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「ヴィクトリア様! お手紙ですよ!」
「ありがとうロベリア」
手紙を持って駆け込んできたロベリアにヴィクトリアは微笑みかけた。
ハンナが微苦笑を漏らしながらちりん、と鈴を鳴らすとはっとしたようにロベリアは口を噤んで優雅な足取りでヴィクトリアの傍まで手紙を持ってきてくれる。
分厚い手紙の宛名は見るまでもなく、ユリウスだ。
手紙をそっと両手で包んで微笑むと。ロベリアが頬を赤くしたままにこにこしている。
見れば、ロベリアの手元にも手紙があって。ロスティーニ侯爵のものであることが察せられた。
「休憩を取って、手紙を見てきても構わないわ」
ヴィクトリアは微笑んでそういったけれど。その提案はロベリアの為ばかりではない。
自分もできる事ならひとりでユリウスの手紙を読みたいと思っていた。
当然、ロベリアはそんなヴィクトリアの目論見などに気づかず。わーい、と手紙を掲げて部屋を出ていき。その背中を追いかけるようにハンナの鈴がちりんと鳴った。
ヴィクトリアがフォンリーゼ侯爵領で過ごすようになって、あっという間に季節がひとつ移り変わって、もう冬だ。
社交期は春から夏の終わりまでなので、まだ少し、時間がある。
フォンリーゼ侯爵領での生活は毎日刺激に満ちていて、とてもためになるが……ふとした時にユリウスのことを考えると会いたい気持ちが顔を覗かせる。
ユリウスも同じ気持ちを味わっているのだろうか。
もしもの時を考えて、手紙には他愛のない事しか書かないけれど。やり取りした手紙が増えるにつれ、ユリウスへの会いたい気持ちも膨らんでいくようだった。
ユリウスが結婚して王家を出て、管理することになる領土についてはまだ何も聞いていないが。どんな領土でも領民の為に、ここまでしてくれたユリウスの為に力を尽くそうとヴィクトリアはリーゼの街で最新の技術や仕組みなどにも触れながら日々学んでいる。
侯爵からは機関に入って三年本格的に学べばいいと熱烈に勧められるけれど。これ以上ユリウスを待たせるのもいけないし、自分は研究者ではなく、領主を支える夫人となるのだ。
知識の入り口となるようなものを身につけることができたら困った時、頼ることができるだろうと思った。
そんな気持ちのまま、手紙を読んでいたヴィクトリアはとある文言に、はたと動きを止めた。
流麗な文字は挨拶から始まり、前回ヴィクトリアが出した手紙の内容に触れ、王都での出来事や政務について軽く触れ、気遣いの文章へと続いている。
そして最後に……こう、記してあった。
曰く『近々リーゼに視察に行くことになったので顔を見せに行く』と。
目を疑ったヴィクトリアはもう一度最後の文言を読み直し、二度瞬きした後、もう一度手紙を最初から読み直す。
三度手紙を読んだヴィクトリアはじわじわと熱くなる胸の奥の感覚を持て余しながら頬の熱さを感じて手紙を置いてから、もう一度無意味に手紙を持ち上げて……そっと胸元に抱いた。
いつも頭を覆っている理屈や思考を飛び越えて、ユリウスに会える、と思ってから言いようのない恥ずかしさを感じる。
きっとユリウスは文言通り視察でリーゼを訪れるのに。何を浮かれているのだろう、と思ってから、つい確かめるように姿見を見てしまう。
銀線で縁取られた瀟洒な鏡には頬をふんわり赤くした自分が映っている。
この数ヶ月の間に美味しい食事をしっかり摂ったので自分は見違えるほどに女性らしい身体つきになっていた。
ハンナ曰く、まだコルセットで締めるほどではないとのことだが、令嬢らしくなった自分をユリウスは喜んでくれるだろうか、と思ってから……夏には彼と結婚することを思い出して言いようのない恥ずかしい気持ちになる。
自分はいつの間にか随分と贅沢になっていたようだ。
ユリウスが自分を尊重してくれているのはよくわかっている。
けれど、女性としても愛されたいなんて思うようになったことを自覚すると……嫌でも自分の中にユリウスへの恋心があることに気づいてしまう。
以前、自分はユリウスに恋をしていないことに悩んでいたけれど。
その悩みは杞憂だったようだ。
けれど恋をしたことでいろいろな悩みや羞恥が芽生えていくようで……一旦落ち着こうと考えたヴィクトリアはそっと手紙を封筒に仕舞うと椅子に腰を落ち着けた。
人を待つ立場になると一日千秋の想いになるかと思えば、そういうわけでもなく。
