休んだ気はしないが、休みなのだ
外が、少しずつ明るくなってきた。
時計を見る。
午前三時五十分。
九時半には家を出なければならない。
日付はとっくに変わっているので、明日ではない。今日は遅番である。
しかも、自分が普段いるグループではなく、他所のグループへのヘルプに入る。
普通に考えれば、今すぐ寝るべきだ。
いや、普通に考えなくても、今すぐ寝るべきである。
ところが私は、まだ小説を書いている。
冷えている炭酸水は、もうない。
氷もない。
冷蔵庫を開けて確認したが、ないものはない。製氷皿を見ても、当然ながら急に氷が生えてくるわけでもない。
それでも、常温の炭酸水でハイボールを作って飲もうとしている。
ハイボールというものは、たぶん冷たいからうまい。
氷を入れたグラスにウイスキーを注ぎ、よく冷えた炭酸水で割る。グラスの表面に水滴が浮かび、氷がからんと鳴る。
それが正しいハイボールの姿だと思う。
午前三時を過ぎ、氷もなく、冷えた炭酸水もなく、それでも飲もうとしているぬるい酒が、果たしてハイボールと呼べるのかは分からない。
少なくとも、のんびり味わうための一杯ではない気がする。
しかし、飲もうとしている。
なかなか終わっている。
窓の外は、夜の黒から朝の青へ変わり始めている。
この明るさには見覚えがある。
一昨日の今頃、私は夜勤中だった。
そろそろ起床介助を始めようとしていた時間である。
夜勤の終盤。
長かった夜がようやく明け始める頃に、こちらは休めるのではなく、むしろ最後の忙しい時間帯へ入っていく。
眠っている利用者さんを一人ずつ起こす。
カーテンを開ける。
声をかける。
体調を確認する。
着替えを手伝う。
排泄介助をする。
洗面を整える。
朝食へ向けて、それぞれの一日を動かし始める。
世間では「朝になった」と思う時間に、夜勤者にとっては勤務の最後の山が来る。
一昨日の午前三時五十分、私はそろそろ起床介助だと思いながら働いていた。
そして今は、自宅でぬるいハイボールを飲みながら小説を書いている。
同じ時間でも、ずいぶん違う。
ただし、このあと仕事へ行くという点では、それほど違わないのかもしれない。
今月は、連休がない。
勤務の並びは、夜勤、明け、休み、勤務。
勤務表には「明け」と「休み」が並んでいる。
字面だけを見れば、二日ほど休めるようにも見える。
だが、明けの日は休日ではない。
朝まで夜勤をして、その後が半休扱いになるだけである。
夜勤の日は夕方から出勤し、翌朝まで働く。
朝に勤務を終えた頃、世間では新しい一日が始まっている。
通勤する人がいる。
学校へ向かう子どもがいる。
店が開き始める。
道路には朝の光が差している。
しかし、こちらの身体にとっては一日の終わりである。
太陽は昇っていても、自分の中では深夜だ。
頭はぼんやりしている。
身体は重い。
腰や肩も張っている。
帰宅して何かを食べるか、先に風呂へ入るか、そのまま寝るかを考える。
夜勤明けの日は、朝に仕事が終わるのだから、その後は自由に使えると思われることもある。
だが、朝まで働いた人間にとって、そこから始まる一日は、普通の休日とは違う。
寝れば夕方になる。
寝なければ使い物にならない。
休みというより、夜勤の後処理である。
しかも一昨日は、夕方から職場の説明会があった。
朝に夜勤を終えて帰宅し、夕方にはもう一度職場へ向かった。
明けの日ではある。
勤務は終わっている。
けれど、完全に仕事から切り離されたわけではない。
深く眠れば起きられないかもしれない。
眠らなければ頭が働かない。
時計を気にしながら中途半端に眠り、起きて身支度をして、さっき帰ってきたばかりの職場へもう一度行った。
説明会では、各種手当は少し上げるという話があった。
基本給については、まだ交渉中とのことだった。
手当が上がるのはありがたい。
何も変わらないよりは、もちろんいい。
身体を使い、気を使い、人の生活を支え、事故を起こさないよう神経を張る仕事である。
少しでも賃金が上がるなら、ありがたい話ではある。
ただ、基本給は交渉中だ。
各種手当は少し上がる。
基本給は、まだ交渉中。
喜んでよいのか。
決まるまでは期待しないほうがよいのか。
何とも言えない位置にある話を、夜勤明けの夕方に聞いて帰った。
そして昨日は、ようやく丸一日の休みだった。
