キャスの決断
「殿下、キャスリー様他、ご家族の方々がおいでになっております」
たたたっと足音が近付いてくる。
そしてドアがガチャっと開いた。
王子は顔を突き出すや、先頭に立っている義母とメイリーを器用に避け、キャスだけを見つめて笑み崩れた。
「こんなにすぐに会えるなんて! やはり二人は運命で結ばれている。ちょうど今、迎えを出そうと思っていたところだよ。さあ、入って」
部屋に入ると、ドアの側におばちゃんが立っていた。キャスと目が合うと、小さく親指を立てた。
キャスはドアの前に執事と一緒に立ち止まり、メイリーと王子の様子を眺めることにした。
メイリーは嬉しそうに美しい王子の方に歩み寄る。
振り返った王子は、メイリーに手を差し伸べてから少し何か考え、ドアの前に控え目に立っているキャスに目を向けた。
「これはどういうことだい? もしかしてキャスリーン嬢の姉君?」
ここで、義母が前に出た。
「殿下。私の次女の、メイリーと申します。年は十七歳です。そしてもちろん女性です」
王子はメイリーに少し近付くと、全身を眺めまわした。
それからパッと表情を明るくした。
「完璧です。思った通りですよ」
そう言いながら、義母の前に立った。
義母もメイリーもニコニコしている。キャスもほっとして三人を見守った。
「先ほどはありがとう。つきましてはキャスリーン嬢を、こちらの宮殿に引き取りたいのですが、いかがでしょうか。もしお望みなら、ご家族も一緒にこちらに引っ越していただいても構いません」
義母は目を白黒させている。
「殿下? キャスリーより、女性のメイリーの方が、条件に合うのでは……」
王子は爽やかににっこりと微笑む。
「私が恋したのはキャスリーン嬢で、メイリー嬢ではありません。そこはお間違いなく。キャスリーン嬢が女性になったら、こうなるのですね。嬉しい限りです」
キャスの体がぴくんと跳ね、釣られたのか横に立つ執事もぴくんと揺れた。
横を向くと、おばちゃんが静かに王子たちの方に向かっていた。
「王子殿下、キャスリーに説明しないといけないのでは? まだ彼は何も知りませんから」
あ、そうか、とおばちゃんを見た。キャスは何も知らない設定なのだ。
あの魔術師は、「通りすがりの親切な魔術師」で、おばちゃんではないのだから。
顔を上げると目の前に王子が立っていた。
そして勝手に手を握る。また横に立つ執事の顔を見てしまった。
「キャスリーン嬢、実はお母さまと話をして、あなたとの婚約を結ばせていただきました。これからよろしくお願いします」
簡潔だ。簡潔すぎて実もふたもない。不都合なあれこれを、完全にすっ飛ばした説明だ。
んー。何となくイラっとするのは何だろう。
考えるだけ無駄な気がしたので、提案した。
「僕は女になる気が無いので、メイリーを選ぶのが正しいと思いますが、どうでしょうか」
「私が好きなのは君だ。容姿が似ているからと、取り換えられるものではないよ」
「たった一回踊って散歩しただけです。ほぼ見た目だけで選んでいると思うのですけど、違いますか?」
王子はキャスの前から離れ、メイリーに声を掛けた。
「メイリー嬢、こちらへ」
近寄ってくるメイリーに手を差し伸べると、おばちゃんの方を向いてパチッと指を鳴らした。
「音楽を頼む」
すぐさまワルツが流れ、王子とメイリーは踊り始めた。
メイリーはガチョウのようにバタバタと踊り、一曲踊る間に王子の足を七回踏んでいた。
自分の姿でそれをやられると、目を覆いたくなる。
「では、キャスリーン嬢」
王子はキャスの手を取ると、そのまま続けて踊り始めた。
あまりにメイリーのダンスが酷くて、申し訳ない気分になっていたので、何となくその手を無視できなかった。
一曲踊り終わると、周囲から拍手が湧いた。
「素敵、キャスってダンス上手ね」とキンバリー。
義母とメイリー、おばちゃんと執事も喜んでいる。メイリーには全く反省の色がない。少しは何か考えた方がいいと思うのだが。
キャスは王子のエスコートがうまいので、つい真面目に踊ってしまった。そう言えば、この王子はさすが王子様で、ダンスが上手だ。
キャスは小さい頃にダンスを習っている。そして少し前まで、シリーのダンスの練習に付き合っていた。
彼はああ見えて、子爵家の次男なのだ。
ダンスが苦手で、練習に付き合ってくれと泣き付かれ、女性パートを務めてやっていたおかげで、女性側も踊れるようになっている。
「これでわかっていただけましたか? 私がキャスリーン嬢を選んだのは、こういう全てが気に入ったからです」
そう言って、キャスに左肘を差し出し、綺麗にエスコートした。
「ダンスや立ち居振る舞いの美しさ、目の輝き、そして立っているだけで見て取れる気品。容姿も含めた佇まいに惹かれたのです」
凄く褒められた。
褒められて悪い気はしないけど、その結果が、はた迷惑なごり押しなのがいただけない。
舞踏会で、もう少し王子が早くやってきて、キャスが片っ端から料理を試しているのに出くわしたら、こんなことは起こらなかったのに。それが残念でならない。
「じゃあ、そういうことで」
王子が軽い感じで締めくくった。
「お待ちください。僕は認めません。全く全然です。前に言ったように後三年もしたら僕は恰好のいい男になります。きっと筋骨隆々としたマッチョになるはずです」
キャスが言うと、義母は目を上に上げて何か考えている。多分父の容姿を思い出しているのだろう。我が家系は細マッチョ系なのだ。
言うなよ、と念を送りつつ、話を続けた。
「ムキムキになった僕を見て、今と同じ気分にはなれないと思います。後一か月したら急に男っぽくなるかもしれない。その時はどうしますか?」
王子はなぜか、嬉しそうに笑った。
嫌な感じだ。何を言い出す気だろう。
「ムキムキのマッチョが女性になったら、非常にグラマラスな女性になりそうだね。それは大歓迎だ」
このスケベ野郎。
――と思ったけど、おばちゃんは俺を上から下まで見てから、「あー、うーん」と声を出し、何か納得しているようだ。
「僕はそもそも女になる気がありません。それだと、殿下はいつまでたっても妃を迎えられませんよ。それでいいのですか?」
「頑張って君を口説くさ。よろしくね、キャスリーン嬢」
うわっ、軽い! と言うか、究極のプラス思考。
万策尽きた。ついに、賭けを持ち出すしかないようだ。
俺はおばちゃんに向かってうなずいて見せた。
「それならば賭けをしましょう。それに負けたら、潔く女になって妃になります。勝ったらこの話は無し。それでどうでしょうか」
王子は目を見張り、嬉しそうにほほ笑んだ。
「嬉しいね。では、何を賭けようか?」
「急には、何も思いつかないのですが」
そこにメイリーが口を出してきた。
「さいころで決めたらいいわ。早いでしょ」
ぎょっとした。それは早いだろうけど……
人生をさいころに賭けるのか?
メイリーはキャスの表情を見て少し考え、唇に手を当てた。それから、またサラッと言う。
「嫌ならポーカーとか? くじ引きっていう手もあるわよ」
夏休み終了です。
明日、あさっては同じく20時更新ですが、基本的にここから先は不定期更新になります。
時々覗いてもらえると嬉しいです。




