家族との朝食
「キャス、朝ごはんまだ?」
テーブルを拭き終わり、朝食の下ごしらえをしていたキャスの背に、長女のキンバリーが声を掛けた。
てっきり昼まで寝ていると思った義母と義姉たちが、もう起きだしてきている。
三人とも同じ茶色の細い髪質で、形を整えていない今は、それを無造作に後ろで束ねている。
瞳も同じ茶色で、よく似た親子だ。
そして残念なことに義母が一番綺麗で、姉たちは平凡な容姿をしている。
義母は十八歳のキンバリーに、結婚相手を見つけろと毎日言っている。昨夜の舞踏会もかなり力を入れて準備をしていた。さて、成果はあったのか?
「おはようございます。今朝は早いですね」
義母がテーブルに着き、「のどが渇いたわ」と言う。
キャスは沸かしていた湯でお茶を入れ、三人の前に出した。
それを飲みながら、キンバリーが興奮した口調で喋り出した。
「昨日の謎の美女、どこの姫君だと思う?」
それに次女のメイリーが答えた。
「誰も分からなかったみたいよ。年は私と同じ十七歳くらいかしら」
「きっとそんなに美女じゃないわよ。私の経験から言うと、ドレスと化粧のおかげでそう見えただけね」
義母はきっぱりと言った。
さすが伊達に年を食ってはいない。
背後の噂話に耳を傾けながら、キャスは卵とソーセージを皿に盛り、ポテトをたっぷりのバターで焼いた。
三人の皿をテーブルに並べ、最後に特別にてんこ盛りにした自分の皿を置く。
三人がその皿をチラッと見るが文句は出ない。
年齢が上がって食べる量が増えてきたキャスは、自分の皿だけ大盛にするようになった。
初め文句を付けた女たちに、「食べないと働けないです」と言ったら三人はすぐ折れた。
特に最近は料理の腕が上がり、それと共にキャスの発言力も上がっている。
バターでカリッと揚がったポテトが美味い。
昨夜のような手の込んだ料理はたまにでいい。こういった、わかりやすく美味い物のほうが好きだ。
「このポテト、美味しいわ。昨日の凝った料理もいいけど、こっちのほうが落ち着くわ」
キンバリーがキャスの考えた通りのことを言う。余りにタイミングが合って、笑いそうになった。
キンバリーが怪訝そうにこっちを見たので、聞いてみた。
「王宮の料理はどうでした?」
「それがね、すごく綺麗でびっくりしたわ。王族って、毎日あんなのを食べているのかしら」
「へえ、食べてみたいな。持ち帰ってくれたら、家でも作ってみるのに」
「そんなこと、できるわけないじゃない。でもキャスなら作れそうな料理もあったわ。豚と豆の煮込み、おいしかったわ。後で分かる限り教えるから、作ってみてよ」
キンバリーとは好みが似ている。
グラマラスな義母と違い、細身でどちらかといえば少年っぽい雰囲気のキンバリーは、キャスにとってはとっつきやすい。
「豚の塊と豆ですね。後で街に買い出しに行ってきます」
義母がキンバリーを睨む。
「食い気より色気よ。王子が駄目でも、他の人とも踊ったでしょ。良さそうな人はいた?」
「一回踊ったくらいで、どうなるわけもないじゃない。私よりお母様がもう一度頑張った方が、確率が高いわよ」
次女のメイジーもポテトで頬を膨らませたまま、コクコクと頷いている。
こちらは義母に似たグラマータイプ。最近少し太り気味だ。
義母はげんなりした様子だ。駄目な姉を持つのと駄目な娘を持つのと、どっちがきついだろうとしばし考えた。
娘だな。
義母が不憫になった。
「お父様の残した少ない遺産を運用して、何とか生活しているのよ。あなたたち二人がいいところに嫁いでくれないと、先細りは目に見えているわ。本気になってちょうだい」
「うーん、キャスがいいところの娘に見初められるとか……金持ちのオジサマもあるかしら」
そう言ってキンバリーが、キャスに向かってウインクする。
やっぱり出来の悪い姉も、なかなかきついなとしかめ面で返す。
ふと義母の視線に気付く。
その瞳は、真剣な色を帯びている。まずい。逃げよう。
