49話 お人好しと無償の博愛(前)
翌週、俺は再びカリンと二人で
エルシャとストリクスの屋敷を訪れていた。
「あらあら、リンドウ様。
このようにすぐにお姿を現してくださるなんて、
もしや、私に会いに来てくださいましたか?」
エルシャが微笑みを浮かべる。
何故かカリンに手の甲を摘ままれる。
「いえ、そういうわけではなくてですね……
お二人に確認したいことがありまして……」
「あら、なんと冷酷なお言葉。
女性の心をそのようにもてあそぶだなんて、
リンドウ様は見かけによらず……罪な御方でいらっしゃいますね。」
カリンがぼそっと呟く。
「えぇ……本当に。」
俺は隣を見ずに会話を続ける。
「すみません……本題に入っても……?」
エルシャが紅茶を優雅に口にする。
美味しそうに飲むその姿は、
味覚がないとは信じられなかった。
「ふふ……えぇ、良いですよ。
どういったご用件でしょうか?」
俺とカリンが同時に喉を鳴らす。
「えぇ……それでは……」
俺はカリンとガオトと立てた仮説を、
エルシャとストリクスに告げた。
エルシャは最初こそ微笑みを浮かべていたが、
次第に無表情になり……最後には、
心なしか怒気をはらんでいるようにも見えた。
「……と、現在の吸血鬼領はこのように
なっているのではないかと思ったのですが、
いかがでしょうか……?」
俺はエルシャの瞳を見つめるが、反応はない。
沈黙が続いた後──
ストリクスが何かを口にしようとした、その時。
「リンドウ様、面白い推測ですね。
それで……“仮”にその推測が当たっていたとして、
貴方に何か出来るのでしょうか?
まさか好奇心で答え合わせをしたかっただけなどと、
触れてはいけない領域に土足で踏み入った……
ということではないですよね?」
エルシャの言葉に棘が混ざる。
彼女にとって、本当に触れられたくない部分なのだろう。
「私は恐らく、現在の状況を解決できます。
ただ、それには条件が必要ですが……」
エルシャが目を見開く。
「その言葉は虚言……では済まされませんよ?
それに条件……ですか。
人間たちを解放しろ、などでしょうか?」
俺は首を振る。
「いえ、そういった条件ではありません。
私が解決するために──仮眠している方に会わせて頂く。
そうですね、血液を採取する必要があります。」
そして俺は指を二つ立てる。
「もう一つは……ガオトから伝言です。
吸血鬼領の魔王が目覚めたら、
うっとおしいからこちらに来させるな。
喧嘩相手をしてやるつもりはない……だそうです。」
エルシャが立ち上がる。
「リンドウ様……貴方は馬鹿なのですか?
そんな内容は条件とすら言えませんよ?
人間を解放させたり、支配下に置いたり、
もっといくらでもあるでしょう?」
俺は後頭部を右手で抑える。
「いやぁ……ガオトの件はともかく、
眠っている大事な人の所に得体の知れない奴を
連れて行くって、結構抵抗感あると思うんですよね……。
あと、困っている人に条件を出して何かを要求するっていうのが嫌なんです。
それに……もし私の推測が当たっているとしたら、
エルシャ様は自国にだけ軍事力がない状況で
頭を悩ませていたって事ですよね。
それは……心中察するに余りあるかなと。
私だったら……眠れませんね。」
エルシャが口を開ける。
カリンに何故か手甲を強くつねられる。
痛いのに、何故か鉄壁が反応しない。
「だから、お願いします。
もし困っている方や悲しんでいる方がいるなら、
私に助けさせてもらえませんか……?」
俺は深く頭を下げて、エルシャの反応を待った。
「ふふっ……あははっ。
助ける側の人間が頭を下げるだなんて……。
リンドウ様は本当にお人好しのようですね。
正直、理解できませんし、恐怖すら覚えます。」
エルシャが再び座り、ストリクスを見つめる。
「ストちゃんの入れ知恵かしら……?
心を折ったと思ったのに……。」
ストリクスが向こうを向いた。
姉には勝てないらしい。
「そうですね。助けてくれると言うなら、
助けていただきましょうか。
と言っても、まずはお試しですが……。」
エルシャが執事に命令を下す。
「古血級で仮眠している三体を、棺桶ごと城からこちらに移動させます。
少々、お待ちください。」
俺は首肯する。
運ばれてくる間に、階級が高い吸血鬼が
合わない血液を飲む際の感想を確認してみた。
「そうですね……今の私が摂取した場合、
味覚を失って久しいので表現が難しいですが、
極限まで発酵させた何かを更に寝かせたような味ですね。
叶うなら是非、リンドウ様にも体験してほしいですね。」
貴族級でそれなら、古血級は口にする事すら難しそうだ……。
するとエルシャが口角を上げながら手を叩いた。
「良い事を思いつきました。
リンドウ様も吸血鬼になりませんか?
是非とも、私に噛ませてもらえれば!」
俺は手を全力で左右に振る。
「絶対になりません!」
エルシャが頬に手を当ててはにかむ。
「ふふ、残念ですね。
折角、頼もしい仲間が増えると思ったのに。
リンドウ様ならいつでも歓迎です。
カリン様もご興味がわいたら是非。」
カリンも同じように手を振り否定する。
そうこうしている間に、古血級の三人の棺桶が運ばれてきた。




