誓約書の内容
シリーがキャスの肩に手を載せた。
「苦労するな」
「魔法使いが、王は常識人だと言っていたから、そっちに賭ける。もしかしたら、この婚約にも反対してくれるかもしれないし」
そう言いながら、キャスは考えた。
そうだ、王子より上がいるじゃないか。王に反対してもらったらいい。
次の日、早朝に王宮からの使者が来た。
物々しい一行が、屋敷の前にズラッと並ぶ。
向かい合ってキャス、その後ろに義母と義姉たちが立った。
女三人と、少年一人。立派な身なりの、押し出しの良い使者と随行員たちに比べると、だいぶ貫禄負けしている。
「キャスリー様。王よりの書簡でございます。お受け取りください」
王?
「王子からではないのですか?」
「国からの正式な書簡です。王の署名入りでございます」
義母が、「とにかく受け取って、内容は後で確認なさい」と、後ろから小声でアドバイスする。
「すみませんが、今ここで内容を拝見しても構わないでしょうか」
義母の言葉を無視してキャスが言うと、使者がピクッと頬を引きつらせた。
たぶん失礼なのだろうな。でも、男でいられるか女になるかの瀬戸際で、礼儀になんか構っていられない。
「結構です」
使者は態度も表情も崩さず、淡々と言い、おもむろに待ちの姿勢に変わる。
「では、拝見します」
書簡を開き目を通すと、概ねキャスが想像していた内容が書かれており、その下に王の署名があった。
「もし、ご存じならお答えいただきたいのですが、王は僕と王子の約束を、お聞きになっているのでしょうか」
使者は口を横一文字に引き結んだ。
笑いたいのか怒りたいのか泣きたいのか分からない様な、おかしな表情だ。
「存じ上げております。王と王子からの手紙をお預かりしております」
そう言って二通の手紙を渡してくれた。
書簡を渡すまでの物々しさは影を潜め、ちょっと疲れたような様子が伺えた。
「読んでも?」
「どうぞ。王からは返事を聞いてくるよう言い使っております」
キャスは大きい方の手紙を開いた。もう一方が、たぶん王子のものだ。
内容は、「王子から賭けのことを聞いた。あの美少女が男だったとは驚いた。
しかも少年組織のナンバーツーだとは。そして今は期待している。デルタウンは悩みの種だったのだ。君が成功することを願っている」
キャスは拳を握った。王は俺の味方だ。
そして王子の手紙を読んだ。
そこには今回の賭けの内容が記されていた。
王子のサインがすでに書き込まれている。それは賭けの誓約書だった。
キャスはさっと読んで、使者が渡してくれたペンでサインをした。
「王に、できる限りの手を尽くしますとお伝えください」
使者たちの姿が見えなくなるまで、門の前で見送り、それからキャスは家に飛び込んだ。
そして書簡の内容を紙に書き写し、それを折りたたんで懐に突っ込み、家から飛び出した。
これで動ける。
キャスが街に着いて店に飛び込むと、シリーの横に見慣れない男が座っていた。
年齢は二十歳くらいだろうか。赤いくせっ毛で、ひょろっとした男だ。少し緊張した様子でこっちを見ている。
「おいキャス、来いよ。渡りに船だ」
キャスが近付くと、男が立ち上がった。
「パーシバルの所の側近で、うちとの新しいパイプ役のガスパールだ」
キャスが挨拶すると、ガスパールの目がキャスに釘付けになり、そのままぼうっとなる。
それを見てシリーが笑った。
「綺麗だろ、うちのキャスは。こいつの事、聞いたことが無かったのかな」
はっとしたように身動きして、ガスパールが手を出した。
キャスはその手を握り、向かい側に座った。
「向こうも、今後のことを考えているところのようだ。キャス、誓約書は届いたか?」
キャスは懐から写しを取り出し、シリーに手渡した。
それに目を通したシリーが、「まともだな。お前を手に入れるために、変な小細工をしたりはしてないようだ」
「王の名で出された誓約書だよ。王子から王に進言したんだろうね。思ったより、やることはまともだ」
キャスは王子を見直していた。王子の命令と、王命では重みが違う。誓約書の重みがあるほど、説得力も上がる。
もしかしたら、王子はキャスを諦め、せめてもの利を取ろうとしているのかも。
そう考えて、ニヤッとした。
シリーが事のあらましを説明すると、ガスパールが首を縦に振った。
「そりゃあ、そうなってもおかしくないよ。男にしておくには惜しい」
シリーは不機嫌なキャスを気にする様子もなく、大笑いしている。ひとしきり笑ってから、手紙をガスパールに渡した。
「そう言ってやるなよ。ま、この書面を読んでみろよ。どう思う?」
書面を一回読み、驚いたような表情でこっちを見た、それからもう一度、じっくりと読んでいる。
「このタイミングで、これか。なんというか救いの神がやって来たって気分だ」
「乗りたいってことか? パーシバルはどう考えているんだ?」
シリーが聞くと、「街をもっと普通の住みやすい街にしたいと思っている。俺たち側近もそうだ。ただ、それをよしとしない者たちも……」と目を瞑る。
よっぽど大変なのだろうな、とそれだけで分かった。
目が合うと、ちょっと頷き、「わかってもらえているようで、嬉しいよ。絶対的な王者だったロックがいたから、街には秩序があったんだ。それが消えて、候補の中で一番若いパーシバルが頭領になった。まだ抑えが効かない」
「でも、ロックがパーシバルを選んだと聞いているし、それだけの力があるからなんでしょ?」
キャスが考えていたのとは、少し違うようだったので聞いてみた。
「ある。あるけど、今はまだ無理だ。法の力で秩序を作りたいが……まずは力で牛耳るしかない。そうするとだいぶ荒れることになるだろうな。だから悩んでいるんだ」
シリーが、誓約書を手に取った。
「これをうまく使えたら、最悪の事態は招かずに済むかもしれないってことだな。ここはやはり、キャスの出番かな」
シリーの言葉に、ガスパールは食い入るようにキャスを見る。
そして、「その噂は聞いている。『クロスボウ』のキャスの作戦に間違いはないってね。実はそれを聞いてみたくて来たのもあるんだ」と言う。
キャスはテーブルに肩肘を付き、頬を載せて考え込んだ。
これがいつも深く考える時のキャスの癖だ。
しばらくして、ガスパールが息を吐きだした。
「今すぐでなくてもいいんだ。ゆっくり考えて何か思いついたら、教えてもらえると嬉しいよ」
キャスが顔を上げた。
「ちょっと思いついたことがあるんだ。一度デルタウンに行ってみるか」




