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社交期まであともう少しという時期に視察を入れたのは私情とまではいわないが、自分の都合ではある。
夏にヴィクトリアと結婚し、自分は公爵となる。
漸く治める領地が決まったこともあり、一度は王都以外で最も栄えていると言っても過言ではない、フォンリーゼ領リーゼへ視察に行くのは極めて自然なことだが……ヴィクトリアに会いたい気持ちがあったことは間違いない。
本当は、あとほんの少しなのだから社交期まで待つべきだったのだろう。
叔父夫婦のことは信頼しているし、ロベリアとハンナがついている以上、ヴィクトリアには何も悪いことは起こらないと信じていた。
なによりヴィクトリアからの手紙は毎回のびのびとした筆致で日々の生活や学びがしたためられていて。ヴィクトリアにとっては窮屈だったにちがいない学園を辞めて正解だったと心底思ったものだ。
それでもこうして会いに来てしまったのは……
元々この胸にあった抑えがたいほどの恋情は離れていても薄まらず。むしろ煮詰められていくような気がするのに、ヴィクトリアは自分がいない場所でも楽しそうで……
要は、どうしてもヴィクトリアの顔を見たくなったのだ。
つまり格好がつかないが、ヴィクトリアの中の自分の存在の重さを、確かめずにはいられなかったのだ。
つくづく、ヴィクトリアの養子先にフォンリーゼ侯爵家を選んでよかったと思う。
そうでなければ自分は、どんな理由をつけて彼女に会いに行っただろう。
そんな、恋に溺れた男の極致のような格好の悪い行動をとっているわけだが。
幸いなことにこの度には道連れが居た。
オスカー・ロスティーニ侯爵だ。
彼をリーゼに誘ったのはヴィクトリアの妹夫婦を締め上げる時に協力してもらった礼もある。
彼の弟であるというマイルズ・ロスティーニは年若いが、精鋭揃いの管財人の中でも『鬼』とまで呼ばれる有能な男だ。
彼が関わって立て直すことができた一族は何人もいるが……同時に人格が変わったようになるという。
いっそヴァロワ伯爵家もそうなればいいと思っての人選だったがどうやら効を奏し、伯爵夫妻がどうなったのかは語られないが、領地は持ち直しているそうだ。
ロスティーニ侯爵のお目当ては当然ロベリアで。手紙の字が格段に綺麗になったしヴィクトリアとハンナのお蔭で侯爵夫人としての知識や立ち居振る舞いは『非常時』を除いて身についているとのことだ。
彼もまた夏に結婚式を挙げる。
それは決して珍しいことではないが、なんとなく縁を感じているし正反対なようでいてどこか似ている女性に心を奪われた同士として、年齢が離れているけれど友人のような関係を築いている。
実際訪ねてみるとリーゼ領は素晴らしく。
王都と似た構造なのに漂う雰囲気はより洗練されているように感じられた。
当然規模も人口も違うので同じように街を作ろうとしても同じようにならないことはわかっているけれど、どうにかしてよい仕組みを取り入れたいと思うと視察は自然と丁寧なものになった。
そんな状態で午前を過ごし……とうとうフォンリーゼ侯爵の邸宅に辿り着き。
玄関ホールのガラス窓から差し込む光を浴びてこちらを見つめるヴィクトリアを見た時……時が止まったと思った。
たかが数ヶ月、されど数ヶ月。
ヴィクトリアは自分と出会う前からまともな食事を摂れず、化粧をしていなくとも目を惹く美貌を持っていたけれど……リーゼ領で毎日楽しく暮らすうち、まるで花が綻ぶように美しくなっていた。
王族である自分は美しいものを見慣れているが、それでも見惚れてしまうほどにいまのヴィクトリアは美しい。
思わず彼女を育んでくれた叔父夫婦と彼女を守り磨いてくれたロベリアとハンナに感謝の念まで湧き上がる。
昼下がりの陽光を紡いだような艶やかな金の髪が輝き、彼女は髪飾りをつけていないのに髪に纏う光自体が宝石のようだった。
身に纏うドレスは星空を思わせる煌めきを纏った控えめな輪郭の、落ち着いた色合いのものだったけれどヴィクトリアの女性らしいけれど引き締まった身体を引き立てていた。
優雅な挙措でカーテシーをする彼女は相変わらず知的で端麗な顔をしていたけれど……一見して分かるほどにやわらかで女性らしい柔らかな身体になっていて。綺麗になった、と早くなる鼓動の中で実感した。
それだけでもう限界だったのに。
「ヴィクトリア」
堪えきれずに名を呼ぶと目を上げたヴィクトリアはこちらを見てふんわりと頬を染め、少し躊躇った後……
「ユリウス様」
と名前を呼んでくれたりなんてする。
そのまま、詰め寄るように歩み寄って抱きしめてしまいたい、と思って爪先に力を込めてから。流石にそれは格好がつかないと思って気持ちを押し殺し、ユリウスは微笑みを返すに留めたけれど。視線はずっと、縫い留められたようにヴィクトリアから外せなかった。
しみじみと思う。
ヴィクトリアは自分にとっての宝で……一歩間違えると誰の目にも触れさせたくないほどの独占欲が顔を出しそうになる、と。
「リーゼでの生活は楽しいようだな」
何か話さなければおかしいと思って口を突いて出た言葉は自分の寂しさがほんの少し混ざっていて。しまったと思って口を噤むけれどヴィクトリアはそんな自分のささやかな心理には気づいていないようだ。
「はい、侯しゃ……お父様とお母様がとてもよくしてくださるので」
以前のヴィクトリアなら気づいたかもしれない。
けれど気づいていないということはそれだけ心に余裕があるということで。
それが純粋に嬉しくなったユリウスは笑みを深めた。
「君が楽しいなら俺は嬉しい。それに会えない間に君はとても綺麗になった。社交期に向けて新しいドレスを贈りたいよ」
ほんの少し。婚約者として咎められない程度の距離まで踏み込んで囁くとヴィクトリアが頬を染めたままこちらを見つめてくる。
秋の終わりの寂しげな青空のような、澄んでいるのにどこか深い色の目がとろりとした色を帯びるので腰を抱きそうになる手をユリウスは制御しなければいけなくなった。
「ユリウス様の贈ってくださるものは何でも嬉しいですが……私は、お手紙のやりとりだけではなく……今日お会いできて、嬉しいです」
そんな無駄な抵抗を続けていたのだけれど。
結局はにかみながら微笑むヴィクトリアの腰を抱いてしまった。
視界の隅でロスティーニ侯爵が笑うのが見えて、やってしまったと思うけれど簡単にヴィクトリアを離せるわけがない。
エスコートにしては親密すぎる仕草にどうしたらいいのかわからなくなったらしいヴィクトリアは困ったような顔をしたままそっと胸に手を添えてくれて。誤魔化すようにエスコートの姿勢に戻ったけれど『ヴィクトリアの母』である侯爵夫人に睨まれた。