日々のすべきことや社交期の用意に追われるように、あっという間にユリウスがリーゼを訪れる日となっていた。
ちなみにユリウスの視察にはロスティーニ侯爵も同行しているようで。ロベリアもまた、ここ数日落ち着かない。
自分と同じように、離れたことで想いを自覚したのだろうか、と思って微笑ましい気持ちになるけれど。ロベリアはロベリアで思うところがあるようでたまに沈んだ眼をしていることもあった。
それに関わって良いものか考えているうちにとうとうユリウスとロスティーニ侯爵が邸宅を訪れる時間になっていて。ヴィクトリアは今日も変わらず綺麗に装ってくれるロベリアがこの数ヶ月で驚くほど綺麗になっていることに今更気づいた。
恋は人をきれいにするというけれど……自分にもその魔法が掛かっているのだろうか。
自分の変化は恋以前に生活や精神が激変したせいかもしれないけれど、鏡の中には艶やかな肌をした自分がいた。
「自信をもって。ヴィクトリア様はお綺麗ですよ」
そんな精神状態に気づいているのか、いないのか。
ハンナがダイヤモンドの耳飾りをつけながら肩を撫でてくれる。
今日の装いは夜の海のような複雑なフリルととろりとしたシルクが目を惹く、星空を思わせるドレスだ。
一見シンプルだがよく見れば裾や前身頃に銀糸で刺繍があしらわれ、細かなダイヤモンドや水晶が縫い留められた逸品だ。
動く度、息づくように星が煌めくドレスは『父母』からの贈り物で。贈られた時は王都の夜会でも見ないような豪奢なドレスに息を飲みながらも、ヴィクトリアは今宵、袖を通すことにした。
「ありがとう」
侯爵家で過ごすうちに女性らしくなった。
そう自覚しているものの、このドレスを着こなせるほどではないという自信の無さを見抜かれた事を羞じながらヴィクトリアはハンナに礼を言った。
にこにこと微笑みを返してくれるハンナは次にロベリアに向き直るとそっとロベリアの髪を直す。
今日のロベリアはフォンリーゼ侯爵家のお仕着せではなく、ドレスを纏っていて。だから余計に綺麗だと感じるのか、と思いながら。何事かハンナに囁かれたロベリアが頬を赤くしてから照れ臭そうに微笑むさまを見守った。
「最高に綺麗だよ、ヴィクトリア」
「よく似合っているわ」
ユリウスを迎える為に玄関ホールへ行くと侯爵と夫人がそれぞれ褒めてくれた。
褒められることには慣れたけれど照れくさくてはにかむと二人の笑みが深まる。
「本当に、今年の夏にはお嫁に行ってしまうんだね……」
「えぇ……本当に。新婚旅行はリーゼでもいいのよ。河沿いの貴族向けの高級宿を改築したからなんなら半年くらい暮らしてくれても」
「魅力的な提案ですが領主としての仕事が始まっていると思いますので」
そんな軽口を叩いていると従僕が扉を開けた。
昼下がりの光を背負って入ってきたユリウスを見て。ヴィクトリアは微笑みながらカーテシーをし。傍らに居たロベリアも数ヶ月の成果を見せるように美しい礼を披露した。
銀河の裾を思わせるドレスが昼下がりの光を受けてきらきらと煌めく。
何故、顔を上げる前にそんなことに気づいてしまったのだろう。
……自分がユリウスに会えると思って浮かれて、一番良いドレスを選んだ、なんてことを。
急激に、昼下がりにしては豪華なドレスが気になって恥ずかしくなってくる。
そしてその無自覚の浮かれた自分に、侯爵夫妻は気づいていたし、ハンナも勿論気づいていただろう。
それもまた恥ずかしい。
傍らのロベリアはと言えば、髪に飾った生花が気になるのだろう。頬を赤くして眼を泳がせているのが視界の隅で見えた。
「ヴィクトリア」
前を向けないままカーテシーの姿勢を保っていると侯爵夫妻との挨拶もそこそこにユリウスが目の前に来ていて。あれだけ会いたいと思っていたのに気恥ずかしい気持ちを飲み込めないまま、ヴィクトリアは目を上げた。
隣ではユリウスと共に屋敷に到着したらしいロスティーニ侯爵がロベリアに声を掛けている。
言葉が交わされるのが聞こえるけれど、何故かなにも頭に入らない。
用意していた言葉は喉の奥に絡まって、出てこない。
それどころか、この数ヶ月で随分と自分は変わってしまったけれど、いまの自分はユリウスが求めてくれた自分だろうか、という畏れまで湧いてきて、余計に言葉が出なかった。
「ユリウス様……」
会いたかったです、と臆面もなく言葉にできればよかったのに。結局何も言えないまま、ヴィクトリアは頬を赤らめて、困ったように微笑んだ。




