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仮面の魔法使い

 「――また、仮面の魔法使いがやりやがったぜ」


 冒険者ギルドの酒場。

 昼間だというのに、何人もの冒険者が酒を片手に騒いでいた。


 「仮面の魔法使い?」


 「なんだ、知らねえのか?」


 隣の男が呆れたように言う。


 「最近、王都周辺で魔物を狩りまくってる奴だよ」


 「一人で?」


 「ああ。一人でだ」


 冒険者の男は得意げに笑う。


 「しかも、ただのゴブリンなんかじゃない」


 「じゃあ何を倒したんだ?」


 「――ワイバーンだ」


 「……は?」


 酒場が一瞬静かになる。


 「ワイバーンって、あのワイバーンか?」


 「他に何がいるんだよ」


 「いやいや、待てよ。ワイバーンを一人で倒したって?」


 「ああ」


 男は頷く。


 「昨日、街道近くに出たワイバーンをたった一人で倒したらしい」


 「……ありえねえだろ」


 「普通ならな」


 「ワイバーンって言ったら、最低でも中級冒険者が何人か集まって討伐する魔物だぞ」

 「どんな奴だったんだ?」


 「さあな」

 「顔も、名前も分からねぇ」

 「背は低いと聞いたが、子供とも考えられん」

 「分かっているのは、ただ…強いってことだけだ」


 「……なんだそりゃ」


 冒険者たちが笑う。


 「そんな奴、本当にいるのかよ」


 「ああ。だから『仮面の魔法使い』なんて呼ばれてるんだ」


◇◇◇


 ――あれから、一年が経ち、俺は十一歳になった。


 あの襲撃から一年。

 俺はあることをしてきた。


 魔法の訓練。

 剣術の訓練。

 そして――冒険者としての活動。


 冒険者になった理由は単純。

 実戦経験を積むためだ。

 訓練場で魔法を使うのと、実際に命を懸けて戦うのとでは全く違う。

 魔物は決まった動きをしてくれるわけじゃない。

 個体によって戦い方も変わる。

 だから、実際に戦ってみる必要があった。


 弱い魔物から徐々に難易度を上げ、そして――。

 先日のワイバーン。

 あれを倒したことで、一つの基準ができた。

 今の俺は、ワイバーンを単独で討伐できる実力がある。

 これは間違いない。

 ただし、だからといって自分が無敵だとは思っていない。

 ワイバーン程度なら倒せる。

 ただし原作が進めば、魔物にも人間にも俺より強いやつがたくさん出てくる。

 だからこそ俺は、自分の実力を高く評価する気にはなれなかった。


 俺はまだ十一歳。

 強くはなった。

 だが、頂点には程遠い。

 それが今の俺に対する、正直な評価だった。


 そして、俺には冒険者として活動するもう一つの理由がある。


 ――情報だ。


 グランディス子爵家による襲撃。

 あれから一年経った今でも、俺は警戒を続けている。

 原作では、あの事件をきっかけにヴァレンシュタイン家は崩壊していった。

 父さんが殺され。

 研究を奪われ。

 家は取り潰される。

 そして、俺は全てを失う。


 だからこそ。

 俺は、敵の動きを知りたかった。

 貴族社会だけじゃない。

 冒険者ギルドも、商会も。

 そして――。


 表には出てこない世界も。

 王都の裏通りには、普通に生きていれば関わることのない人間たちがいる。

 違法な魔道具を扱う者。

 盗品や人までも売買する者。

 情報を売る者。

 金さえ払えば、表ではできない仕事を請け負う者。

 俺はそういった連中についても調べていた。

 ヴァレンシュタイン家を狙っている人間が、他に存在するのか知るために。


 幸い、今のところ大きな動きはない。

 グランディス子爵家も、一年前の襲撃の疑いもあってか、表立って何かを仕掛けてくる様子はなかった。


◇◇◇


 夜、俺はいつも通り家族三人で食卓を囲んでいた。

 平和な時間。

 そんなことを思っていると、父さんが口を開いた。

 

 「アルベルト」


 「何?」


 いつもと少し様子が違う。

 何か考え込んでいるようだった。


 「実は、ちょっと話があってな」


 「うん」


 俺は父さんを見る。


 「お前も、もう十一歳だろ?」


 「そうだね」


 「最近は魔法の腕もかなり上がった」

 「だからな、アルベルト」

 「魔法学園に行ってみないか?」


 「…………」


 魔法学園。

 その言葉を聞いた瞬間。

 俺の頭に、前世の記憶が蘇った。

 王立魔法学園。


 『聖魔のブリリアント・アカデミア』


 ヒロインと攻略対象たちが出会い、物語が始まる場所。

 そして――。

 本来の俺には、決して関係のなかった場所。


 俺はしばらく黙っていた。

 父さんが不思議そうに俺を見る。


 「どうした?」


 「……いや」


 俺は小さく息を吐く。

 まさか。

 ここまで来るとは思っていなかった。

 原作では、俺はそもそも学園に存在しない。

 なのに――。


 「……行ってみたい」


 俺は答えた。

 父さんが笑う。


 「そうか」


 その瞬間。

 俺の人生は、また一つ。

 原作から外れた。


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