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シンデレラ・ダイス  作者: 羊宮 玲(旧 羊)


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2/15

妖精のおばちゃん

 

 家に着くと、まだ誰も帰宅していないようで、室内は真っ暗だった。

 キャスは自分の部屋に戻り、服を脱いで寝間着に着替えた。

 鏡を見ると、顔に化粧が残っている。

 肩まである金髪に縁どられた顔は、まさにお姫様。化粧をしているから、いつもより少し大人びて見える。青い目がうさんくさげに自分を見ている。


「馬車やドレスは消えたのに、化粧は残るのか?」


 さっき隊長と出くわした時、顔を隠していてよかった。そして、このまま街に行かなくてよかった。

 この顔を、どう言い訳したらいいかわからない。

 そしてエプロンのポケットからガラスの靴を取り出し眺めた。


「ガラスの靴も残ったな。これは魔法じゃないのかな」


 そう言った途端に、ほの明るい光の玉が現れた。その中心に一人の女性が立っている。

 茶色の髪を後ろでひっつめた中年の女性だ。


「どうだったキャスリー、お城のパーティーは楽しめた?」


 そう言いながら寄ってくる。それと共に光が薄まっていく。


「やあ、おばちゃん。さすがに王宮の料理はうまかったよ。なんだかわからない、手の込んだ料理がいっぱいあった。片端から食べてみたよ」


「そう、よかったね。あんたの作るスープも絶品だけど、材料の質と手間が違うからね」


 キャスは片方だけになったガラスの靴を、女性の方に差し出した。


「帰るとき衛兵に追われて、片方落としたんだ。これは消えなかったけど、なんで? もしかして、おばちゃんの私物?」


 女性は、「おばちゃんじゃなくて、フェアリー・ゴッド・マザー」


 そう言いながらガラスの靴を受け取った。


「これは十二時で消えるのとは、別の魔法で作ったのよ。動き易さ重視で精魂込めたんだからね」 


 キャスは思い出して笑った。


「そう言えば、走りやすかったよ」


 マザーは少し首を傾げた。


「ところで、なぜ衛兵に追われたの? 何かやらかした?」


 キャスは嫌そうに眉をひそめた。


「王子に絡まれたんだ。あいつ、しつこい男だな」


「ええ! 女装していたのに、なぜ? 何があったの?」


 うーん、とキャスが考える。


「王子にダンスに誘われたんだ。そのあと少し庭を散歩した。そろそろ帰ろうと思って挨拶したら引き止められて、振り切ろうとしたら衛兵まで呼ぶんだぜ」


「あーあー、そうか」


 マザーは何か納得したように頷いている。


「気に入られたのね。キャスは美少女だもの」


「気色悪い!」


 マザーはキャスの金色の髪を一房手に取り、水色の瞳を覗き込んだ。


「こうやって簡素な身なりをしていても、あんたは極上の美人だわ。お姫様仕様で装った姿は天上の女神」


 キャスが頭を後ろに引いた。


「面白がって着飾らせたくせに」


「あんたが『お城のパーティーに潜り込みたい』って言ったんじゃない。それに飾りがいがあるからね」


「給仕係とかでよかったのに」


「料理を食べたいって言ったの誰? 給仕係は運ぶだけ。食べるのは客よ」


 キャスは唇を突きだした。


「で、魔法が解ける前に、王宮から戻れたのね?」


「ああ、バッチリ」


「じゃあ、よかった。ガラスの靴は記念にあげるわよ。花瓶にでもしなさい」


 マザーがいきなり消え、辺りが静かになった。

 キャスは手にしていたガラスの靴を、サイドテーブルの上に置いた。


 それからベッドに潜り込むと、今夜食べた物を思い返した。

 鱒で何かを巻いて、黄色っぽいソースを掛けたのは美味かった。

 それから塩豚と豆の煮物。あれは自分でも作れるかも。今度挑戦しよう。

 ムース料理は無理だ。手間がかかりすぎる。


 思い出す内に眠ってしまったようだ。


 目覚めると既に日差しがたっぷりと室内に差し込んでいる。

 窓枠に小鳥が数匹止まっていたので、キャスは何時ものように、果物や野菜のクズを置いてあげた。


 それからタライに汲んである水で顔を洗い、階下に降りた。


 義母も義姉たちも、まだ寝ているようで物音一つしない。

 昨夜は何時まで夜会に残っていたのだろう。

 この時間に寝ているのはいつものことだけど、今日は起きてくるのが昼になりそうだ。


 キャスはすぐにバケツを持って、水を汲みに出た。

 井戸の水を三回運び、厨房の桶を満たす。

 それから母と姉たちの洗面用の水を用意し、その後もう一回水を汲んで、掃除を始めた。


 これは毎日のキャスの仕事だ。

 貧乏な男爵家で、使用人は雇えないので、何でも自分たちでやらなければならない。

 自分たちでというより、いつの間にか全部キャスがやることになっていた。


 ……おかしいとは思うが、そうなるべくしてなったというか……


 三年前に、キャスが十二歳の時に父が亡くなり、財産のかなりの部分が一緒に失われた。

 その日、義母は言った。


「皆で力を合わせて頑張りましょうね。キャス、あなたは我が家で一人きりの男の子よ。頼りにしているわ」


 キャスは頑張った。水汲みは力が必要だからと買って出た。

 そして、ある時ふと気付けば、ほぼ全部の家事がキャスの仕事になっていたのだ。


 初めは文句を言ったが、しばらくして諦めた。


 義姉たちが作った料理は、食べられた物ではなかった。

 それに、皿をこれ以上は欠けさせたくない。


 義母が掃除をすると、途中で止まって一日経っても終わらない。

 結局残りはキャスがやることになる。

 水汲みだって、散々愚痴を聞くのを我慢するより、自分でやったほうが早いし気持ちがいい。 


 つまりキャスは、向かないしやる気もない人を教育するのが、一番大変だと悟ったのだった。


 今では、料理はキャスにとって趣味の一つであり、少ない予算でどこまで味を上げられるかの挑戦でもある。


 今では、だ。


 この境地に至るまでには、ぐれた時期もあった。

 しかしぐれようが拗ねようが、毎日の家事はそこにある。

 ぐれつつ、拗ねつつ、キャスはそれをこなしていた。


 そんな時期に妖精のおばちゃん、もとい、フェアリー・ゴッド・マザーと出会った。

 気のいいおばちゃんで、世間話や愚痴の言い合いをするうちに意気投合し、たまに昨夜のように手助けをしてくれたりする。


「お城の料理って美味いんだろうな。食べてみたいな」と言ったキャスに、「行っておいでなさいよ」とおばちゃんが笑った。


 そしてお姫様に変身させてくれたのだ。

 綺麗なドレスに馬車に従者。それがあっという間に整った。 

 そういえば、メイクアップはおばちゃんがしてくれたのだった。

 最後にガラスの靴。


「そんなもの履いて歩けるもんか」と顔をしかめたキャスに、「履いてご覧なさいよ。これはあんたに合わせた特注品よ」と答えた。


 履いてみると、ガラスなのに柔らかく足にフィットして、歩きやすかった。

 昨夜走った時も、全く支障がなかった。おばちゃんの魔法、凄いな。


 キャスは昨夜の逃走劇を思い出し、口元をほころばせた。

 雑巾をギュッと絞る。

 それでテーブルを拭きながら、隊長たちはどこまで探しに行ったのかなと想像した。


今日は2話投稿しています。

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