王子の元へ
「この靴、こんなじゃなかったわよね」
メイリーが靴を見て呟いた。
「でも、これなら履けるかもね」
そう言いながら手を伸ばし、靴を持ち上げた。すると、靴の履き口はまたもや小さなサイズに戻ってしまった。
首を傾げたメイリーは、キャスに靴を手渡した。いつもぼんやりのんびりしているのに、急に頭の回転が良くなったようだ。
事態を悟って、この場から逃げようとしていたキャスの意表を突く速さだった。
思わず受け取ってしまったキャスは、目の前で形を変えるガラスの靴を呆然と見つめることしかできなかった。
「これは……」
隊長はキャスをじっと見ている。そして何事かに思いいたったようだ。
「この靴を履いてみていただけますか? ……レディ」
キャスはごまかそうとして苦笑いをしながら言った。
「僕は男なので、対象外ですよ。お探しなのは女性のお姫様なのでしょう」
隊長は、「男性か女性かは、外見ではわからないこともありますから」と言う。
もしかしたら、男装した女性だと思っているのかもしれない。
周囲に兵たちが立ち並び、とても逃げられる様子ではなくなってしまった。
促され、仕方なく靴を履くと、それはすっぽりとキャスの足を覆った。おばちゃんの魔法最凶だ。
「見つけた」と言う隊長の声が聞こえた。
義母は「家で事情を伺いたい。部屋も改めさせて欲しい」と言われ、兵士の一群と共に家に戻っていった。
そういえば、部屋にはもう片方の靴が置いてある。今朝はピンクのスイートピーを一輪だけ挿している。まいったな、とキャスはため息を吐く。
キャスはそのまま豪華な馬車に乗せられ、王宮に向かうことになった。
馬車の中から周囲を見回すと、ポカンとした表情のシリーと目が合った。
彼は、笑うか怒るか迷っているような、中途半端な顔をしている。
そして胸の前で小さく手を振るように動かした。その周囲の者たちは、「どういうことなんだ」と言い合っている。
「やっぱり女だったんだ。俺はずっとそう思っていた」と言った奴……後で覚えていろよ!
目の前には心許なげな表情の義姉たち。付き添いで一緒に馬車に乗せられたのだ。キャスの向かい側で、ぴったりくっついて座り、きょろきょろしている。
「ねえ、キャスってもしかしたら女だったの?」
キンバリーがおずおずと尋ねる。
キャスは無言でシャツのボタンをはずし、バッと前を開いた。
引くかと思ったけど、逆に身を乗り出して覗き込まれ、ぎょっとした。それに恥ずかしい。
「何だ、やっぱり男じゃない」
「そうね、男だわね」
……
「それが何で、靴が履けたの? あの靴、キャスにしか履けないじゃない」
「さあ、何故でしょうね」
馬車が王宮に着くと、豪華な部屋に通された。
義姉たちは、周囲の調度品を見回してはしゃいでいる。
「あのテーブルの彫り物を見て。すごく繊細な薔薇のモチーフ。一体何日かけて彫るのかしら。一つでいいから、こんなのが欲しいわ」
「私はこっちのドイリーが欲しいわ。赤色の発色が綺麗。高いわよね、これ」
キンバリーがくるっとこっちを向いた。目がキラキラしている。
「ねえ、キャスが王子と結婚したら、もしかして私たちもここに住むことになるの?」
キャスはがっくりした。
「さっき、男だって言いましたよね」
「あ、そうか、残念」
キャスは乾いた笑い声を上げながら考えた。残念な義姉たちと義母から早く独立しよう。今は子供として親に従うしかないけど、十六歳になれば 自分の身の振り方を自分で決められる。
ドアがノックされ、執事が入って来た。
「キャスリー様、ご案内いたします」
そう言って、侍従がキャスを促す。仕方なく立ち上がったところに、ワゴンを押した侍女が二人部屋に入って来た。
「付き添いの方々はこちらでお待ちください。お茶とお菓子をご用意しました」
侍従の言葉に、義姉たちは大喜びしている。ワゴンの上には、何人分なのかと呆れるほどのお菓子と果物が乗っている。
キャスは、そのおいしそうなお菓子を眺めていたが、ふと思いつき、キンバリーに耳打ちした。
「持って帰れそうなら、残りは包んでもらってくださいね」
「えー! 全部食べられるわよ、これくらい」
「じゃあ、おかわりしてはどうでしょう」
「あ、いいわね、それ」
メイリーも、「任せて」と意欲を示した。
「駄目な姉も使いよう」と口の中で呟き、キャスは侍従に付いて廊下を進んでいった。
案内された部屋には、やっぱりいた。
王子だ。
さらさらした淡い金色の髪と緑の瞳の、かなりイケている男だ。
侍従が、「キャスリー様をお連れしました」と声を掛けると、しばらくこちらをじっと見ている。
さて、どんな反応を示すやらと思いながら待つと、王子がすごい勢いで目の前にやってきた。
「ああ、あなただ、そうですねキャスリーン。装いを変えたくらいで、あなたを見間違えるはずがない」
王子は興奮して浮かれている様子。
あまりに嬉しそうで、少し罪悪感を感じた。
それから王子がいきなりキャスの手を握った。
これ、令嬢に対してかなり無礼なんじゃないだろうかと、キャスは少し後ろに立って控えている侍従に視線を送る。
侍従はコホンと空咳をして目を逸らした。
王子はキャスの反応など気にも留めずに、キャスの全身を見回した。
「まさか男装していたなんて……なぜですか?」
しばらく考えて、この際全部言ってしまうことにした。
ごくりと唾を飲み込み、一息で話した。
「僕は元々男です。舞踏会の様子を見てみたくて、女装して参加しました。混乱を招くつもりはなかったのです。すみません」
これで、どんな罰が下されるのだろうか。軽いといいな、と思いながら顔を上げた。
王子はキャスの顔を見るとにっこりと微笑んだ。
「そうだったのですか。まあ、それは気にしなくてもいいです」
そしていきなり跪き、手を差し伸べた。
「キャスリーン、私と結婚してください」
キャスは声に出さずに「はあ?」と言い、もう一度、侍従の方に向き直った。
侍従も驚いている様子だ。良かった、まともな人がいる。
「僕は男なのですが」
「大丈夫です」
何が? と思ったが、どう問いかけたらいいのかわからない。
それで、侍従に話しかけることにした。
「この国の王族は、同性同士の結婚を認めているのですか?」
侍従はハンカチを取り出し、額の汗をぬぐった。
そして無言。
王子が答えてくれた。
「それはありえません。子孫を残すことは王族の勤めの一つです」
「あの、僕は男です。男装しているのではなく正真正銘の男です」
王子はにっこりと笑い、「女性になればいいのです」と言うと、指にはめた指輪を三回トントントンと叩いた。
部屋の奥の方にほの明るい光りが現れ、明るさが増していき、真っ白になった。
その光が薄れるに従い、その中心に女性の姿が浮き上がっていく。
女性は優雅にこちらに歩み寄り、王子に向かい優雅にお辞儀をした。
「ごきげんよう、王子様。お呼びでしょうか」
その女性の顔を見たキャスは、見覚えがあるような気がした。
思わず、まじまじとその女性の顔を見つめると、女性の方も視線に気が付き、キャスを見た。
そして、ぎょっとしたように叫んだ。
「キャス? どうしてここに?」




