋は、すぐには答えられなかった。
「……うん」
やっと、それだけ言った。
灯は笑う。
「よし」
「何が」
「話終わり」
「勝手」
「いちごミルク買って」
「なんで私が」
「センター様」
「それやめてって」
2人でコンビニへ入った。
まだ。
笑えた。
まだ、一緒に帰れた。
灯は、自分の夢を追っていた。
恋も、自分の場所を走っていた。
同じ場所から始まった2人が。
少しずつ、
違う速さで走り始めていることを。
2人とも、まだ。
大きなことだとは思っていなかった。
ーー続く