今月には連休がない。
一日休んだら、また次の勤務である。
貴重な一日だけの休みだ。
何もせずに眠って過ごせば、身体はもう少し楽になったかもしれない。
しかし、休みの日だからといって、生活まで止まるわけではない。
小学六年生の娘は、友達と遊びに出かけていた。
小学校六年生ともなれば、親とばかり出かける年齢ではない。
友達と待ち合わせをして、自分たちで遊びに行く。
少しずつ、親がいなくても行動できるようになる。
成長したものだと思う。
ただし、何から何まで自分たちだけで完結する年齢でもない。
その日は、途中から雨が降ってきた。
娘たちがいたのは商業施設だった。
雨の中を自転車で帰らせるわけにもいかず、迎えに行くことになった。
商業施設まで車を走らせる。
娘と友達を乗せる。
さらに、二台の自転車を積む。
自転車二台というものは、車へ積もうとした瞬間、急に巨大になる。
普段は道の端に置かれているだけなのに、車内へ入れようとすると、やけに自己主張が強い。
ハンドルが引っかかる。
ペダルが邪魔をする。
前輪と後輪が好き勝手な方向を向く。
片方を押し込めば、もう片方が入らない。
娘たちにも手伝わせながら、どうにか二台を積み込んだ。
もちろん、娘と友達も乗せなければならない。
自転車だけを運んでも仕方がない。
これで自宅へ帰るのかと思えば、そうではない。
今度は、二人をプラネタリウムのある施設まで送る。
雨が降ったことで予定がなくなったのではなく、親の送迎が追加されたのである。
プラネタリウムの施設へ送り届ける。
二人を降ろす。
ようやく一段落かと思う。
だが、当然ながら、それで終わりではない。
終わる頃には、また迎えに行かなければならない。
娘が友達と遊びに行く。
雨が降る。
商業施設へ迎えに行く。
娘と友達と、自転車二台を積む。
プラネタリウムの施設まで送る。
終われば、また迎えに行く。
休みの日ではあるが、運転手としてはなかなか忙しい。
その後、夕方には娘と二人で焼肉を食べに行った。
娘と向かい合って座り、食べたい肉を注文する。
網の上へ肉を並べる。
焦げないようにひっくり返す。
焼けたものを皿へ取る。
娘が食べたいものを追加で頼む。
特別な祝い事があったわけではない。
豪華な旅行へ行ったわけでもない。
ただ、娘と二人で肉を焼いて食べた。
それでも、夜勤と説明会を終え、次の勤務が待っている一日の中では、それがちゃんと休日らしい時間だった。
娘の送迎も、焼肉も、仕事ではない。
だから昨日は、間違いなく休みだった。
しかし、休んだ気はしない。
考えてみれば、休みとは「何もしなくてよい日」ではない。
ただ、勤務が入っていない日である。
娘の予定はある。
家事もある。
洗濯物もある。
食器もある。
買い物もある。
次の勤務の準備もある。
こちらが休みだからといって、生活まで休んではくれない。
仕事がない日に、仕事以外のものが一斉に押し寄せてくる。
勤務のある日には後回しにしていたこと。
疲れていて見ないふりをしていたこと。
今日やらなくても死にはしないが、いつまでも放置しておけないこと。
そういうものが、「今日は仕事がないよね」と顔を出す。
休んだ気はしないが、休みなのだ。
夜になって、活動報告を書いた。
活動報告は、すでに書いた。
だから、今書いているこれは活動報告ではない。
あえて普通のエッセイとして出そうとしている。
仕事のこと。
娘のこと。
家事のこと。
音楽のこと。
酒のこと。
午前三時を過ぎてもまだ起きている、少し終わった自分のこと。
人間には、色々な欲がある。
食欲がある。
肉欲もある。
睡眠欲もある。
酒も飲みたい。
小説も書きたい。
何もせず、だらだらしていたい。
食欲については、娘と焼肉を食べたので、ある程度満たされた。
酒も飲んでいる。
最初は冷たいハイボールだったはずが、冷えた炭酸水も氷もなくなり、最後にはぬるくてもよいから飲もうとしている。
睡眠欲は、かなり前から存在を主張している。
身体は眠い。
目も疲れている。
九時半には家を出なければならない。
現在、午前三時五十分。
残されている時間は五時間四十分である。
もちろん、そのすべてを眠れるわけではない。
この文章を終える。
酒を飲み終える。
家事を片づける。
寝る支度をする。
眠る。
起きる。
