52話 お人好しと真祖の魔王
俺は人工血液のために魔王アルベドの腕から採血をしようとした──その時。
突然、アルベドの手が俺の腕を掴んだ。
「何だ、貴様?
吸血鬼の血を奪おうとは良い度胸だな?」
俺は驚きで口を何度も開けては閉めてを繰り返す。
声を張り上げそうになったその瞬間──
エルシャの叫びが響いた。
「えっ? ええええええええ!!
アルベド、あなたどうして?!」
アルベドが耳を抑える。
「おはようございます、母上。
どうして……とは一体何のことでしょう?
そして、この人間どもは一体?」
エルシャが震えながら説明を始める。
「貴方が食事が摂れなくなって眠りについたでしょう?
それで、こちらの人間──いえ、リンドウ様が
魔術で適した血液を用意できると仰って……。
城で眠っていた王級以下が終わったので、
魔王である貴方の所に来たのですよ。」
アルベドは眉間に皺を寄せたままだ。
「食事が摂れないから眠った……?
何の事……あぁ、なるほど理解した。
結論から申しましょう。
母上、それは勘違いです。」
エルシャから怒りを滲ませた驚きが漏れる。
「は……? 勘違い……?」
アルベドが説明を続ける。
「確かに、吸血鬼は格が上がり、運悪く自分の型が希少だと
合わない血液はまずくなるのは事実。
また、味覚を失っていくが──真祖は別ですよ。」
アルベドはエルシャの方だけを向き、
俺たちの方は一切見ない。
「真祖を受け継いだ瞬間、身体は再構成されて
吸血鬼の祖でありながら唯一となる。
その気になれば周辺から魔力を吸い上げることも可能ですし、
合わない血を吸って不味いということもない。
味覚がないということもない。
たった一つの例外となるのです。
まぁ、真祖を受け継ぐ前の王級の頃であれば
確かに不味く感じる身体ではありましたが……
それでも困ったことはありませんでしたね。」
俺は横槍を挟む。
「何故……?」
アルベドがフッと笑みを浮かべる。
何という美形だろうか。
「簡単な事だ。
人間界に行って、自分に合う血の女を見つけて
口説いて吸わせてもらっていたからな。
勿論、無理やり襲ったことなど一度もないぞ?
吸血鬼なのだが血を吸わせてくれと、
本人の許可を貰っていたのだ。」
とんでもない事を何でもないように言っているが、
彼の顔なら簡単なのだろう……。
えっと、それじゃあ──
俺より先に、当然の質問をエルシャが口にした。
「何故、貴方は眠っていたの……?」
アルベドが首を傾げる。
「ふむ……? 母上に伝えていなかったですか?
二百年前だから流石に覚えていませんが……そうですね。
退屈だったからです。」
今日二回目の怒りを滲ませた驚きが漏れる。
いや、最早溢れていた。
「はぁっ? 退屈……?」
アルベドはエルシャの怒りに気付いていないらしい。
「そうです。
王級になった時に真祖など継承せずに
先代魔王に勝ってやろうと勝負を挑んでいたら
次代に任命されて……断ったのですが、無理やり継がされたんですよ。
それで喧嘩相手にガオトと遊んでいたのに、
あいつが土地に魔力を巡らせるのに弱体化して
いよいよやる事もなくなったので寝ました。
統治なら先代魔王と母上が居れば十分だと思いましたので。」
アルベドが拳で掌を叩く。
「あぁ……なるほど。
先代魔王が不味い血に耐えきれず仮眠に入ったせいで、
真祖の特性を母上は知らなかったのですね。」
エルシャが肩どころか全身を震わせながら尋ねる。
「アルベド……それでもし他領の魔王や
人間界の国家が攻めてきたらどうするつもりだったの?」
アルベドが瞳を輝かせ、満面の笑顔を浮かべた。
「はっはっはっ、そんな面白い事になったら
飛び起きて応戦するに決まってるではないですか?
もしや、攻めてきたのですか?
ガオトですか?! ステュクスですか?!」
何かが切れた音が聞こえた。
エルシャがカツカツと靴の音を響かせ、アルベドに近寄る。
そして右手を上げ──全力で振り下ろした。
「ガツン!」
アルベドに、エルシャ全力の拳骨がお見舞いされた。




