2 責務
責務を確認すると、どうやら建物の崩壊による負傷者がいるらしい。
加えて、「塔の人」への優遇措置に不満を持った暴徒による騒動。
この2つが同じ区画で起き問題となっているらしい。
厄介だな。
「同期を急げ。君が確定させない限り、システムの安全弁を外すことができない。」
通信越しに届く警備の現場リーダーの声は、焦燥も無く、純粋な作業の催促だった。
私の右目のコンタクトには警告色のログが絶え間なく流れている。
砂埃と金属の冷たい匂いが頬をかすめる。
警備員が頻繁に行き来しているが、ここからは暴徒の姿は確認できない。
「到着しました。補助員_17です。」
リーダーらしき男を見つけ合流をする。
「ご苦労。この男を頼む。既に電極ポールは設置済みだ。」
「承知しました。」
私は瓦礫の山に半ば埋もれた男のそばに膝をつきそっと触れる。男は血を流し、朦朧とした意識でこちらを見ている。
背後では警備の制圧班が重厚な防護盾を構えて待機していた。彼らが手にしているのは武器ではない。あれは、床に電位差を生じさせるための巨大な端子ターミナルだ。
「……は、なせ……」
男が掠れた声で漏らす。
私は答えなかった。答える必要はなかった。リーダーが私の肩に手を置き、静かに告げる。
「彼を助けるために、手順を踏むんだ。君が『生存』を確定させれば、この区画は『救助活動中』という法的な定義に上書きされる。そうなれば、瓦礫を固定、周囲の安全確保をするのための電力をシステムから引き出せる。わかるね?」
それは、この場にいる全員を守るための、最も合理的な提案だった。
私は頷き、男の血濡れた肩に指先を沈めた。
意識のピントを合わせる。脳の奥が熱くなり、デバイスが男のバイタルデータを吸い上げていく。
視界に映る情報が増えていき、状態が鮮明となる。
――[事象確定:生存維持]
脳波がシステムに受理された瞬間、私のコンタクトに『Fixed確定』の文字が刻まれた。それと同時に手順通りに緊急の痛み止めを男に打つ。
「よし、受理された。制圧開始!」
リーダーが叫ぶ。
瞬間、暴徒の騒ぐ声が止み、静まり返る。
世界から音が消えたわけではない。
ただ、足元から内臓を直接握り潰されるような微細な震えが襲ってきたのだ。
設置された二つの電極の間で回路が閉じ、金属の床が巨大な処刑台へと変貌した。
通路の奥で騒いでいた人たちが、一瞬で顔を真っ白にしてその場に崩れ落ちる。彼らは殴られたわけではない。ただ、足の裏から侵入した強烈な「信号」により、自らの意志を無視した全身の筋肉の硬直と痙攣に加え、身体の自由が効かない恐怖を植え付けられたのだ。
同時に、男を埋めていた瓦礫が、ガツン、と重い音を立てて静止した。
強力な磁場が瓦礫を地面に釘付けにする。だが、その磁力線は容赦なく男の肉体を貫いた。
「あ、が……あ、ああああああ!!」
男が、今日一番の絶叫を上げた。
強力な磁場が、男の血液や組織に含まれる微細な金属元素を激しく揺さぶり、内側から熱を発生させる。IH誘導加熱と同じ原理が、生身の傷口で起きていた。
傷口から溢れていた鮮血が、磁場の嵐の中でジュウジュウと音を立てて沸騰し始める。
そこへ追い打ちをかけるように、警備員が冷却ガスを強引に噴射した。
凍りつくほどの冷気と、内側から焼き焦がす磁気の熱。
相反する二つの暴力が、男の傷口を無理やり焼灼しょうしゃくし、塞いでいく。
肉が焼ける嫌な匂いが、砂埃に混じって鼻を突く。
システムにとっては、対象の苦痛など誤差に過ぎない。
「管理対象の喪失エラー」さえ回避できれば、その過程で肉体がどれほど無残に調理されようと、知ったことではないのだ。
『区間制圧:出力80%。法的根拠:救助活動の安全確保』
通路の奥の者たちは、救助を妨げないための「低消費電力な障害物」として、白目を剥いて沈黙している。
防護服を着た救援班が男を瓦礫の下から引きずり出しているのを横目に。
「素晴らしい。リソース消費、予測値の0.01%以下だ。犠牲者ゼロだ」
リーダーは、デバイスに表示されるクリーンな統計データを見て満足げに頷いた。
目の前では、救われたはずの男が、焼けた傷口と止まらない全身の痙攣により、泡を吹き、恐ろしい形相で虚空を睨んでいる。
私は、それを見ていることしかできなかった。
私の「注釈」が、この男を救った。
私の「注釈」が、この男を地獄に釘付けにした。
「君のおかげで、誰も悪人にならずに済んだよ」
リーダーは私に背を向け、テキパキと事後処理の指示を出し始めた。
私は、べっとりと血のついた手袋を外し、手を制服の裾で何度も拭った。
男の熱と、磁場に焼かれた血の匂いが、どうしても消えないような気がした。




