3
ナプキンで口元を拭ったヴィクトリアは立ち上がると第二王子に最高礼を取り、動きを止めた。
この国での最高礼には特別な意味がある。
貴族や臣下が王族に行う場合は恭順の意を示すので、滅多に行われないものだ。
カーテシーと基本姿勢は同じだが、さらに深く頭を垂れるその姿は首を差し出すに等しい意味がある。
ワインの染みがまだらに広がった、明らかに安物とわかるくすんだ黄色いドレスは、むしろヴィクトリアの姿勢の美しさを際立たせた。
「最高礼の意味は知っているな」
頭を上げないヴィクトリアにユリウスは笑みを含んだ声を投げる。
ヴィクトリアは応えず、動かない。
「恐らく今回の件で真実が明らかになるが、伯爵家の領地は割譲され、次期当主は十年、国の監査を受けながら働くことになるだろう」
「感謝いたします」
リリアンヌの行動が最後のひとおしになった形だけれど、一連の騒動により伯爵家には監査が入るだろう。
伯爵家の財政が詳らかにされ、横領、収賄……何らかの不正が見つかった場合、当主は責任を負うだろう。
ヴィクトリアはゆっくりと顔を上げて微笑んだ。
そうなれば自分は自由の身だ。
学生時代の伝手で商家の使用人として働いても良いし、どこかでメイドになってもいい。
……と、第二王子とのやり取りが無ければいろいろと妄想できていたのだろうが。
どうやら第二王子は本気であるようだ。
「幸い俺には伝手がある。君はフォンリーゼ侯爵家の養女になって俺の花嫁になってもらう」
フォンリーゼ侯爵家は侯爵家でありながら、国内有数の名家だ。
当然根回しなんてしていないだろうに、確定事項のように告げられて。ヴィクトリアは思わず口を開けそうになったけれど、賢明にも口を噤んだ。
「何故俺がここまでするのか訊かないのか」
「私は殿下に恭順した身。故にこの命、預けたも同然」
やわらかな笑みを向けた第二王子が揶揄うような声を掛けてくるので、微笑んだヴィクトリアは軽い口調で言葉を返した。
「俺相手に建前は不要だ」
「感謝しております。しかし、正直なところ花嫁は荷が重いので殿下が『目的』を果たされましたらこのお城かどこかのお屋敷で、メイドでも庭師でも、私をどこかで働かせていただけると幸いです」
王子の本気を信じていない訳ではない。
そもそも今日の自分の行動は普段の自分とはかけ離れたもので。そんな特殊な行動に惹かれたと言われて、のぼせ上って結婚したとしてもうまくいくわけがないと思った。
客観的に考えればよくない噂を持つ伯爵令息についていったかと思えば別室で豪華な食事を貪り食い、果てはシルバーでコルセットの紐を切る。
自分のせいで起こった騒ぎを傍観し、あまつさえその間も食事をやめない……どこに異性として惹かれる要素があったというのだろう。
自分が学校の課題の一環で書いた、領地経営近代化の論文を読んだとも聞いたが、あの論文は不適格という評価で担当教官に授業の内容とかけ離れていると説教まで受けたものだ。
何らかの勘違いを疑ってしまう。
ここで思い出さなければいけないのは王子がいくら大人びて見えてもまだ十九歳という点だ。
若い頃の一目惚れで失敗するという例はよくある話だ。
早世した母も生前、事あるごとに口にしていた。
やはりこの状況、色々起こりすぎて却って現実味がないと思いながら、ヴィクトリアはこちらをじっと見つめたまま沈黙しているユリウスに微笑みかけた。
「それは、君の老後の楽しみというものか? 城で働きたいとは変わっているな。それにしても『目的』か……いろいろと考えておこう」
ユリウスは顎に手を当てて考える仕草をしてからまた頬を緩める。
なんだか自分の言いたいことが通じていない気がするけれど。これ以上言葉を重ねてもいまのユリウスには伝わらない気がしたのと、絶対に結婚しようとしても周囲に反対されるだろうと思ったヴィクトリアは曖昧に微笑んで流した。
お付き合いいただき誠にありがとうございます!
切りの良いところで投稿したので短くなってしまいましたね
なかなか難しいです




