43話 お人好しとディスカッション(中)
エルシャに案内され、屋敷のテラス席まで向かった。
吸血鬼の執事がお茶の準備をしている。
「お客人をお持て成しする用意をお願いします。
お茶とお菓子は一番良い物にしてね。」
洗練された動きで執事たちが場を整えていく。
……驚いた。亜人族の村とは文化的背景の違いが大きいようだ。
人間界の技術や習慣を積極的に取り入れているのだろうか。
俺がその様子を眺めていると、
エルシャが不思議そうに首を傾ける。
「どうかしましたか?」
俺は思わず正直に口にしてしまう。
「いえ、随分と違うなと……。」
俺の言葉に、エルシャは傾げていた首をすっと戻し、
納得したように静かに笑みを浮かべた。
「ご存知と思いますが、魔界は日当たりも悪く、
土壌も田畑が育ち辛い環境です。
それらを補うために土地に魔力を循環させて育成を促す事が、
魔界での一般的な農業となります。」
──勿論、知っている。
だからガオトは亜人族領の全土に、自分の魔力を循環させていた。
エルシャが説明を続ける。
「吸血鬼領では、区画ごとに担当する吸血鬼が魔力を通しています。
どうしても足りない時だけ、我々のような……人間の言い方を借りると
“貴族以上”が手を貸しています。
とはいえ、人間たちの食事を賄う量があれば足りるので、
亜人族と違い、そこまでの耕作地は不要です。
文化については、人間たちを誘致するために学んだ結果ですね。」
エルシャが微笑みを浮かべる。
「飼う者が飼われる者より文化や教養で劣っていては、
知性ある生物の矜持が知れるというものです。」
なるほど。
田畑の総量が少ない事から、王からの一方的な恵みではなく、
区画ごとの分業体制を成立させた。
そして“家畜”となる人間に文化で負ける事は許されない──
そういう誇りか。
「お待たせしました。お掛けになってください。
お口に合えばよろしいのですけど。」
俺とカリンは案内された席に腰掛けると、
テーブルには焼き菓子と、薫り高い発酵茶が用意されていた。
俺はカリンより先に口にする。
「とても美味しいです。
いや、本当に……驚きました。」
お世辞抜きで美味しかった。
前の世界で、一流ホテルのティーセットに四桁の支払いをした時と
遜色がない品々だ。
俺の目配せで、カリンも口にする。
「美味しい……!」
エルシャが両手を合わせる。
「ふふ、それはよかったです。
それにしても、疑うことなく口にされるとは……
リンドウ様は胆力のあるお方ですね。」
見かけによらず──と言いたいのだろう。
「温かな歓待を疑うなど、無作法というものです。
それに、私たちをここで害してもエルシャ様に実利はありませんから。」
エルシャがカップのお茶を口にする。
「やはり、リンドウ様は聡明なお方のようですね。
感情的ではない建設的なお話が出来そうで、
私も久方ぶりに胸が高鳴っています。
さぁ、一息ついたところで──何なりとご質問をどうぞ。」
俺はカップを置いて、エルシャの顔を見つめた。
笑顔を絶やさない柔和な雰囲気の表情に、
知性と自信に満ちた瞳が宿っている。
「それでは、まず……何故ゴーレム領と結託して、
人間を攻めようなどと画策したのでしょうか?」
エルシャは不思議そうな表情を浮かべた後、
ほんの一瞬だけ残念そうな気配を隠しきれなかった。
──そんな簡単な事、聞かなくてもわかるでしょう?
そう言いたげな一瞬。
だが、それもすぐに笑顔へと戻る。
「順を追って説明していきますので、
私が発言する内容に疑問や異議があれば仰ってくださいね。」
エルシャが快活な声で、優しく諭すように話し始める。
まるで優秀な家庭教師が、出来の悪い生徒に教えるかのようだ。
「ゴーレム領が発展して人口を増やしていけば、
食糧問題が表面化するのは時間の問題でした。
ここまでは良いですか?」
俺とカリンは頷く。
「はい。枯渇するのが五百年後だとしても、
実際にはそれより前に問題になったでしょうね。」
エルシャが続ける。
「そうですね。その時になって突然の選択を迫られたゴーレム領が、
遠い人間界を侵略するか、
魔界の近隣である他国──亜人族領や吸血鬼領を侵略するか……。
リンドウ様はどちらの可能性が高いと思われますか?」
「魔界にある領土を攻める可能性の方が高いかもしれません。」
「そうですね。そのために──
自領を守るため、先手を打ち協力関係を持ち掛け、
侵略先を制御しようとした。
吸血鬼領を統治する者として、間違っていますか?」
「……間違っていませんね。」
「そうですよね。それにご存知の通り
私達の食糧は人間たちの血液です。
自国の食糧事情と品質を改善して、供給を安定させて
人口の増加を推進する事は間違っていますか?」
「それも……間違っていませんね。」
俺の回答にエルシャが満足した笑みを浮かべ、続きを語る。
「それに、もしゴーレム領だけで人間界を攻めて
鉱石を食べ尽くすような事態になれば、
人間たちはただ難民として逃げ惑うしかありません。
ですが、私たち吸血鬼領と協力した場合──
難民となった人間たちは、血液を供給する代わりに
生活が保証されます。
勿論、全員を救えるわけではありません。
それでも、ただ侵略されるよりは
助かる命が確実に増えるはずです」
エルシャの表情から感情が消える。
「それとも──人間の血液を食糧にする吸血鬼は、
人口増加も発展もすべて諦めて、飢えて滅びるべきだと
リンドウ様は思われますか?」
俺は言い淀み、素直な気持ちを口にする。
「そんな事はありませんし、決して思いもしません……。」
エルシャの表情に笑顔が戻る。
「うふふ、ありがとうございます!
そう言っていただけて、大変嬉しく思います!
これが、ゴーレム領と結託して人間界を侵略しようとした理由です。
まだ何か疑問などございますか?」
「そうですね……その件については理解しました。」
俺は──心では、感情では、
納得できぬままに次の質問を考えていた。




