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「わぁ……」
永遠に続くかと思われたお手入れを終えて浴室を出たヴィクトリアは。他の侍女達によって用意された、トルソーに掛けられたドレスを見て思わず感嘆の声を漏らした。
「えへへ、どうでしょうか。王妃様のドレスが桃色、王子妃様のドレスが黄色、メアリ姫のドレスが白とお聞きしたので水色を用意してみました」
ロベリアが得意げに胸を張る。
「まぁ、このドレスはユリウス様一押しでしたのでこのドレスを選ぶのは必然なのですが」
ロベリアの言葉にヴィクトリアは頷いた。
ドレスを仕立てる時、ユリウスが何か熱心に話し込んでいたのは、このドレスの相談だったのだろう。
空色のドレスは青空を写した水面を表現したような繊細な仕立てで、細かなビーズや水晶が惜しみなく縫い付けられた逸品だ。
とろりとした色合いは間違いなく絹で。漣を思わせるレースやフリルも素晴らしい。
このドレスを着て歩けば輝く水を纏っているように見えるかもしれない。
「私には分不相応なものだわ」
当然、ドレスには感嘆したけれど。こんなにも素晴らしいものが自分のために用意されたということが信じられなくてつい、ヴィクトリアは口走った。
口走ってからしまったと思って口を噤む。
たとえ謙遜だったとしても、贈り物を腐しているのと同じことだ。
「……ドレスに見合うように堂々と振舞えれば良いのだけれど」
こんな些細な事、気にしているのは自分だけかもしれないけれど。
ロベリアを始め、集う侍女達に弁解するように言葉を足す。
「ヴィクトリア様の礼儀作法は完璧ですよ。私なんて体を動かすのは得意なはずなのにカーテシーはなんでかうまくいかないんです」
「ロベリアは動きにキレがありすぎるせいだと思うの。体を柔らかくゆっくり動かす鍛錬だと思えばうまくいくのではないかしら」
「わぁ、ありがとうございます! ヴィクトリア様の侍女になってからマナーレッスンがあんまり怖くなくなりました」
そんな自分の心理を知ってか知らずか、他愛のない話題を投げてくれるロベリアの存在が、ヴィクトリアはとてもありがたかった。
ロベリアはもう行儀見習いとしての経験を積んで半年。
あと半年で侯爵と結婚して侯爵夫人となる。
こうして気安く話をすることはなくなるだろう。
できる事なら良き友人として付き合っていけたら嬉しいと思った。
物思いに耽っているうちにロベリアが化粧をしてくれて、王城の侍女のハンナが髪を乾かして結いあげてくれる。
伯爵家ではこうして身の周りの世話をしてくれる侍女がいなかったので、どうしてもという場合は比較的自分に同情的なメイドにひっそりと助けを借りていた。
一度、頼る相手を間違えてコルセットの紐を締め上げられた結果、血が止まって失神して以来、若い女性に身支度を頼むのが怖くなったけれどロベリアのお蔭でその恐怖心も薄れている。
鏡の中にはあっという間に楚々とした、輝くような白い肌に金の髪のうつくしい令嬢が居て。本当にこの鏡は自分を映したものなのかと疑ってしまいそうになる。
良いものを三食食べてしっかり眠り、毎日ロベリアが心血を注いで肌や髪の手入れをしてくれているお蔭だろう。
たった五日で見違えるようだ。
「ありがとう……とても嬉しいわ」
鏡越しにロベリアとハンナに微笑むと二人は満面の笑みを浮かべる。
ロベリアなど、口元を手で押さえて甲高い声を上げるから、指導者でもあるハンナから『指導』の合図である鈴を鳴らされていた。
「私、ヴィクトリア様に出会えて本当にうれしいですー」
感極まったのかロベリアは涙ぐみながらよくわからないことまで言い始める。
ハンナは今この場でロベリアを止めることを諦めたのか微苦笑を浮かべたまま真珠と水晶をヴィクトリアの髪に飾り始め。ロベリアは感極まったように口元を歪めながらも化粧の仕上げをしてくれた。
「そういえば、コルセットをつけているはずなのに楽なのね」
髪と化粧が整った後、ペチコートやパニエ等を纏い、とうとう最後のドレスに袖を通す前、ヴィクトリアは驚いたように立ったまま体を揺らし。その言葉にハンナが笑みを深めた。
「ヴィクトリア様は絞る必要がございませんのでコルセットは最低限です……今宵はお食事を楽しんでくださいませ」
年配のハンナはいつも微笑んでいて声もそよ風のように優しい。
貴族の令嬢の行儀見習いを任されることも多いのも納得だ。
だが実際指導を受けているロベリア曰く、指導内容は容赦がないそうだ。
「そうして食べすぎて太ってしまったら贈っていただいた素敵なドレスが着れなくなってしまうわね」
思わずそう零してしまうほど、身に纏ったドレスは素晴らしかった。
美しく装うことはこれほどまでに楽しく……胸が躍ることだと知らなかった。
鏡の中の自分は化粧のせいばかりではなく、頬を上気させていて。自分でも浮かれているのがわかってしまって、まるでデビュタントにはしゃぐ少女のようで気恥しい。
「ユリウス殿下にとっては朗報かと」
そんなヴィクトリアをハンナは優しい目で見つめ。一方のロベリアは頬を押さえたまま詰め寄ってくる。
「えぇ! 私だってヴィクトリア様に着てほしいドレスがいっぱいあります! あわよくば私だってドレスを贈りたいです!」
またよくわからないことを言われている、と思っているとまたハンナの鈴の音が鳴った。
そうこうしているうちにすべての支度が終わり、ユリウスが部屋を訪ねてきた。
「少し遅くなった。ドレスの着心地はどうだ?」
普段の政務に加え、ヴァロワ伯爵家の調査や婚約の為の手続きに追われているのだろう。
疲れを顔に出さないように努めているのだろうけれど、疲弊した眼をしていたユリウスは、部屋に入ってヴィクトリアと対峙した途端、はたと動きを止めてしまった。
「はい、とても綺麗で素晴らしいです……本当にありがとうございます」
浮かれた気分を引きずったまま、ヴィクトリアは部屋に入ってきたユリウスを微笑みで迎え。立ち止まったままこちらを凝視してくるユリウスが心配になった。
「……殿下?」
流石にただの食事会なのに着飾りすぎたのだろうか。
ハンナがついている以上、やりすぎるはずがないと思うけれど、ロベリアの熱意に引っ張られた可能性だってあるかもしれない。
「ユリウスと呼んでくれた方が嬉しいな。すまない、見惚れていた」
そんなことを考えているとユリウスがようやく動いて微笑む。
疲れた様子だったのに、いまはそんな気配もなく元気そうに見えて。ヴィクトリアはこっそり安堵して微笑みを返した。
「……お上手ですこと」
差し出される手を取る。
ユリウスは夜会などでは黒髪が映える黒に金の指し色をすることが多かったけれど。今日は黒に銀の装いだ。
けれど並び立って気づく。
よく見ればポケットチーフやスカーフが水色をしていて今日の自分のドレスと合わせたことがわかって。それに気づいてしまうと本当にユリウスに婚約者として望まれていることが伝わってきて……何故か頬が熱くなった。
ロベリアとハンナのお蔭で完璧な装いができているから恥ずかしい事なんてなにひとつないのに、気恥ずかしい気持ちが喉の奥に広がって。よくわからないこの気持ちも緊張からくるものなのだろうかと考えながら、ヴィクトリアはゆっくり歩いてくれるユリウスのエスコートで部屋を出た。




