第一章 センターになる前に
合格の連絡が来たのは、同じ日だった。
『受かった』
灯から届いたメッセージ。
恋は、自分の画面を見る。
そこにも、同じ言葉。
合格。
指が少し震えた。
『私も』
送る。
すぐに電話が鳴った。
「恋!?」
「うるさい」
「受かったの!?」
「受かった」
「ほんとに!?」
「そっちもでしょ」
「受かった!」
「知ってる」
「やばい!」
電話の向こうで、灯が笑っている。
恋も笑った。
あの日。
教室で半分冗談みたいに始めた話。
2人でアイドルになって。
いつか、あの大きなステージに立つ。
夢が、ほんの少しだけ現実に近づいた。
◇
最初のレッスン。
鏡張りの部屋。
知らない女の子たち。
「よろしくお願いします」
「お願いします」
ぎこちない挨拶が飛び交う。
恋は灯の隣にいた。
「無理」
「まだ始まってないけど」
「みんな踊れそう」
「見ただけで分かる?」
「分かる」
「じゃあ私も踊れそう?」
恋は灯を見る。
「……微妙」
「ひど」
2人で笑う。
その直後。
本当に笑えなくなった。
「5、6、7、8!」
音楽。
振付。
右。
左。
ターン。
恋は遅れた。
鏡の中で、自分だけが半拍ずれている。
「あ」
ぶつかりそうになって、止まる。
「ごめんなさい!」
音楽が止まった。
「大丈夫。最初だから」
振付師はそう言ってくれた。
でも、恋の顔は赤かった。
休憩。
壁際に座り込む。
「向いてない」
恋は言った。
「早くない?」
灯が水を渡す。
「全然できない」
「私もできてない」
「灯は私よりできてた」
「3点と5点くらいの差」
「2点負けてるじゃん」
「そこ?」
恋はペットボトルを開ける。
「やっぱ無理かも」
灯が隣に座る。
「じゃあ辞める?」
恋は灯を見る。
「……それは嫌」
「じゃあやろ」
「簡単に言うね」
「簡単じゃないよ」
灯は、自分の膝を指した。
少し赤くなっている。
何度も床についた跡。
「私も痛い」
恋はそれを見る。
「……痛そう」
「痛い」
「大丈夫?」
「大丈夫じゃない」
「じゃあ休めば」
「恋もね」
2人で、少し笑った。
それから。
毎日が初めてのことばかりだった。
ダンス。
歌。
表情。
カメラ。
自己紹介。
SNS。
「もっと笑って!」
「笑ってる!」
「顔固い!」
「これ以上無理!」
「恋、音外れてる」
「分かってる!」
「分かってるなら直して」
「灯うるさい!」
疲れているはずなのに。
帰り道になると、話は尽きなかった。
「あの先生怖い」
「でも言ってること正しい」
「それが一番怖い」
「分かる」
「今日の私どうだった?」
「ターンで死にかけてた」
「そこじゃなくて」
「かわいかったよ」
「適当」
「本当」
コンビニに寄れば、灯はいちごミルク。
恋は、その日の気分で違うものを選ぶ。
「いつかさ」
灯が言った。
「何?」
「私たちのファンとかできるのかな」
「できるでしょ」
恋は少しだけ得意げに言う。
「私にはもう一人いるし」
灯が笑った。
「私?」
「最古参」
「まだ言ってる」
「予約したの灯でしょ」
「した」
少し歩いて。
今度は灯が言う。
「じゃあ恋も」
「何?」
「私の最初のファンになってよ」
恋は、少し考えるふりをした。
「どうしよっかな」
「じゃあいい」
「なるなる」
「遅い」
2人で笑う。
あの頃。
恋にとって、
アイドルになることと。
灯と一緒にいることは。
ほとんど、同じ意味だった。
◇
やがて。
グループ名が決まった。
Rain Crown。
17人。
初めて全員でその名前を聞いた日。
「どう?」
灯が小声で聞いた。
「何が?」
「グループ名」
「かっこいい」
「ほんと?」
「うん」
「私はちょっと恥ずかしい」
「なんで」
「Crownだよ?」
「いいじゃん」
「恋、こういうの好きそう」
「好き」
「知ってた」
17人の、Rain Crown。
まだ。
誰が前に立つのかも。
誰が多く歌うのかも。
誰が最初に見つかるのかも。
何も決まっていなかった。
ただ。
17人で、同じスタートラインに立った。
初めての楽曲。
初めての衣装。
初めてのアーティスト写真。
そして。
初めてのステージ。
舞台袖。
恋は、自分の手を見た。
少し冷たい。
「緊張する」
「珍しい」
灯が笑う。
「するでしょ」
「オーディションのとき平気そうだった」
「平気なふりしてた」
「知ってる」
「何で」
「手、ずっと冷たかったから」
恋は、自分の手を見る。
今日も冷たい。
灯が、手を出した。
「何?」
「貸して」
恋が手を重ねる。
灯の手は温かかった。
「大丈夫」
「根拠は?」
「17人いる」
「多いね」
「だから」
灯は笑う。
「誰か間違えても、たぶんバレない」
「そういう大丈夫?」
「そういう大丈夫」
恋も笑った。
名前を呼ばれる。
17人で、ステージへ出た。
光。
音。
客席。
恋は、一瞬だけ息を忘れた。
小さな会場だった。
プロローグで見た写真とは、比べものにならない。
客席も、まだ埋まっていない。
それでも。
光があった。
一つ。
また一つ。
ペンライト。
――あれをステージから見たい。
灯の言葉を思い出した。
恋は、少し離れた場所にいる灯を見る。
目が合う。
灯が笑った。
恋も笑った。
まだ。
2人とも、同じステージにいた。
◇
終演後。
17人で写真を撮った。
「もっと詰めてー!」
「入らない!」
「後ろ見えない!」
「しゃがんで!」
笑い声。
恋は灯の隣にいた。
写真。
17人。
その日の帰り。
2人で駅へ向かった。
「どうだった?」
灯が聞く。
「何が?」
「初ステージ」
恋は少し考える。
「楽しかった」
「私も」
「でも」
「うん」
「もっと大きいところ、行きたい」
灯が恋を見る。
「あの場所?」
「うん」
プロローグで見た、あの大きなステージ。
「行けるかな」
恋が聞く。
灯は迷わなかった。
「行こうよ」
「簡単に言うね」
「夢だからいいの」
また、同じことを言う。
恋は笑った。
「じゃあ行こ」
「うん」
2人で。
それが、当たり前だと思っていた。
◇
数日後。
スタッフから、次の楽曲のフォーメーション表が配られた。
恋は、自分の名前を探す。
見つけた。
前列。
その中でも。
真ん中。
「……え」
もう一度見る。
間違いではない。
天羽恋。
センター。
周りから声が上がる。
「恋、おめでとう!」
「すごい!」
「センターじゃん!」
恋は動けなかった。
嬉しい。
怖い。
どうしよう。
いろんなものが、一度に来た。
そして。
最初に探したのは。
灯だった。
少し離れた場所。
灯が恋を見ていた。
目が合う。
灯は笑った。
そして。
誰より先に、拍手した。
恋は、ようやく笑った。
このときは、まだ。
真ん中に立つことが。
2人の間に、何かを変えるなんて。
思っていなかった。
ーー続く




