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始まりは最初で最後の晩餐  作者: 月森 梟
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 王城は広いが、宛がわれている部屋が元々王太后の部屋だった場所だからだろう。

 食事会の為の広間にはすぐについた。


 恭しく扉を開ける使用人の傍を通り抜けると燭台の柔らかな光に照らされたしろいテーブルがあって。非公式の場であるとはいえ身分の高い者から座るというルールに則っているのだろう。

 国王と王妃、第一王子夫妻は席に着いていた。

 予想はしていたけれど、双子の王孫はまだ子供なので当然いない。

 ユリウスの妹であるメアリ姫はこれから来るのだろう。


 控えめな声で言葉を交わしていた国王夫妻、第一王子夫妻がこちらに目を向けてくる。


「父上、母上、兄上、義姉上、紹介いたします、私の婚約者のヴィクトリアです」


 ユリウスに促され、ヴィクトリアは震えそうになる身体を完璧に制御してカーテシーをした。


「まぁ素敵な子。ユリウスがドレスの相談に来た時は、明日は間違いなく雪に違いないと思ったけれど素敵な出会いがあったからなのね」


 一番最初に口を開いたのは王妃だった。


「そうだねぇ、以前はドレスを贈るという体裁は保っていたけれど王家御用達のテーラーに丸投げだったユリウスが色や布からデザインまで何度も確認したと聞いた時は笑い死ぬかと思ったよ」

