フェアリー・ゴッドマザーのお仕事
「おばちゃん? やっぱりおばちゃんなの?」
キャスも叫び返してしまった。
目の前のおばちゃんは、いつものおばちゃんとは全く別人だ。
白いふんわりしたドレス姿で、頭には小さい冠のようなものまで被っている。
そして髪は銀色でたっぷりした巻き毛、それがつやつやと光っている。
年齢は30前後くらいに見えるし、しかもいつもより美人だ。
いつものラフなゆるゆるのドレスと、ひっつめた茶色の髪の40代くらいのおばちゃんとは別人。
でも面影はある。
今の姿は年下の従妹くらいの感じと言えばいいか。
「知り合いだったのかい?」
王子も驚いたようで、キャスに問いかけてきた。
おばちゃんが一歩前に出て、王子の質問に答えてくれる。
「ちょっとした知り合いです。ところで本日は突然のお呼び出し。緊急案件が発生したのだと思いますが、どういったご用件でしょうか」
どうやら、キャスには話させたくないらしい。しっかりと話題を誘導している。
王子はそう言われて、気を逸らされたようだ。
「ああ、そうなんだ。僕の愛しい人を見つけてね。ところでちょっとした問題があるのだ。キャスリーン嬢は男性なのだそうだ。だから女性に変えてくれないか」
とんでもないことを、さらっと言い放った王子を、キャスは呆然と見つめた。
おばちゃんは、チラッとそんなキャスを見て小首を傾げる。
「キャスリーン嬢は同意されていますか?」
王子はきょとんとしている。
その表情を見た途端にわかった。こいつ、同意が必要かなど、微塵も考えていなかったな! やっぱり嫌いだ、と思わず睨みつけてしまう。
睨んだのをどう勘違いしたのか、王子は嬉しそうにキャスに笑いかける。
「キャスリーン嬢。女性になって、私の妃になってください」
「嫌です」
「えっ、何ですって?」
「嫌です。女にはならないし、妃にもなりません。ついでの念押しですが、同性愛の相手にもなりませんから」
よし、ここまではっきり言えば、このわけのわからない王子の頭でも理解できるだろう。
全面的な拒否に王子がどう返してくるのかと、キャスは身構えて待った。
ところが、なぜか王子が苦笑いした。
「あなたはこの国の国民です。王族の命令は絶対なのですよ。もちろん結婚している女性を離婚させて妻にするなど、倫理的に問題のあることはしません。でもあなたは独身だし、このくらいのごり押しは問題無いのです」
ぬけぬけと、王族の権力を振りかざしやがった!
しかも、倫理的な問題っていうなら、男を性転換させて結婚とかの方が……いいや、倫理ですらない、自然の法則を捻じ曲げる大技じゃないか。
そういう問題より、もっと大きな疑問が頭に沸き上がる。
「おばちゃん、そんなことまで出来るの?」
キャスに問いかけられたおばちゃんは、ため息をついてからキャスに話しかけた。
「おばちゃんではなくて、フェアリー・ゴッド・マザーよ。いつも言っているでしょ。特に今はお仕事中なのだから、マザーって呼んでちょうだい」
「じゃあ、マザー。男を女に変えることなんて出来るの?」
「物凄~く難しくて、たぶん、私にしかできない魔法よ。でも、すご~く力を使うのよ」
おばちゃんは節を付けるようにそう言いながら、横目でチラッと王子を伺う。
これは、あれだ。
営業ってやつだ。
この王子は、おばちゃんが愚痴っていた「我儘なお客たち」の一人なのだろう。
そう思って王子を見ると、おばちゃんの言葉に感心したように頷き、言った。
「もちろん報酬は弾むよ。必要なものがあれば言ってくれ。協力しよう」
「うまいな、おばちゃん」と心の中で感心したが、おばちゃんの瞳が光ったのを見て、キャスは慌てた。
「マザー、僕は同意していないよ。友人だろ、助けてよ」
おばちゃんは、「うーん」と声を出して考え込んだ。
「キャスは友達だけど、王子はお客様なのよね。しかも太客のお得意様。困ったわ」
王子はニコニコと二人の話に口を挟む。
「フェアリー・ゴッド・マザーは、わが王家の専属魔法使いなのだ。よその国に味方しないという約束で、報酬を払っている。つまりお抱えだな。それは僕の曽祖父の代から続いている」
その言葉のある部分に引っ掛かった。
「……おばちゃんって、年いくつなの?」
「マザーよ。人間とは年の取り方が違うの。女性に向かって年齢の話はよしてちょうだい。王子も」
「ごめん」キャスが素直に謝ると、おばちゃんの表情がいつものようにフランクな感じになった。
「キャスのいいところは、その素直さよね」
そう言ってから少し考え、王子の前に進み、きりっとした様子で話し始めた。
「性別を変える魔法は非常に精密で難しいものです。必要な材料を揃える必要もあります。その一つで、一番大切なのが、本人がそれを望むこと。現在、ご本人はそれを望んでいません。つまり魔法は成功しません」
おばちゃんは感情を交えず、専門家然としてそう言うと、王子が話を飲み込むのを待った。
「では今のままでは無理だと言うのか?」
「その通りです。キャスが拒絶したままでは絶対に成功しません」
王子が初めてうろたえた。
キャスはその姿を眺めながら、ぼそぼそと「このおーじ様は、なんでもありの環境で生きてきたんだろうな」と独り言を言っていた。自分とは正反対の、その人生がうらやましい。
ふと目が合った侍従は、懇願するような眼差しをキャスに向ける。
「いや、無理だから。悪いけど」と、小声で侍従に詫びた。
そのキャスの手を王子が握った。
「王妃になれば贅沢し放題、権力もあるし、好きなことはなんでもできるよ。なんで嫌なんだい?」
必死で説得にかかり始めた。手に入るものを列挙し、贅沢な生活のあれこれを話して聞かせる。
そう言われても、「考えたことが無いし、考える気もおこらない」としか言えない。
「じゃあ、考えてみてくれ。悪くないはずだよ。君はこんなに美しいのだから、女性になったらもっと美しいだろう」
「僕はもう三年くらいしたら、すごく格好の良い男になる予定です。それを楽しみに体を鍛えていますから、別に女にならなくてもいいです」
マザーが、「そうね」と同意し、侍従も小さく頷いている。
王子は慌てた様子だったが、「少し考えてみる」と言ってうなだれた。
よおっし! 帰ろう。
キャスは意気揚々と元の部屋に戻り、「まだおかわりしていないわよ」と言う義姉たちを追い立てて王宮を後にした。残ったお菓子と果物は、ちゃんと包んでもらった。
「ねえ、どうなったの?」
キンバリーに聞かれて、「大丈夫です。誤解だったようですよ」と答えた。
不満そうな義姉たちと反対に、キャスはご機嫌だった。
訳のわからないことに巻き込まれずに済んだことに感謝し、変装なんて金輪際しないと決めた。




