44話 お人好しとディスカッション(後)
言い淀む俺の代わりに、カリンが疑問を口にする。
「人間たちの区画を分けているのは何のためでしょうか。
親から生まれた赤子を隔離するのは、可哀そうではないですか?」
エルシャが少しだけ視線を下に落とす。
「既にお気づきかもしれませんが、
私たちは血液の種類によって、口にした時に
“合う・合わない”を感じるのです。
吸血鬼によって個人差はありますが……
分かりやすくするために、仕方なく区画を分けています。
可哀そうだとは思います。
ですが、衣食住を保証している側の権利だと考えれば、
逸脱はしていないと思います。
もしカリン様に、より良い管理方法があるのであれば
ぜひご教授いただきたいです!
そうすれば彼らも親子で離されることはなく、
私たちも心を痛めずに済みますね!」
エルシャが手を叩き、期待した瞳でカリンを見つめる。
カリンは両膝を手で掴み、顔を下に向けた。
「すみません……今すぐには、思いつきません。」
エルシャが頬に手を当てる。
「あら……代案なしに否定されたのですか?
それは……少々がっかりしました。」
俺はカリンに代わって謝罪を告げる。
「すみません。親子を想う情が先に立ちました。
エルシャ様の苦悩に考えが及ばず、口が過ぎました事──
身内として、深くお詫び申し上げます。」
カリンが少しだけ詰まらなさそうに爪を見る。
そして、すぐに笑顔に戻る。
「いえいえ、カリン様の“お優しい”お心……
私は十分に理解しています。」
言葉と態度から、“優しいだけ”と言っているのが伝わる。
いや──あえて伝えているのが分かる。
俺は項垂れているカリンの手を軽く握り、質問を続けた。
「それで……血液が不摂生で不味くなった者や、
高齢になった者は“退場”させているとの事ですが……
戻った者が生活する事は厳しいですよね?」
エルシャは予想通りの質問だと言わんばかりに、
カップのお茶を飲み干し、執事にお代わりを注ぐよう促した。
ストリクスは腕を組んだまま、会話に参加する気はなさそうだ。
「まず、退場についてご説明させていただきますね。
決して命を奪うような真似はしておりません。
お約束通り、人間界で元々住んでいた地域に送っています。
ただ──こちらについては信じて頂くしかありません。
そして……戻ってからの生活についてですが、
私たち吸血鬼に責任はあるのでしょうか?」
俺がその言葉に呆気に取られていると、エルシャが続ける。
「私たちは、不摂生によって血が不味くなった場合、
人間界に送り返すと説明しています。
いわば、これは契約です。
であれば──契約を破ったのは人間が先になります。
リンドウ様? 違いますか?」
「違いませんね……ですが、高齢になってから送り返した場合は?」
エルシャがまた頬に手を当てる。
「リンドウ様……確かに全てを説明していないかもしれませんが、
衣食住を与えられ、吸血鬼領で何十年も過ごした場合──
元いた世界に居場所がなくなる事くらい、
知恵ある生き物であれば想像できますよね?
そこまでを私たちが説明する義務はありますか?
嘘は言っていませんよね?」
エルシャが明るく、楽しそうに声を弾ませる。
「それに……リンドウ様。
仮に人間界で──そうですね、労働で身体に支障が出た者、
高齢で満足に働けなくなった者が出た場合、
最低限の生活を保障する仕組みを確立する義務は
人間界の国にあると思いますが、いかがでしょうか?」
現代で言うところの“セーフティネット”だ。
つまり──原因がどうであれ、人間界が成熟していれば、
吸血鬼領から追い出されても生きていけるはずだ、と。
そうでないなら、まず責められるべきは吸血鬼領ではなく、
人間界の未熟さだ──そう言っているのだ。
俺は肯定するしかなかった。
「仰る通りです。
エルシャ様の深い思慮に、ただ頷く事しかできません。
すみません、ご期待に沿うような返答もできず……
己の思慮の浅さが身に沁みるばかりです。」
エルシャが顔の前で手を振る。
「いえいえ、ご理解いただけて大変嬉しく思います。
それで、いかが致しましょう。
流石に上層やお城の立ち入りは許可できませんが、
下層や人間たちの住む区画であれば、ご自由に観光していただいて結構ですよ。」
──見るものを見て、満足したなら帰れ。
この領地でお前らに出来る事は何もない。
そう言っているのだろう。
俺は空気を変えるために、一つ提案をする。
「そうですね……その前に。
私からもお茶を一杯、御馳走させていただきたい。
エルシャ様のお茶に負けない逸品だと自負しております。」
エルシャの片眉が一瞬だけ動く。
だが、すぐに笑顔へ戻る。
「それは楽しみですね。
ぜひ、お願い致します。」
俺は万能魔術で、前の世界で最も美味しかった一杯を
エルシャ、ストリクス、俺、カリン──四名のティーカップに注ぐ。
「ありがとうございます。いただきますね。
……うん、とても美味しいですね。」
エルシャが一口飲んだ後、感想を零した。
「気に入っていただけて良かったです。
それで……もう少しだけ質問を続けても?」
エルシャが俺の顔を見て、笑顔を浮かべる。
「ええ、勿論、構いません。
リンドウ様がご満足するまでお付き合い致します。」
俺は──ここで帰るわけにはいかないと、
これまでに聞いた情報を必死で結びつけようとしていた。




