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シンデレラ・ダイス  作者: 羊宮 玲(旧 羊)


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6/15

フェアリー・ゴッドマザーのお仕事

「おばちゃん? やっぱりおばちゃんなの?」


 キャスも叫び返してしまった。

 目の前のおばちゃんは、いつものおばちゃんとは全く別人だ。

 

 白いふんわりしたドレス姿で、頭には小さい冠のようなものまで被っている。

 そして髪は銀色でたっぷりした巻き毛、それがつやつやと光っている。

 年齢は30前後くらいに見えるし、しかもいつもより美人だ。


 いつものラフなゆるゆるのドレスと、ひっつめた茶色の髪の40代くらいのおばちゃんとは別人。

 でも面影はある。

 今の姿は年下の従妹くらいの感じと言えばいいか。


「知り合いだったのかい?」

 

 王子も驚いたようで、キャスに問いかけてきた。

 おばちゃんが一歩前に出て、王子の質問に答えてくれる。


「ちょっとした知り合いです。ところで本日は突然のお呼び出し。緊急案件が発生したのだと思いますが、どういったご用件でしょうか」


 どうやら、キャスには話させたくないらしい。しっかりと話題を誘導している。

 王子はそう言われて、気を逸らされたようだ。

 

「ああ、そうなんだ。僕の愛しい人を見つけてね。ところでちょっとした問題があるのだ。キャスリーン嬢は男性なのだそうだ。だから女性に変えてくれないか」


 とんでもないことを、さらっと言い放った王子を、キャスは呆然と見つめた。

 おばちゃんは、チラッとそんなキャスを見て小首を傾げる。


「キャスリーン嬢は同意されていますか?」


 王子はきょとんとしている。

 その表情を見た途端にわかった。こいつ、同意が必要かなど、微塵も考えていなかったな! やっぱり嫌いだ、と思わず睨みつけてしまう。

 睨んだのをどう勘違いしたのか、王子は嬉しそうにキャスに笑いかける。


「キャスリーン嬢。女性になって、私の妃になってください」 


「嫌です」


「えっ、何ですって?」


「嫌です。女にはならないし、妃にもなりません。ついでの念押しですが、同性愛の相手にもなりませんから」


 よし、ここまではっきり言えば、このわけのわからない王子の頭でも理解できるだろう。

 全面的な拒否に王子がどう返してくるのかと、キャスは身構えて待った。


 ところが、なぜか王子が苦笑いした。


「あなたはこの国の国民です。王族の命令は絶対なのですよ。もちろん結婚している女性を離婚させて妻にするなど、倫理的に問題のあることはしません。でもあなたは独身だし、このくらいのごり押しは問題無いのです」


 ぬけぬけと、王族の権力を振りかざしやがった!

 しかも、倫理的な問題っていうなら、男を性転換させて結婚とかの方が……いいや、倫理ですらない、自然の法則を捻じ曲げる大技じゃないか。

 そういう問題より、もっと大きな疑問が頭に沸き上がる。


「おばちゃん、そんなことまで出来るの?」


 キャスに問いかけられたおばちゃんは、ため息をついてからキャスに話しかけた。


「おばちゃんではなくて、フェアリー・ゴッド・マザーよ。いつも言っているでしょ。特に今はお仕事中なのだから、マザーって呼んでちょうだい」


「じゃあ、マザー。男を女に変えることなんて出来るの?」


「物凄~く難しくて、たぶん、私にしかできない魔法よ。でも、すご~く力を使うのよ」


 おばちゃんは節を付けるようにそう言いながら、横目でチラッと王子を伺う。

 これは、あれだ。

 営業ってやつだ。


 この王子は、おばちゃんが愚痴っていた「我儘なお客たち」の一人なのだろう。

 そう思って王子を見ると、おばちゃんの言葉に感心したように頷き、言った。


「もちろん報酬は弾むよ。必要なものがあれば言ってくれ。協力しよう」


「うまいな、おばちゃん」と心の中で感心したが、おばちゃんの瞳が光ったのを見て、キャスは慌てた。


「マザー、僕は同意していないよ。友人だろ、助けてよ」


 おばちゃんは、「うーん」と声を出して考え込んだ。


「キャスは友達だけど、王子はお客様なのよね。しかも太客のお得意様。困ったわ」


 王子はニコニコと二人の話に口を挟む。


「フェアリー・ゴッド・マザーは、わが王家の専属魔法使いなのだ。よその国に味方しないという約束で、報酬を払っている。つまりお抱えだな。それは僕の曽祖父の代から続いている」


 その言葉のある部分に引っ掛かった。


「……おばちゃんって、年いくつなの?」


「マザーよ。人間とは年の取り方が違うの。女性に向かって年齢の話はよしてちょうだい。王子も」


「ごめん」キャスが素直に謝ると、おばちゃんの表情がいつものようにフランクな感じになった。


「キャスのいいところは、その素直さよね」


 そう言ってから少し考え、王子の前に進み、きりっとした様子で話し始めた。


「性別を変える魔法は非常に精密で難しいものです。必要な材料を揃える必要もあります。その一つで、一番大切なのが、本人がそれを望むこと。現在、ご本人はそれを望んでいません。つまり魔法は成功しません」


 おばちゃんは感情を交えず、専門家然としてそう言うと、王子が話を飲み込むのを待った。


「では今のままでは無理だと言うのか?」


「その通りです。キャスが拒絶したままでは絶対に成功しません」


 王子が初めてうろたえた。

 キャスはその姿を眺めながら、ぼそぼそと「このおーじ様は、なんでもありの環境で生きてきたんだろうな」と独り言を言っていた。自分とは正反対の、その人生がうらやましい。


 ふと目が合った侍従は、懇願するような眼差しをキャスに向ける。

 

「いや、無理だから。悪いけど」と、小声で侍従に詫びた。


 そのキャスの手を王子が握った。


「王妃になれば贅沢し放題、権力もあるし、好きなことはなんでもできるよ。なんで嫌なんだい?」


 必死で説得にかかり始めた。手に入るものを列挙し、贅沢な生活のあれこれを話して聞かせる。

 そう言われても、「考えたことが無いし、考える気もおこらない」としか言えない。


「じゃあ、考えてみてくれ。悪くないはずだよ。君はこんなに美しいのだから、女性になったらもっと美しいだろう」


「僕はもう三年くらいしたら、すごく格好の良い男になる予定です。それを楽しみに体を鍛えていますから、別に女にならなくてもいいです」


 マザーが、「そうね」と同意し、侍従も小さく頷いている。

 王子は慌てた様子だったが、「少し考えてみる」と言ってうなだれた。


 よおっし! 帰ろう。

 キャスは意気揚々と元の部屋に戻り、「まだおかわりしていないわよ」と言う義姉たちを追い立てて王宮を後にした。残ったお菓子と果物は、ちゃんと包んでもらった。


「ねえ、どうなったの?」


 キンバリーに聞かれて、「大丈夫です。誤解だったようですよ」と答えた。

 不満そうな義姉たちと反対に、キャスはご機嫌だった。

 訳のわからないことに巻き込まれずに済んだことに感謝し、変装なんて金輪際しないと決めた。

 

 


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