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始まりは最初で最後の晩餐  作者: 月森 梟
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「なっ何故王家の皆様とお食事を……?」


 婚約破棄をされ、ユリウスから求婚されてから五日。


「そう身構えることはない」

「私は現在監査対象である伯爵家の娘ですよ」

「非公式の場だ。皆、君の顔が見たいとしつこいんだ」


 部屋を訪れたユリウスが肩を竦めて微苦笑を浮かべる。

 部屋では一時的にヴィクトリアの侍女兼護衛となったロベリアが満面の笑みを浮かべていて、ヴィクトリアは思わず身を縮めた。


 そんな反応になってしまうのは、ここ数日、一日の大半をロベリアに身体を磨かれて過ごしているせいだ。


 ロベリアは案の定、騎士爵の娘で、さる侯爵の命を救ったことから見初められて侯爵夫人となる予定らしい。

 本来ユリウスの妹である姫の話し相手を務めるはずが、何故か紆余曲折を経てメイド兼護衛となったそうだ。

 そんなロベリアだが可愛いものが大好きだそうで……ヴィクトリアは彼女にとって理想の『お人形』らしい。

 確かに自分はこれまで人形のようと称されることが多かったけれど。

 何故かロベリアにはそう言われても気になったりはしなかったのは、彼女と気が合ったせいかもしれない。


「ドレスは誂えたものがあるから好きなものを着ていくと良い。母と妹のドレスの色はロベリアに伝えてある」

「ちなみに……お食事会はいつですか?」

「あぁ、今夜だ。母の気まぐれも困ったものだ」

「こっ今夜……」


 言葉に詰まったヴィクトリアは背後にロベリアが立つ感覚に鼓動を跳ねさせた。


「あの、ロベリア……いま昼過ぎなのだけれど」

「はい、昼過ぎでございます。用意を致しませんと」


 すっと音もなく肩に置かれた手は華奢で優しいのに有無を言わせない。


「厨房の者たちが張り切っていた。きっと美味しいものが出る」


 ユリウスに微笑みかけられたヴィクトリアはそれは嬉しいけれど、と思いながらロベリアに促されて立ち上がった。




 ユリウスに宛がわれた部屋には白い大理石が眩しい大きな浴室がついている。

 その豪華さから、宛がわれた部屋が十中八九、ただの客室ではないと思ったけれど。

 案の定、その部屋はユリウスの祖母である王太后が過ごしていた部屋とのことだ。

 ちなみに王太后は二十年前に王位を禅譲した先王と共に海辺の街の離宮で暮らしている。

 その浴室で体を磨き上げられたヴィクトリアは設えられた寝椅子に横たわって天井を見上げていた。

 ロベリアはというと香油を刷り込みながら鼻歌交じりに髪を梳いている真っ最中だ。


 ここ数日はめまぐるしかった。

 実家のヴァロワ伯爵家は調査局から監査が入り、父と母は監査終了時まで拘留、領地での蟄居が既に決まり、妹は軟禁されている。


 ヴィクトリアと婚約していたワトマース侯爵家三男のナサニエルは逃げようとしたが、ユリウスが夜会での騒動を侯爵家に報告した結果、勘当され……何故か『届け出た覚えのない、妹との婚約届が受理されていた』ため、妹と共に軟禁されているそうだ。


 現時点でヴァロワ伯爵家は収賄、脱税、横領の罪が明らかになっているので領地の三分の一を国に返還することになった。

 父母は生涯蟄居、関与していない妹はお咎めなしだが侯爵家から勘当されたナサニエルと結婚し、最低十年は国の監査官のもと、領地のために働くことが決まっている。

 爵位は父が維持したままだがナサニエルが領主を代行するそうだ。

 きっと二人は向こう十年、事業に関わる用事がなければ社交期に王都に来ることはないし、それ以外の用事で領地から出ることもできない。

 更に王室調査局の手が入ったことにより、脱税の追徴を工面するためにマナーハウスは売られ、邸宅にある価値あるものはすべて処分された。

 使用人たちは罪を犯した者は裁かれるのでほとんど屋敷に残る者がいないかもしれない。

 二人はこれから二世代かけて治水も治安も何もかもがめちゃくちゃになった領地を立て直していかなくてはいけない。

 学園に通っていたのに碌に勉強すらしてこなかった妹と元婚約者にとっては地獄のような日々だろう。

それらの処遇を聞いた時、不思議と心は動かなかった。


 一方、ヴィクトリアは保護という形で王城で過ごすこととなり。ユリウスはヴィクトリアの生活を整える為、使用人や護衛の選定からドレス選びまですべてに関わろうとしているとロベリアが零していた。


