賭けスタート
「メイリー義姉さん。ちょっと黙ってくれない? 考えているから」
キャスは取り合えずメイリーを黙らせようとした。
メイリーはむっとしたようだけど、口をすぼめて黙った。
その間、王子はじっと何かを考えている。
キャスはこの作戦がうまくいくと思っていたので、何も考えていなかった。
思い浮かぶのは、おばちゃんが出してきた、「ドラゴン退治」くらいのものだ。
駄目、絶対に無理。
しばらくの沈黙の後、王子が提案を出した。
「無作為に選んだ者たちに、投票してもらうのはどうだろう」
それはいい、たぶん多くの者が、男の妃なんて拒否するはずだ。
勢い込んで、「それで行きましょう」と言おうとしたところに、おばちゃんが割り込んだ。
「王子、それではキャスリーに不利です。キャスリーの今の容姿は、まさに理想の美少女。黙って立たせておいたら、誰も反対しないと思います」
王子がむっとした表情に変わった。
「君は我が王家のお抱えではないのか?」
「もちろんそうです。この国以外の国には味方しませんわよ。でも、キャスリーの友人でもあるのです。だまし打ちのような真似は見過ごせません」
え? そうなのかなと思ったが、義母も義姉もウンウンと頷いている。
おばちゃんが続ける。
「それに、そんな風に決まったら、一生キャスに嫌われるかもしれませんよ。いいのですか?」
王子が困ったようにキャスを見るが、キャスは横を向いた。真剣に考えないと追い込まれると、悟ったのだ。
考えろ、考えるんだ、と自分に言い聞かせる。
「とりあえず、殿下の案は却下します。さいころも、ポーカーも、くじ引きも却下です」
そう言うと皆が期待するようにキャスを見る。
神よ、「艱難辛苦」ではなく、そう見えてそうでもない、絶妙な苦難を我に与えたまえ。
胸の前で手を組み、キャスは目を瞑った。
すると……見えた!
「王子、国の南の端の街、デルタウンは、ほとんど治外法権になっていますよね。そこの住民を説得して、国の法に従わせる。それを賭けませんか」
全員がポカンとキャスを見る。
「デルタウンって、あそこは無法地帯みたいなものじゃないの。危険よ」
キンバリーが真剣な表情で叫んだ。キャスの事を心配してくれているようだ。
王子も不安げな表情になったが、「あそこはずっと悩みの種なんだ。それを解決できるなら、それこそ国の誇る能吏というところだが」
キャスの頭にもう一つの光が灯った。
自分の将来の仕事が手に入るかもしれない。団長のシリーも込みでいけるかも。
「では、もしそれがうまくできたら、私を国の官僚として雇っていただきたいと思います」
王子はしばらく考えた後、「わかった。それで賭けに応じよう。しかし期間を決めさせてもらう。どのくらい掛かると見ている?」
「二か月ください。デルタウンを仕切っているパーシバルに、宣誓書にサインさせる期限としてです。どうでしょうか」
「今すぐに宣誓書を作成させる。それを明日、家まで届けさせよう。そこから二ヵ月だ」
この王子、思ったより実務がまともにこなせそうだ。もっと、ぼんやりしているかと思っていた。
これなら仕えるにしても楽そうだ。
キャスは笑いが込み上げてくるのを押さえ、真面目な表情で、「よろしくお願いします」と答えた。
家に戻って、すぐに服を着替え、街に出ようと思ったが、その前に夕食の支度がある。
なるべく簡単なメニューをと思い、昨日狩っておいたキジ鳩のローストに決めた。
下ごしらえして、塩、コショウ、ハーブを刷り込む。
ポテトに細かい切込みを入れ、そこにバターと塩コショウを塗り込む。
それを一緒にオーブンに突っ込む。終わり。
今日は気分がいいので、一人一羽の豪華版だ。
匂いが家の中に漂い始めると、キンバリーとメイリーが二階から降りてきた。
「いい匂い」
そう言った後、キンバリーはキャスをまじまじと眺めている。
「何?」
「あなたって、何でも上手よね。何でも出来るし」
「そうかな、日々頑張って生きているからね」
「デルタウンの件、何か方策はあるの? 私から見たら雲を掴むような話に思えるけど、大丈夫なの?」
「どうなるかわからないけど、友達に伝手が無いか聞いてみるつもり。何とかしてみるよ」
キンバリーは少しためらってから、「実はね……」と話し始めた。
「私が付き合い始めた方って、王宮の下級官吏なの。もしかしたら少しは手伝えるかも」
キャスは微笑んで、その申し出を断った。
すると、キンバリーは思い切ったように言った。
「違うの。できればその交渉に参加させて欲しいと思ったのよ。だって、それがうまく片付けられたら、出世できるでしょ」
さすが、現実的なキンバリー。
「もしかして、僕って、そんなに自信ありげだった?」
「うーん? 軽くね。でも他の人はわからなかったのじゃないかしら」
キンバリーがメイリーの方を見ると、メイリーは首を少し傾げた。
「自信満々で、笑い出しそうだったわよね。王子も、そう思ったはずよ。明日誓約書を届けると言ったのは、それまでにキャスの身辺を洗い出すつもりだからでしょ」
ぎょっとした。まさかのメイリーが鋭い。
この間から、時々妙にメイリーが鋭くて驚いていたが、能を隠していたのかもしれない。
漂い始めた鳩の香ばしい匂いの中で、キャスは冷や汗をかいていた。
夕食は、非常に良い出来栄えだった。
一人一羽のキジ鳩のグリル。付け合わせは大きなハッセルバックポテトと、庭から収穫した瑞々しい葉物。
そして野菜のスープ。
いつものように、にぎやかな夕食の席で、キャスは義母や義姉を今までとは違う目で見ていた。キャスが思っていたより、三人ともしたたかで強いのかもしれない。
しかし、と思う。
自分そっくりになったメイリーの、がさつな挙措がどうにも気になる。
思い掛けない負債をしょい込んだような気分だ。
ため息を一つ付いてから、キャスは席を立った。
後片付けは、キンバリーがやってくれることになっている。
キャスはそのまま急いで街に向かった。歩くと一時間弱掛かるが、馬なら十分くらいで行ける。
キャスは、今後の旅のために馬を二頭、王子からもらっていた。
街に着くと、いつもの店「ガービー」の前の馬留に引き綱を縛り、店の中に飛び込んだ。
こっちを向いた皆が、ちょっと戸惑うような表情を浮かべている。
「よおシリー、どうしたんだ、変な顔して!」
キャスは努めて朗らかにふるまい、一直線にシリーの前に向かった。
シリーが、キャスの方を向いて、問いかけるようにキャスを見る。
「シリー、一生のお願いがある。俺を助けてくれ」
少しのけぞった後、シリーは即答した。
「いいぜ。ダンスの恩があるからな。で、何だ?」
「デルタウンを仕切っているパーシバルから、国に従うという誓約書を取りたい。手伝ってくれ」
シリーは眉を寄せた。