顔を洗う。
着替える。
仕事へ行く準備をする。
実際に眠れる時間は、もっと短い。
肉欲については、まあ、ある。
人間なので。
しかし、食欲や肉欲や睡眠欲などと言っている間にも、家事はある。
洗濯物は自分では畳まれない。
食器は自分では洗われない。
床の上のものは勝手に片づかない。
冷蔵庫の中身も、足りなくなれば補充しなければならない。
家事は、こちらの欲望に一切配慮しない。
小説が盛り上がっていても関係ない。
登場人物が重大な決断をしようとしていても、洗濯機は平然と終了音を鳴らす。
物語の中では、悪役令嬢が婚約を破棄されたり、王太子を見限ったり、国を傾けたりしている。
その横で私は、次の勤務で着る服が乾いているかを確認する。
小説の中の令嬢には、侍女がいることも多い。
私にはいない。
公爵家には使用人が大勢いる。
私の家の洗濯物を干すのは、私である。
悪役令嬢は夜会で完璧な微笑みを浮かべていればよいが、私はその前にゴミをまとめなければならない。
王国の行く末より、今日履いていく靴下があるかどうかのほうが、現実には切実だ。
色々な欲はある。
だが、家事もある。
そのうえ、最近は創作欲まで妙に元気である。
最近公開した作品のあとがきには、「とある曲から着想を得ました」と書くことが多い。
その「とある曲」の多くは、ファントムシータの曲である。
ものすごく自分に刺さったグループだ。
刺さったというより、貫通した。
これまでにも、好きな歌手や曲はたくさんあった。
Awich、呂布カルマ、DOTAMA、SAM、晋平太などのJapanese rapを聴いていた。
強い言葉。
鋭い韻。
本人の生き方や考え方まで乗ってくるような声。
そんな音楽が好きだった。
ジャズも聴いていた。
酒を飲みながらジャズを流し、のんびり過ごす。
Japanese rapとジャズ。
それらを聴きながら、静かに酒を飲む。
少なくとも、自分ではそんな大人の夜を過ごしているつもりだった。
それが今では、レトロホラーをコンセプトにした少女たちのファンクラブに入っている。
人生で初めて、ファンクラブというものに入った。
自分がアイドルの沼に落ちるとは思っていなかった。
人生とは分からない。
Awichや呂布カルマを聴き、ジャズを流しながら酒を飲んでいた人間が、気づけばアイドルの歌声や表情を追い、その曲から悪役令嬢を生やしている。
しかも、一人だけを見ているわけではない。
推しはいる。
もちろん、いる。
歌声や表情、立ち姿をつい目で追ってしまう子はいる。
この子のここが好きだと語り始めれば、かなり長くなると思う。
しかし、結局は箱推しである。
誰か一人だけでは、あの世界は完成しない。
声が重なったときの不穏さ。
全員が並んだときの美しさ。
揃っているように見えて、一人ひとり違う表情。
可愛らしい少女たちが集まっているのに、人数が増えるほど薄気味悪さが生まれる瞬間。
全員が同じ方向を見ているようで、よく見ると少しずつ視線が違う。
微笑んでいるのに、その笑顔の意味が分からない。
誰か一人が欠ければ、同じものにはならない。
推しはいる。
だが、結局は箱ごと沼に沈んでいる。
ファントムシータのコンセプトは、レトロホラーである。
これが、もろに私の癖だった。
古めかしい可愛らしさ。
少し昔の写真のような色合い。
少女たちの揃った衣装。
懐かしいようでいて、自分の記憶には存在しない風景。
美しく整っているのに、よく見ると何かがおかしい。
可愛い。
だが、怖い。
怖いのに、目を離せない。
笑顔の奥に、薄暗いものがいる。
夢の中のようでもあり、古い怪談のようでもある。
見てはいけないものを、綺麗な箱へ入れて差し出されているような感覚がある。
そりゃ刺さる。
むしろ、刺さらないはずがない。
私が普段書いている悪役令嬢ものも、華やかなものの裏側にある薄暗さを好んでいる。
美しいドレス。
磨き上げられた床。
煌びやかな夜会。
完璧な令嬢。
その裏側にある執着。
狂気。
死。
存在の消失。
誰にも見てもらえない令嬢。
ずっとそこにいるのに、誰にも気づかれない令嬢。
自分と同じ顔をした何かに、居場所を奪われる令嬢。
愛されたいのに、愛され方が分からない令嬢。
笑いながら誰かを裁く令嬢。
美しいものと怖いものを、きれいに分けずに混ぜる。
