54話 お人好しと外交交渉
アルベドが王座で頬杖をつきながら見おろしている。
「何者か、その口から語ることを許可する。」
俺は頭を下げてから口上を述べる。
「偉大なる真祖の魔王アルベド様。
この度は拝謁の栄誉を賜り、深く感謝申し上げます。
私は亜人族領から参りました、リンドウと申します。
こちらは妻であり第三夫人のカリンです。」
カリンが同様に頭を上げる。
「妻のカリンと申します。
畏れ多くも御前へとお召しいただき、恐悦至極に存じます。」
アルベドが続ける。
「良い、面を上げよ……。
第三夫人と言ったか。見かけによらず、女を口説く手が早いと見えるな。」
俺は苦笑いを浮かべながら、良い機会だと思い伝える。
「えぇ、このような冴えない男に、幸いにも至上の伴侶たちが寄り添ってくれました。
第一夫人は紅狼族のガオト。
第二夫人はゴーレムの王、ステュクスでございます。」
アルベドの目つきが変わる。
「ほう……あのガオトがか……?
あれは良い女だ。腕っぷしも良く、頭も切れて、何より艶やかだ。」
俺は“あれ”という言葉に引っ掛かりを覚えつつも、お礼を伝える。
「ありがとうございます。私にはもったいない、過ぎたる伴侶にございます。」
アルベドが揚げ足を取る。
「過ぎたると言ったな
なら俺に譲らんか?
女でも財でも好きな物をくれてやる」
俺は首を振る。
「何事にも変えられぬ、我が身を照らす宝ゆえに。」
アルベドがさらに続ける。
「力づくでもか?」
そう言って睨まれる。
その威容に身体が震えそうになる……だが吞まれるわけにはいかない。
「この命に代えても守るべき最愛の妻にございます。」
アルベドから圧が消え、目つきが穏やかになる。
「ふっ……冗談だ。
人の女に興味はない。
しかし、まぁ……羨ましいがな。」
軽薄そうな男だと思ったが、
思いのほかガオトには本気だったのかもしれない……。
「まあ良い。エルシャから話があるそうだ。」
エルシャか、公式な立場としての呼び方なのだろう。
エルシャが一礼して少し前に出る。
「この度は我が領の窮地を救っていただき、本当にありがとうございました。
リンドウ様のご寛大なご決断には、感謝の言葉もございません。
……厚かましいお願いだとは承知しておりますが、
昨日いただいた人工血液を、今後も定期的に融通していただく事は可能でしょうか?」
俺は首を縦に振る。
「えぇ、勿論です。
人工血液は常温でも二年の保存が可能です。
本日、帰る前に二年分を置いていきますので、
また無くなりそうになったら作りに来ますよ。」
エルシャが頭を下げる。
「ありがとうございます。
代わりと言っては何ですが、吸血鬼領からの誠意として──
人間たちの退場制度を緩和致します。
退場に該当した者は、本人の意思があれば自分たちで働くことで
住み続ける事を許可致します。
また、血液を私たちに供給した期間と量によって功績を積み上げ、
六十歳以上からは血を供給できなくても衣食住を保証します。」
エルシャからまさかの“人間牧場の待遇見直し”。
それもセーフティネット+年金という破格の制度だ。
俺は直角になるまで頭を下げた。
「エルシャ様……!
ありがとうございます!ありがとうございます!」
エルシャが頬に手を当てる。
「自分の事でもない、全く無関係の人間の事で……。
本当にリンドウ様は変わったお方ですね。
未だに私には理解できません。」
そう言ったエルシャの顔は、どこか優しかった。
「それともう一つ……。
現在、亜人族領はコウロウ、ゴーレム領がミリルと名乗り、協力関係にあるそうですね?
その関係に──リンドウ様が良ければ、吸血鬼領も加入させて頂きたく。」
俺は思わず横にいたカリンに抱きつきそうになる。
「是非……何卒よろしくお願いします!」
協魔連合に吸血鬼領が加わるのは頼もしい。
アルベドはちょっと──いや、かなり怖いけど……。
「それでは、私の話はこれで終わりです。
リンドウ様、後ほど詳しい話をさせて頂きたいので、
カリン様と共に屋敷にお越しください。」
そう言うとエルシャが下がり、元の位置に戻った。
アルベドが、退屈な話が終わったとばかりに口を開く。
「さて、リンドウよ。
俺からもお前に話が残っている。」
俺は頭を下げる。
「はい、何なりとお申し付けください。」
アルベドの口角が上がり、目が怪しく光った気がした。
「──お前、俺の相手をしろ。」
相手とは一体……。
俺はその言葉に、カリンと二人で硬直した。