キャスは三人に対して、「ドレスを引き取りに行くから準備しておいてくださいね。ホコリを払って、汚れたところをチェックして、洗うか付け替えます」と言って席を立った。
キャスはいつの間にか、ドレスの繕いも得意になっていた。姉たちが無頓着で、汚したりこぼしたりが多いからだった。
午後になってからキャスは街に出て、市場を回った。
豚のバラ肉の大きな塊と、豆を色々と買い込んだ。それとキノコも。
野菜とハーブ類は庭で育てているので、買う必要はない。
もちろん菜園の世話もキャスの役目だ。
買った物を店に預けて、いつもの店に入ると、そこにたむろしている小年たちから歓声が上がった。
「よお、キャス。ご無沙汰じゃないか、こっち来いよ」
声を張り上げたのは、この界隈の少年グループを率いているシリーだ。
赤毛で大柄なシリーは、十八歳には見えない貫禄を備えている。彼の率いる一団『クロスボウ』傘下には大きなものだけで七つのグループがある。
何となくこの店に集まった少年たちが、他集団と摩擦を重ねる内、次第に大きな組織に膨れ上がった。
今や大人も無視できない一大勢力を築き上げている。
キャスはゆっくりとシリーの席に向かって行った。
途中、「どうぞ」と言って店の店員からビールのジョッキが手渡される。
この一団のブレインにして、ナンバーツーの地位を占めているのがキャスなのだ。
一団が順調に勢力を伸ばしている要がキャスだと知らない者はいない。なぜなら『クロスボウ』の運営に関する判断を、キャスは間違えたことがないのだ。
「こっちに座れよ。今日は面白い話があるんだぜ」
そう言って、シリーが自分の横を指差す。周囲に座っていた者たちは少し間を開け、隣のテーブルに移動する者もいる。
キャスが敬意を払われる理由は、ブレインとしての能力だけではなく、腕も立つからだ。周囲からはナイフ使いの達人と呼ばれている。
その技術は毎日の料理と狩りの中で磨かれた。今では自由自在だ。
生活に根差した技なので、ナイフ以外に弓や鉈なども使い慣れている。貧乏万歳!
だがキャスは今まで、人を刺したり切ったりしたことはない。本当の武器は『頭脳と話術』なのだ。ナイフはデモンストレーションにしか使わない。
周囲の者たちは、キャスを憧れのまなざしで見ている。
腰のベルトに吊っているナイフに目をやり、次にキャスの美貌に目を向ける。
そんなキャスのあだ名は『シンデレラ』だ。
大きな喧嘩で火災が起こった際、小柄なキャスが、舞い散る灰にまみれながら脱出路を探った。
そして敵、味方問わずに助け出した事件以降、その名で語られるようになった。
そのシーンは語り草になっていて、キャスの美貌と度胸に惚れて、傘下に入ったグループもいる。
微妙な立ち位置の家庭で、ぐれずに(?) 済んでいるのは、ここに居場所があるからだ。
「面白い話って何さ」
「昨夜の夜会で、王子の婚約者が決まったそうだよ。もう聞いているか?」
シリーがにやにやしながらキャスに問いかける。濃い茶色の目が楽し気に揺れている。
「いいや、誰になったんだい。まさかうちの姉だとか言わないよな」
シリーがパンチを繰り出した。
キャスはそれを綺麗に躱す。重いパンチを受けたら、華奢なキャスはふっとんでしまう。これを冗談でやれるのは、キャスの身の軽さをわかっているからだ。
「お前のとこの姉が王妃様! ワハハハ」
豪快に笑い飛ばした後、「謎の姫君だってさ。いったいどんな美女だろう」
ちょっと嫌な予感がした。
「それ、どういうこと?」
聞いたキャスに、シリーが体を寄せてきて、小声で秘密めかす。
「なんでも謎の美女が現れ、王子を虜にしたそうなんだ。ところが姫君は姿をくらましてしまったとさ」
「お伽話か!」
シリーが「もしくは狐にばかされたか、だよな……」と言って、勿体を付けた。
「だがな、その姫君は、見事な造りのガラスの靴を残して行ったんだ。夢や幻ではないってことさ。それで王子は姫君を探し始めたそうだよ」




