相談
キャスは少し体を引いてシリーをジッと見た。
「昨日の事について聞かないんだな」
「ああ、あれか! 面食らったよ。なんだ、ありゃ」
「やっぱりシリーの事、好きだな」
キャスは笑いながら、あの事件の顛末を語った。周囲にみんなが集まってきて、興味深々で聞いているので、少し盛りながら話して聞かせた……あまり盛らなくても、変な出来事だったが。
おばちゃんの事は伏せて、「通りすがりの親切な魔法使い」が手助けしてくれたことにしておいた。
舞踏会に潜りこんだ後の逃走劇に、ガラスの靴の事。
そして、王子に女になれと強要された話では、なぜか笑いが起こった。
まっ赤になって、腹を抱える者までいる。
その後、悩むキャスの元に「通りすがりの親切な魔法使い」がやってきて、メイリーをキャスそっくりに変身させくれた、というところまで話すと、全員が大盛り上がりした。
「ちょっとまってくれ。ビールのお替り! おい、ビール」
シリーが、店員に向かって叫ぶ。
皆が「俺も」と叫んだので、しばらくの間は空きジョッキと、新しいジョッキのリレーのような状態になった。
キャスもやっと一杯目のビールを手にできた。
ぐっと飲んでのどを潤す。
「ところが、駄目だったんだ。あの王子、かなり手強いぞ」
そう前置きしてから、その場で起こったことを話した。
最初大笑いしていた皆が、「最後の一手として、俺から賭けを持ちかけた」と言ったところで真顔になった。
「女になれってのは、本気の本気か。微塵もためらい無しなんだな。で、本当に女になれるのか?」
「うん、多分ね。本物の女になれるみたいだ」
周囲に居る者たちが、少し体を引いた。その後ろの方の物は前に乗り出してきた。
全員がキャスの全身をじろじろと見ている。
「さぞ、綺麗だろうな」と誰かが呟いた。
キャスが見回すと、興味津々な目に囲まれていた。
「待てよ。俺は女になる気なんか全然ないからな。そこでだ、シリー。助けてくれ」
「パーシバルとの交渉か。あいつがこの先どうしようか悩んでいるっていう話をしたよな。だからって、簡単にこっちの提案に乗るかはわからないな。五分ってとこかな」
「それでもゼロじゃないだろ。ドラゴン退治よりよっぽど可能性があるさ」
「ドラゴン?」と言って、周囲の者たちは顔を見合わせている。
「『通りすがりの親切な魔法使い』が、出してやるって言ったけど、お断りした。冗談じゃない」
「とんでもない申し出だな。本気か?」
「うん。人間じゃないそうで、人間の限界が微妙にわかっていない気がする」
シリーは曖昧に笑ってから、「まあ、ゼロじゃないよな」と言い、顎を撫で始めた。シリーが何かを真面目に考え始める時の癖だ。
デルタウンが首領の交代で揺れ始めたのは、つい半年前だ。
その後釜に決まったのがパーシバルだが、まだ組織は安定していない。
事の初めは、元の首領だったロックの引退話だ。荒くれものが集まって大きくなった街で、以前は無法地帯だったのを、ロックがまとめたことで、秩序が生まれた。
そして一つの小さな軍事国家のようなものに変わっていった。
三十代のロックは、このままこの街を仕切っていくと思われていたのだが、ある日彼は恋に落ちた。
そして子供ができた。
しかも、相手の女性は他国の貴族令嬢だという。
許されないことだと思ったのに、なぜか相手側の家からも大歓迎され、そちらを継ぐために引っ越すと言い出したのだ。
一同、唖然とした。
キャスたちでさえ、開いた口がふさがらなかったのだから、デルタウンの人々の戸惑いは想像できる。さぞ……
そして跡目争いが始まった。
元々荒くれものが集まっているので、争いごとは派手だし、だんだんにエスカレートしていった。
しばらく好きなように暴れさせ、候補が絞られるのを、ロックは待ったらしい。
そして残った候補を集めたそうだ。
そしてキャスたちが色々なところから何回も聞かされた、「ロックの問い掛け」が行われた。
「おい、質問するから答えろ」とロック。
「この街には女が少ない。どうやって女の住民を増やす」
この問いに、「周辺からさらってくる」と即答した奴が、放り出された。
それを見て、残りの二人は譲り合ったが、「お前は?」と指を突き付けられた、順におずおずと答えた。
「知っている女に声を掛けて、移住して貰う」と一人が言った。
「街に美味い店や、おしゃれな店を作って、来たくなるようにさせる」と答えたのがパーシバルだった。
「よし、じゃあ次の頭領はパーシバルに決まりだ。うまくやれよ」
それでパーシバルに決まった。
「おい、周辺の街や勢力とのパイプ役たちは残すからな。俺も周辺に挨拶して回ったから、しばらくは干渉を防げるだろう。その間に今後の付き合い方を考えろ」
ロックは自分の配下の主だった者数人を連れて、次の日デルタウンを出て行った。
キャスが知っているのは、そこまでだ。
ロックが挨拶に来た時に会ったが、体が大きくて見栄えのする男だった。
キャスとは親子くらい年が離れている。
「お前が噂のキャスか。この見た目に騙される奴がどれほどいる事か。末恐ろしい男だな。大きくなったところをぜひ見たい」と言いながら、飴をくれた。
全然嫌味な感じがしないので、素直に「ありがとう」と言えた。
デルタウンに秩序を打ち立てた男だけあると、納得した。
キャスは、まだパーシバルに会ったことがない。だが、この男に認められたのだから、それなりの男だと考えている。話せばわかる。
王子よりも理解できると思いたい。
しばらく黙っていたシリーが顎を撫でていた手をおろしてキャスの方を向いた。
「その誓約書が、国に明け渡せって内容だと厳しいな。どこまでデルタウンの自治を認める気なんだろう」
「この国の一地方都市として、ある程度今の体制を残して取り込みたい、だと思うけどなあ」
キャスだって、明日届く誓約書を見ないことには、何とも言えない。と言うより、明日、その誓約書がとんでもない内容なら、成立させることが無理になる。
ちょっと気が重くなってきて、ため息混じりに吐き出した。
「もし、あんまりな内容だったら、王に直訴するしかないか。王だって、デルタウンをどうにかしたいはずだもの」
シリーがキャスの肩に手を載せた。
「苦労するな」
「魔法使いが、王は常識人だと言っていたから、そっちに賭ける。もしかしたら、この婚約にも反対してくれるかもしれないし」
そう言いながら、キャスは考えた。
そうだ、王子より上がいるじゃないか。王に反対してもらったらいい。