可哀想と恐ろしいを、同じ人物の中へ置く。
そういうものを好んで書いてきた自分にとって、ファントムシータの世界観は、あまりにも相性がよかった。
好きなものを新しく見つけたというより、自分の中に昔からあったものを、外側から見せられたような感覚だった。
自分の癖を保管していた倉庫がある。
普段は鍵をかけている。
その扉を、レトロホラーという合鍵で開けられてしまった。
中へ詰めていたものが、一気に外へ転がり出した。
曲を聴く。
言葉が引っかかる。
音の一つが残る。
歌声の揺れ方が、頭の中から消えなくなる。
映像の中の視線や仕草が、妙に気になる。
そこから、一人の令嬢が立ち上がる。
最初から物語のすべてが見えるわけではない。
ひとつの場面だけが浮かぶ。
夜会で一人だけ違う方向を見ている令嬢。
誰かに名前を呼んでもらえない令嬢。
笑いながら花を食べる令嬢。
自分の顔をした誰かを見つめる令嬢。
その場面に理由をつける。
前に何があったのかを考える。
このあと、何が起きるのかを考える。
誰が悪いのか。
誰も悪くないのか。
誰が壊れたのか。
最初から壊れていたのか。
そうしているうちに、一本の物語になる。
仕事をしているときも、頭のどこかにいる。
娘の送迎をしているときもいる。
自転車を二台積みながらも、物語の続きを考えている。
焼肉を食べながら、ふと一文が浮かぶ。
家事をしていても、登場人物が頭の中で喋っている。
そして家の中が静かになった午前三時に、ようやく文章として出てくる。
最近の執筆量がおかしい理由の一部は、たぶんこれである。
一曲から一本書けば落ち着くわけでもない。
一本書き終えると、別の曲が刺さる。
別の曲を聴けば、また別の令嬢が生まれる。
人生で初めて入ったファンクラブの沼から、次々と悪役令嬢が生えてくる。
もはや沼というより、悪役令嬢の養殖池なのかもしれない。
最近の作品では、あとがきに「とある曲から着想を得ました」と書くことが多い。
元になった曲を知らなくても、ひとつの物語として読めるものにしたい。
曲の説明をしすぎれば、小説そのものより元ネタの紹介になってしまう。
だから、普段は少しぼかしている。
ただ、『悪役令嬢は、ずっとここにいるのに』については、あえてぼかさなかった。
翠已さんの『みえないこ』から着想を得たことを、あとがきで明かした。
翠已さんは、ファントムシータ在籍時には「灯翠」の名で活動していた。
体調を崩して活動から離れ、グループを脱退したあと、現在は「翠已」として個人活動を再開している。
ファントムシータにいた頃の灯翠さん。
そして現在の翠已さん。
名前は変わった。
活動する場所も変わった。
それでも、歌声はもう一度届いた。
消えてしまったように見えた人が、別の名前で、また自分の歌を届けてくれた。
誰にも見えていないようで、本当はずっとそこにいた。
だから、あの作品だけは「とある曲」で済ませたくなかった。
ファントムシータ時代の灯翠さんと、現在の翠已さん。
そのつながりも含めて、名前を出しておきたかった。
もっとも、現在は午前三時五十分である。
いや、これを書いているうちに、もう午前四時へ近づいている。
外はますます明るくなってきた。
一昨日の自分なら、そろそろ起床介助へ向けて動き出す頃だ。
今日の自分は、そろそろ本気で寝なければならない。
九時半には家を出る。
あと数時間後には、他所のグループで遅番をする。
それでも、そこまで悲壮感がないのは、寝起きがよいからかもしれない。
寝起きがよいことは、ある意味で自分の取り柄である。
目覚ましが鳴れば、わりとすぐに起きられる。
眠いまま布団の中で一時間も葛藤することは、あまりない。
起きると決めたら起きる。
顔を洗い、着替え、必要なものを持ち、家を出る。
それができるから、こんな時間まで起きているのかもしれない。
取り柄の使い方として正しいかは分からない。
寝起きがよいからといって、睡眠不足が消えるわけではない。
身体が回復しているわけでもない。
ただ、起きられてしまう。
そして仕事にも行けてしまう。
ある意味では便利であり、ある意味では危険な取り柄である。
起きられるから大丈夫。
仕事へ行けるから大丈夫。
そうやって、自分の睡眠時間を削ってしまう。
しかし、自分の時間は、待っていても誰かが用意してくれるものではない。