「どれだけ手入れしても良いです。今宵は食事会、明日はフォンリーゼ侯爵家との顔合わせですもの!」


 ロベリアはうきうきとした口調を抑えきれない様子で語る。


 信じがたいことに自分とユリウスとの婚約に王家やフォンリーゼ侯爵家は乗り気らしい。

 食事会や顔合わせも、ドレスの誂えが間に合えばもっと早くに開催される予定だったとロベリアの口から聞いたヴィクトリアは落ち着かない気持ちを持て余したままユリウスの意図を考えた。


 五日間、ずっと一緒に居たわけではないけれどユリウスを知る機会はあった。

 第一王子と年齢が離れていることもあり、王位を継承する可能性も第一王子に双子の男子が生まれたことで第四位。

 故に社交界ではその美しさ以外、特に語られることはなかったけれど。

 実際言葉を交わしてみるとユリウスはとても賢く、寡黙だと勝手に思っていたけれど声を漏らして笑うこともあるし、興味のある話題に関してはよく喋る。


 十九歳にしては落ち着いて見えるけれど、それはお互い様だろう。

 初めて会った時に感じた通り、ユリウスとは気が合った。


 そう……それだけなのだ。

 自分はいわば、ドラマチックに危機を救われたようなものなのに、恋愛感情というものが欠片も湧かなかった。


 一方のユリウスはというとそんな部分まで自分と同じように感じられる。

 ユリウスからの好意は伝わってくるし、自分もユリウスに好感を持っている。

 婚約者にするためにいろいろと動いて、婚約者としていろいろとしてくれていることもわかっているのにユリウスにも自分にも恋をするもの特有の浮つきのようなものがない気がするのだ。


 まだまともに出会って五日で何を言っているのかと思うが、実際そうなのだからつい考えてしまう。


 まぁ、もっとも貴族同士の結婚など本来、恋愛結婚である方が稀だ。

 最近は巷で流行っている恋愛小説の影響からか、恋愛結婚に憧れる令嬢は多いが貴族である以上、大抵叶わないものだ。

 好意と信頼と……相手に尊敬できる部分が一つでもあれば恋などなくとも問題ないのかもしれない。

 その点、ユリウスは問題ない。

 

 物思いに耽っていたヴィクトリアは今ひとりきりではなかったことを思い出して、身じろいだ。


「顔が赤いですわ、湯あたり致しましたか? 申し訳ございません、お水を」


 案の定、ロベリアが顔を見て慌てて水差しからグラスに水を注いでくれる。


「……ロベリア、あなたはロスティーニ侯爵に恋をしているのかしら」


 沈黙がなんだか気恥しくて問いかけるとロベリアは首を傾げて首を振った。


「いいえ。素敵な方だと思いますが立場も年齢も上だからでしょうね。恋をすることを想像したことがない相手だったので、まだ想像力が足りないというか……」


 確かロスティーニ侯爵は二十八歳。

 妻に先立たれてから五年、周りから煩く言われても首を縦に振らなかった侯爵がロベリアに恋をして結婚相手にと求めるほどなのだからその気持ちは疑うべくもないが、十九歳のロベリアとしては複雑に思うこともあるのだろう。


「でも行儀見習いの為にメイドをしていたおかげでヴィクトリア様に会えました。私はどちらかというとヴィクトリア様との出会いに運命を感じますよ」


 だがロベリアの中では整理がついているのだろう。

 笑みを深めて軽口を叩きながらヴィクトリアにガウンを着せ掛ける。


「あなたはそう言ってくれるけれど……私は痩せているし傷跡もあるわ」


 おおきな飾り鏡のある浴室でロベリアがガウンを着せてくれるのは……背中や膝裏に残る折檻の痕を見せないためだろう。

 自分に傷があることはユリウスに直接伝えることは憚られたのでロベリアに頼んだ。

 けれどユリウスは変わらなかったので問題ないという事だろう。


「痩せているのはそのうち解決するでしょうし、傷跡だってかなり薄くなったのですよ。必要ならお化粧で消してしまえるほどです」


 笑顔のロベリアは何も悩んでも迷ってもいない様子だ。

 弟妹に囲まれて貧乏ながらのびのび育ったというロベリアは家の援助をしてくれる侯爵をちゃんと尊敬し、一年間の行儀見習いを終えたら結婚するつもりだという。

 その様は恋の浮つきなどないが幸せそうに見えて。ヴィクトリアはほんの少しだけ気が楽になった。

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