37話 お人好しと婚約指輪
吸血鬼領に出立する前、
俺はガオト、メティス、カリンに贈り物をする事にした。
その贈り物にちなんで──というわけでもないが、
心の中でも皆に敬称をつけるのをやめることにした。
「ガオト、ちょっといいかな?」
ガオトはベッドの上で櫛を使い、尻尾を梳いていた。
「何だ? 吸血鬼領に一人で行くという話なら却下だ。
本当ならカリンではなく私が着いていきたいくらいだ。」
「いや、そうじゃない。
ちょっと、こっちに来て立ってくれないか?」
ガオトが訝しげにベッドから降りて近づいてくる。
俺はガオトの前で片足を立てて跪き、手を取った。
「遅くなったけど、これを愛する君に。」
ガオトの左手の薬指に指輪をはめる。
ガオトは不思議そうに指を見つめた。
「何だ……? これは?」
俺は前の世界の婚約指輪と結婚指輪、
そして結婚式について説明した。
「なるほどな。愛を誓う儀式か。
この指輪はどうした?」
俺は苦笑しながら答える。
「ドゾムさんに教えてもらって、
俺の魔力を通したミスリルで作ったんだ。
万能魔術で作ったわけじゃないから形が歪で申し訳ない……。
といっても、石については魔術なんだけど。」
ガオトがニヤニヤしながら手をかざす。
「ふむ、赤い石か。」
俺は宝石について説明する。
「俺の世界の“ルビー”って宝石で、
宝石ごとに象徴する言葉が決められていたりするんだ。
その石は──情熱、純愛、不滅の愛、勇気、威厳。
どれもガオトにぴったりだろう?」
ガオトが無言になったと思った瞬間──
ドサッ。
俺はベッドに押し倒されていた。
「タケオミ……式はいつするのだ?」
俺は少し考えてから答える。
「そうだね……吸血鬼領から帰ってきてからでどうかな……?」
ガオトが小さく呟く。
「人数が増えてなければいいがな……。」
俺は聞き返した。
「えっと、何か言った?」
ガオトは軽く笑い、俺を見下ろす。
「何でもない。
さて──今夜は寝かさん。
覚悟しておけ。」
そう言って、夜が更けていった。
◇翌週
俺はミリル王城の寝所にて、メティスに指輪を送った。
メティスが目を輝かせる。
「タケオミ様の魔力に包まれたミスリルの指輪を着けていると、
全身が包まれているかのようです!
この石はなんと言うのですか?」
俺は頭を掻きながら答える。
「俺の居た世界で“サファイヤ”って石だよ。
石言葉は──慈愛、誠実、徳望だったかな。
何となく……メティスは青い石が似合うと思って。」
メティスに優しく抱きしめられる。
「ありがとうございます!
それで、式はいつ行うのでしょうか?」
俺は同じように答える。
「吸血鬼領から帰ってきてからって思っているよ。」
メティスが下を向いて呟く。
「人数が増えてなければいいですけど……。」
俺は聞き返した。
「えっと、何か言った?」
「何でもありません!
さあ、今宵は私とゆっくり過ごしましょう!」
◇翌週
コウロウの小宮殿で、カリンに指輪を渡した。
「ありがとうございます。ダイアモンドですね。」
俺は頷いた。
「あぁ。前の世界から続いた縁に、
石言葉の“永遠の絆”が良いかなって。」
カリンが右手で指輪をそっと触る。
「それで、結婚式は吸血鬼領から帰ってからですか?」
俺はカリンの肩に手を置いた。
「あぁ。ウェディングドレスも服飾工房の皆に頼んであるからね。
帰ってくる頃には出来てるんじゃないかな?」
カリンが溜息をつく。
「手際が良すぎません?
タケオミさんが前の世界で主任止まりだったのって、
お人好しの性格が邪魔していただけでしょうね。
それにしても……」
カリンが不安そうな顔をする。
「吸血鬼領から帰ったら結婚式を挙げよう……だなんて、
絶対これ、何かのフラグが立ちましたよね?」
俺は苦笑いする。
「そんな……漫画じゃあるまいし……
大丈夫……だろう……?」
カリンが唇に指を当てて噴き出す。
「ふふっ、どうでしょうね?
さて、明かりを消しますね。」
こうして俺は、吸血鬼領に向かう前の“盛大なフラグ”として
三人に婚約指輪を渡した。
いや、きっと何事もないさ──
そう言い聞かせながらも、どこか不安を感じていたのだった。




