驚きの知らせ
家に帰ると、義母は家を留守にしていた。
「お母様は、どこに行ったのかしら?」
「本当、変ね」
不思議に思いながらも、そのまま、それぞれの部屋に引き上げた。
キャスが部屋に入ると、やはりガラスの靴はテーブルの上から消えていた。
スイートピーは、木のカップに活け替えられている。
「捨てられなくて、よかったな」とスイートピーを指でつつく。
一張羅の服を脱いで、いつものシャツとズボンとエプロンに着替え、ベッドにひっくり返った。
疲れたから、昼寝しようかと思う内に寝てしまったようだ。
そして、誰かに耳を引っ張られて目を覚ました。
「キャスったら呑気ね。侵入者にくらい気付きなさいよ」
目の前に、いつものおばちゃんの顔がぬっと現れた。
「やっぱり、こっちの姿の方が落ち着くよ。さっきの姿は何なの?」
「お仕事用のコスチュームよ。容姿込みの」
「どっちが本当?」
「どっちもよ。私は人間じゃないのよ。ついでにおばちゃんじゃなくて、フェアリー・ゴッド・マザー」
キャスは体を起こし、髪の毛をかき上げた。
「で、どうしたの? こんな急に。珍しいね」
「危険を知らせに来たのよ、友達としてね。あなたの義母があなたを王子に売ったわ」
キャスはポカンとした。
売った? どういうこと、それ!
「驚いているようね。あなたの義母が、あなたの婚姻に同意したの。もちろん十六歳までは結婚できないけど、婚約を結んだってところね。
十六歳以下の子供に関しては親に決定権があるって知っているわよね。キャスは十五歳。今なら親が単独で婚姻契約が出来るのよ」
……えーと、つまり?
「俺、婚約したってこと?」
「そう」
「でも俺は女になれないよ。それはどうするつもり?」
「さあねえ、王子に聞いてみないことには皆目わからないわ。それでどうする? 逃げる?」
「逃げる、もちろん」
キャスはベッドから飛び降り、布のリュックにそこらの物を突っ込んだ。
物と言っても、下着が数枚に着替えが一式、ナイフに、財布……
財布を振って、中身を出してみた。
全然、金が足りない。
馬車にも乗れない。
それではすぐに捕まってしまうだろう。
「馬には乗れるから、その辺の馬をかっぱらって駆けるしかないか」
そう言ったキャスを見て、おばちゃんが困ったような表情をする。
「ねえ、王子はちょっと変わり者だけど、馬鹿じゃないのよ。すぐに街道に網を張ると思うわ。逃げるならその網をくぐらないと無理よ」
「えーっ。馬も馬車も無理? それならおばちゃん、俺をどこか遠くに運んでくれない?」
「ごめんね。友人だとわかってしまったものだから、私も誓約書を書かされたの。キャスを助けるために魔法を使わないって文面でね」
キャスががっくりとした。
あの時、知らん顔をしておけばよかった。後悔先に立たずだ。
「でも、助言なら出来るわよ。魔法じゃないもの」
「助言くれ。おばちゃん」
キャスはしがみついた。
おばちゃんはキャスの肩に手を置き、真面目な表情をした。
「逃げられないなら立ち向かう方がいいわ。あなたは現在王子の婚約者よ。もうそれは覆らない」
重々しくそう言われ、キャスは頷いた。
「王家が舞踏会を開き、そこに参加した者の中から王子の結婚相手を決める。王子はキャスを見初め、探し出して婚約を結んだ。あの舞踏会であなたを見た者たちは、美しい姫君としか思っていない。なんの問題もないわ」
嫌々ながらキャスは頷いた。表面上はその通りだ。
それで、どう立ち向かうと言うのだろう。
「何らかの条件を出して、それで戦うしかないわ。キャスが賭けに勝てば、この婚約は解消。負ければ潔く女になって結婚する。どう?」
しばらく口を開けて呆然とした。なんでだよ!
だが考えるうちに、それしかない気がしてきた。
どっちにしろ現在婚約してしまっている。
もしずっと男でいたところで、あの王子様がいつ諦めてくれるのか……とそこまで考えて、もう一つの道を思いついた。
「ずっと男のまま粘れば、男っぽくなって恋愛対象じゃなくなるよね。案外問題ないかも」
「王子にそっちの気が無ければね」
嫌なことを言う。そして別の方法を思いついた。
「それならさ、もし俺がブクブクに太ったら、諦めるんじゃないか?」
「無理。あなたの生活にブクブク太れる余裕なんてある? 朝の水汲み、掃除、洗濯、三度の調理、庭の手入れに菜園の世話、たまに狩り、買い出し」
何か反論しようと思ったけれど、無理だった。太るには金と暇がいるのだ。
「もしそうなったとしても、私ならすぐに元に戻せるもの。それ以上にあなたのそんな姿見たくないわ」
「おばちゃんの魔法、万能すぎる!」
そう叫んだ時、キャスはもっといい手を思いついた。
手をぽんと叩く。
「うちの義姉を俺より魅力的に変身させて、王子に心変わりさせる。ややこしい俺を相手にするより、そっちに靡くはずだよ。姉の嫁ぎ先を探しているところだし、一石二丁だ。俺に魔法を使うわけじゃないし、それならいけるだろ?」
おばちゃんはポカンとしてから、笑い出した。
「キャスったら悪知恵が働くわね。末頼もしいわ。姉ね、どっち? 両方共いっとく?」
キャスは考えた。順番から言ってキンバリーの方だが、一人より二人。うまく運ぶ確率が上がる。
それに姉妹であんまりな差が付くのは、諍いの元になる。
「両方共お願い。思いっきり美人に変えてくれよ」
「わかったわ。じゃあ、まずはキャスが二人に希望を聞いてね。それも本人の希望が無いとできないのよ。
一応、その作戦が失敗の場合の事も決めておきましょう。その場合、どんな賭けを持ちかける?」
「そんなの、全く思い浮かばないよ」
おばちゃんは顎に手を添えて考え込んだ。
「ドラゴン退治とか?」と考えながら言う。
「却下。それにドラゴンはいないでしょ」
「出してやってもいいのよ」
真顔だ。
「遠慮します。
おばちゃん、俺にできることで考えてよ。それじゃあ死んでしまう」
「そうねえ、王子にも聞いてみるしかないか。でもあの人、何を言い出すか想像もできないわ。王やその前の王はそんなじゃなかったのだけど、あの子は変わり種ね。でも払いはいいのよ」
「まあ、義姉に気持ちが移りさえすれば、それでいいんだからね。きっとうまくいくさ」
キャスは意気揚々と姉たちの部屋のドアをノックした。
二人はその話を聞いて目を丸くして驚いた。
「私が驚くような美人になれるの? そして王子の婚約者になる? 夢のような話だけど……それ、信じると思っているの?」
現実主義のキンバリーらしい返答だ。
「本当にできます。信じられないのはわかるけど、もしそうできるのなら、やりますか?」
キンバリーは考え込んだ。
メイリーは息せき切って賛同した。
「私はやるわよ。超美人になってちやほやされて、王子と結婚するの。女の子の夢じゃない。何をためらうのよ」