「ひどい言い草だ。兄上も大概、義姉上のことに関しては……」

「おっと! あまり俺達で話を進めていては婚約者殿に寂しい思いをさせてしまうぞ、ユリウス」


 笑う第一王子にユリウスが言い返すが、やはり十五歳が離れていると簡単に丸め込まれてしまうようだ。

 微笑ましい家族の空気にあんなに緊張していたのにヴィクトリアは微笑んだ。


「あら、私のことに関しては何なのかしら。後でよぅくお話を聞かせてくださいな、ユリウス」

「義姉上とお話すると長くなるから遠慮いたします。兄からしっかり聞きだしてください」

「それもそうねぇ」


 王子妃であるエルメシアはゆったりと微笑んでこちらに会釈をしてくれる。


 二児の母である王子妃は今年で三十とのことだがとてもそうとは思えないほどにすらりとしていて若々しかった。

 生まれは国内有数の名門、エヴァンス公爵家だ。

 第一王子とは幼いころから交流があり、いわゆる幼馴染で。当然、大きな反対もなく結婚したと聞いている。


「ユリウス、突っ立ってないで婚約者を座らせなさい。『あの時のあなたは気が利かなかった』と結婚した後に詰められると大変だ」


 ずっと黙っていると思った国王が口を開き。

 厳めしい、威厳のある顔から出たとは思えない言葉に、うっかりヴィクトリアは笑いそうになって、慌てて頬の裏を噛んだ。


「流石父上、説得力が違いますね」

「聞き捨てならないわ。あなたと息子達は違います」


ユリウスが笑いながらヴィクトリアを席にエスコートし、王妃が国王に横目を使う。

想像と違った、と思いながらヴィクトリアは席に腰を落ち着け……


「なんで今日だけ部屋に入る順番にこだわるのよ。後から来る私が遅刻してきたみたいじゃない」


 斜向かいにいつの間にか座るメアリ姫を見て慌てて席を立とうとしてユリウスに止められた。


「初めまして、ヴィクトリア。お兄様はしっかりしているようで抜けてるけれど多めに見てあげてね」

「メアリ……」


 もの言いたげなユリウスだが自覚があるのだろう。

 唇を引き結んで黙り込む姿が面白くて、悪いと思いながらも、食卓に流れる柔らかな空気に促されるようにヴィクトリアは小さく笑った。




「俺の家族は遠慮がなかっただろう……すまない」

「いえ、とても楽しかったです」


 和気藹々とした空気の中、食事会は終わり。ヴィクトリアはユリウスと共に部屋に戻っていた。

 緊張のあまり食べられないかもしれないという心配は杞憂に終わり、ヴィクトリアはハンナが淹れるお茶を断るほどに満腹だった。


 食事は食前酒から始まるコース料理で間違いなく人生で最も豪華で美味しい食事だった。

 だが、間違いなく最高級の食事を楽しめたのは食卓の空気が大きかっただろう。

 勿論緊張はしていたけれど、社交界で遠くから仰ぎ見る王家の人々は、穏やかな家族の時間を持つ素晴らしい人達だと知ることができた。


「殿下の立場が弱いことも知れましたし」


 悪戯っぽく笑うとユリウスが苦笑を返す。


「兄が十五年上だからな。よく十年早いと言われたものだよ。だが妹にも口では勝てない」

「メアリ様、素敵な方でした」


 席が近かったメアリとはよく話した。出てくる料理の蘊蓄や料理人達の背景などから始まった話題は巷で人気の戯曲の話で落ち着いた。

 その戯曲は知らなかったが、その原典となった古典をヴィクトリアは読んだことがあり、最後は王子妃も交えて盛り上がったものだ。


「君がそう言っていたと妹が聞いたら喜ぶよ」


 ユリウスは柔らかく笑う。

 大切なものを見守るような眼差しが純粋に嬉しいけれど恥ずかしい。

 そして同時に、やはり、何かが間違っているような気分になって、落ち着かない。


 あんな素敵な人達に自分などが関わって良いのかと考えてしまう。

 明日会う、フォンリーゼ侯爵家の方々もきっと素晴らしい人なのだろう。

 自分にそこまでしてもらえる価値など、本当にあるのだろうか、と。

 ユリウスが求めるほどの何かが自分にあるのだろうか、と。

 あまりにも自分に都合の良い展開に浸りきれない自分がいる。


 こんなにも心を砕いてくれているのに、それもまた申し訳ない気がして。ヴィクトリアはユリウスの顔を見ることができなくなった。


「今日は疲れただろうし、明日も早いだろうからよく休むと良い」


 もしかするとそんな自分の心理すら感じ取っているのだろうか。

 ユリウスは踏み込んでこないけれどまた、見守るように微笑んで部屋を出て行こうとする。


「あの……」


思わず呼び止めてしまってから、ヴィクトリアは躊躇ってユリウスを見つめた。


「改めてドレス、ありがとうございました。お忙しいなか、考えてくださって……あんなにもきれいに装うのは初めてでとても嬉しかったです」


 まだユリウスに恋をしていないけれど、間違いなくいま、ユリウスは自分を特別に想い、世界で一番大切にしてくれる相手だ。

 受け取った好意が嬉しかったことはちゃんと伝えたかった。


 そう思って、けれどやはり好意を心のままに伝えるのは気恥ずかしくてはにかむとユリウスの表情がすっと凪いだ。

 ユリウスの予想外の反応にヴィクトリアは、何かまずいことをしてしまったかと戸惑い……ぎゅっと唐突に抱きしめられた。


 もう十年近く、誰かに抱きしめられた記憶などなくて。ヴィクトリアはただ、戸惑った。


「ヴィクトリアが嬉しいと言ってくれて、俺は嬉しい」


 ひっそりとした声だった。

 体温が伝わるほどドレスも上着も薄くはなくて、ぬくもりなんてほとんど感じられないはずなのに、温かさを感じたヴィクトリアはなんでか泣きそうになって、反射的に眼を見開いた。


 今になって、もう自分が五年は泣いていないことを思い出す。

 目が潤むけれど涙が零れることはなく。

 ヴィクトリアはただ、無性に嬉しくて笑った。


「いただいてばかりなのは気が引けるので、何かお返しできることがあればよいのですが」


 そう言いながら、しみじみと今の自分はユリウスと初めて会った夜の『面白い女』ではないだろうなと考える。

 かといって元々自分はごくごくありふれた伯爵令嬢で、勉強ができることくらいしか取り柄のない、面白みのない人間だ。

 ユリウスが惹かれた部分はまだ、自分の中に残っているだろうかと考えると俄かに怖くなってきた。

 あの夜のような自分をユリウスが求めているのなら……いつか自分はユリウスを失望させてしまう。


「そんなこと、いまは考えなくていい」


 ユリウスの言葉は優しさだったのだろう。


 それはちゃんとわかっているのに。

 ヴィクトリアは言いようのない不安が喉奥に広がるのを感じた。


 夜の挨拶を済ませたユリウスが部屋を出て行って初めて、まだユリウスに恋をしていないのにユリウスに見限られたり飽きられたりすることを恐れている自分に気づいた。


 これまで満たされない人生を歩んできた弊害だろうか。

 打算的になっている自分に言いようのない嫌悪を覚えた。


 何故か涙目のロベリアにお肌と御髪のお手入れをしましょうと言われて浴室に連れて行かれるとそんな気持ちは紛れたけれど。自分への嫌悪感と今が幸せである分強まった未来への恐れは確かに胸の奥に居座っていた。


 自分には何ができるのだろう。

 思ったより疲れていたようで、ロベリアに手入れをされてうとうとしながらヴィクトリアはただ、考え続けた。


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