42話 お人好しとディスカッション(前)
エルシャが優雅なカーテシーをする。
ストリクスは対照的に渋い顔をしたまま、腕を組んでいる。
「初めまして、リンドウ様。
人間たちの生活をサポートする任を担当している、
エルシャと申します。」
俺は右手を左胸に水平に当て、軽く頭を下げる。
「ご丁寧にありがとうございます。
私がリンドウ、こちらが妻のカリンです。
許可なく吸血鬼領に侵入した件について、深くお詫び申し上げます。」
エルシャが両手で口元を隠し、上品にはにかむ。
「うふふ、いいですよ。
お目当ての物は見れましたか?
そうですね、不法侵入の件を咎めない代わり──と言っては何ですが、
ひとつお願いしても良いでしょうか?」
俺は頭を下げたまま聞き返す。
「何でしょうか?
この不肖の身に出来る事であれば良いのですが……。」
エルシャが軽く手を叩く。
「ありがとうございます!
それでは、ストリクスと貴方のやり取りを見せていただけますか?
何でも、不思議な魔術が使えるとか?」
俺は害意がない事を示すように、
両手を胸のあたりまで上げて掌を見せる。
「そのような事でよければ……と言いたいところですが、
こちらでは魔術が使えないようなのです。」
エルシャが指を鳴らす。
黒い霧が一瞬、俺とカリンの身体を包み、すぐ消えた。
「これで、魔術が使えるようになったはずです。」
俺は驚いて、思わず聞き返す。
「……よろしいのですか?」
エルシャが顎に手を当てる。
「うん? あぁ、そうですね。
リンドウ様が武力で事にあたるようなお方であれば、
そもそもこの場に居るのはカリン様ではなく、
亜人族の魔王か、ゴーレム領の魔王、あるいは両者でしょうし。
それに、カリン様とも色々ご相談されたいでしょう?
もし、このまま帰っていただいても私は構いませんよ。」
見透かされている──か。
俺はお言葉に甘えて、カリンに魔術で話しかける。
(どう思う?)
(何を考えているかわかりませんね。
ですが、目の前に現れてくれたのですから、
まずはこのまま会話して様子見で良いと思います。)
(俺も同意見だ。)
「エルシャ様は慈悲深いお方ですね……。
では、ご希望通り。」
俺は万能魔術でストリクスとの出会いを再生した。
ストリクスが俺に噛みつき、牙が折れる場面が映し出される。
「記録再生!」
エルシャは真剣に映像に集中している。
ストリクスは後ろを向き、歯ぎしりしているようだった。
そして再生が終わると、エルシャがお腹を抱えた。
「ふっ……あははっ!
ストちゃん……恰好悪い!
あーおかしい!
『私の下僕になる誉れをくれてやろう。キリッ!』
『私の牙がああああ!』」
ストリクスが声を荒げる。
「ストちゃんは止めてください、姉上!」
──何と。
エルシャとストリクスは姉弟だったのか。
俺は思わずストリクスに話しかける。
「あの……その節はどうも……。
折れた牙は大丈夫でしょうか?」
ストリクスが俺を睨みつける。
「貴様に心配される言われはない!
とっくに再生済みだ!」
俺は右手で頭の後ろを押さえる。
「それは良かった……。
エルシャ様、ところでこの映像を再生した理由は?
ゴーレム領との同盟失敗の原因を確認したかったとか?」
エルシャがきょとんとした顔を向ける。
「いいえ? 単に愚弟の痴態を見て、笑いたかった姉心です。
ふふっ、面白いものが見れました。」
エルシャが両手を二回叩いた。
「さて、ここで立ち話を続けるのも何ですし、
屋敷でお茶でもご一緒に如何でしょうか?
聞きたいことがあれば、何でもお答えしますよ。」
人間たちに説明をする場所として使っている、
下層の屋敷のことだろうか。
俺はカリンに同意を取ってから返事をした。
「えぇ、是非とも、御相伴にあずからせて下さい。」
俺たちは、鼻歌を歌いながら歩くエルシャの後に着いていった。