仕事がある。
家事がある。
娘の予定がある。
どれも必要なものだ。
どれも、自分の生活の一部である。
けれど、それだけではない。
娘と焼肉を食べる。
好きな音楽を聴く。
推しを見る。
酒を飲む。
小説を書く。
そういう時間もまた、自分の生活である。
仕事や家事を終え、皆が寝たあとに残った時間を、自分の時間と呼ぶ。
だから、最後に回ってくる。
午前三時になる。
午前三時五十分になる。
外が明るくなる。
冷えた炭酸水も氷もなくなる。
今日の勤務を考えれば寝たほうがよいのに、まだ書いている。
少し酔った勢いもある。
起きてから読み返せば、熱く語りすぎたと思うかもしれない。
食欲、肉欲、睡眠欲などと書いた自分を、少し恥ずかしく思うかもしれない。
推しや箱推しについて、語りすぎたと感じるかもしれない。
しかし、好きなものについて書く文章は、少しくらい冷静さを失っていてもよい。
人生で初めてファンクラブに入った。
Japanese rapとジャズを聴きながら静かに酒を飲んでいた人間が、アイドルの沼へ落ちた。
推しはいる。
結局は箱推しである。
曲を聴き、映像を見て、そこから悪役令嬢の小説を書いている。
ここまで来たなら、午前四時前に少しくらい熱く語ってもよいだろう。
たぶん。
一昨日は夜勤明けだった。
明けの日の夕方には説明会へ出た。
各種手当は少し上がる。
基本給は交渉中である。
昨日は休みだった。
娘と友達を商業施設まで迎えに行った。
二台の自転車を車へ積んだ。
プラネタリウムの施設まで送った。
終われば、また迎えに行った。
娘と二人で焼肉を食べた。
家事もした。
活動報告も書いた。
そして日付が変わった。
午前三時を過ぎた。
冷えた炭酸水がなくなった。
氷もなくなった。
外が明るくなってきた。
午前三時五十分になった。
九時半には家を出る。
今日は他所のグループで遅番である。
それでも、ぬるいハイボールを飲みながら小説を書いている。
なかなか終わっている。
休んだ気はしない。
だが、昨日は確かに休みだった。
何もしなかった一日ではない。
むしろ、色々なものを詰め込んだ一日だった。
娘の時間。
家事の時間。
自分の食欲。
酒を飲みたい欲。
小説を書きたい欲。
アイドルの沼に沈む時間。
それらを、勤務のない一日へ無理やり詰め込んだ。
結果として、身体はそれほど休まっていないかもしれない。
しかし、仕事をするためだけに存在する休みにはならなかった。
そろそろ、今度こそ寝なければならない。
九時半には家を出る。
起きれば、また介護員に戻る。
他所のグループへ行き、いつもより少し周囲を気にしながら働く。
寝起きがよいことを、今日は最大限に活用することになるだろう。
その前に、ぬるいハイボールを飲み終える。
あと少しだけ、小説を書く。
Japanese rapとジャズを聴いていた自分が、レトロホラーのアイドルを箱で推し、その曲から生まれた悪役令嬢を書いている。
人生、どこで何に落ちるか分からない。
午前四時前。
外はもう、ほとんど朝である。
なかなか終わっている。
そして、今のところ、かなり楽しい。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
午前三時を過ぎ、冷えた炭酸水も氷もなくなった状態で、やや酔った勢いのまま書きました。
今月は連休がなく、夜勤明けには説明会、休みの日には娘の送迎と焼肉、家事。その合間に活動報告を書き、さらに小説まで書いております。
自分でも、なかなか終わっていると思います。
ただ、仕事と家事だけで一日を終わらせたくない気持ちもあります。
最近はファントムシータのレトロホラーという世界観に完全に刺さり、人生で初めてファンクラブへ入りました。
Japanese rapやジャズを聴きながら酒を飲んでいた人間が、まさかアイドルを箱推しする日が来るとは思いませんでした。
人生、どこに沼があるか分からないものです。
なお、これを書いている現在、外はすでに明るくなり始めています。
九時半には家を出て、他所のグループへ遅番のヘルプに行きます。
寝起きがよいことだけが、今日の自分を支えております。
皆様は、冷えた炭酸水と氷がなくなった時点で、素直に寝ることをおすすめします。




