32話 お人好しとけじめ
俺は近づき、ガオト様に挨拶をする。
「ただいま、ガオト。」
ガオト様が俺を一瞥した後、メティス様を鋭く睨みつける。
「おい、そこのドワーフとゴーレムの娘。
私の後ろに来い……早くしろ。」
俺は思わず声をかける。
「ガオト……一体何を?」
静かで厳しい声が返ってくる。
「タケオミ、そこを動くな。
……黙って見ていろ。」
ガオト様がメティス様に向き直る。
「わかっているだろう?」
メティス様が無言で頷く。
ガオト様が右腕を構え、短く呟くと同時に──
メティス様の身体に鋭い衝撃が走った。
「紅狼の爪。」
赤い軌跡が空を裂き、
メティス様の身体にひびを刻み、
そのまま背後の木々を断ち切っていく。
俺は慌てて叫ぶ。
「ガオト……一体何を!」
ガオト様がメティス様に向かって言い放つ。
「私の番を“食糧庫”にしようとしたけじめだ。
お前もこれで気が晴れただろう。」
メティス様が片膝をつき、
ひび割れた身体を押さえながら呟く。
「あぁ……すまぬ。
礼を言うぞ、紅狼の王。」
……なるほど。
ゴーレム領に行った一般人を、
断りもなく“資源”として扱おうとした。
そのけじめ、という事か。
ガオト様が俺の方を向く。
「何だ、その顔は……。
まさか、私が他所で女を作った番の火遊びに腹を立て、
仕掛けたとでも思ったか?」
「あ……いや……」
ガオト様が微笑み、俺の肩に手を置く。
「そのけじめはこれからだ。」
肩を掴む手に、静かに力が入った。
「はい……」
俺はドゾムさんとレティアさんの案内をカイとライに頼むと、
ガオト様とメティス様と共に、
宮殿を立てる前の仮住まいとして建てた黒木御所へ向かった。
「さて、タケオミ。
私が言った事を覚えているか?
その時の返事もだ。」
俺は力なく返事をする。
「すまない……」
ガオト様が大きなため息をつく。
「タケオミが口説いていない事はわかっている。
どうせいつもの様に動いて、いつも通り、
無自覚に相手の琴線に触れる言葉をかけたのだろう。」
ガオト様が俺を睨む。
「だが、理解していても……何とも言えない気持ちになる。」
そしてメティス様に向き直る。
「引く気は……ないのだろう?」
メティス様がガオト様を真っすぐに見つめ返す。
「引きたくはない……。
余は、頼られる事はあれど、誰かに頼ることなど久しくなかった。
それを、見返りも求めず、純粋な善意だけで助けられた。
このように心が温かく包み込まれる気持ちは初めてなのだ。」
そして俺の方に顔を向ける。
「ですが、リンドウ様がご迷惑と言うのであれば……諦めるつもりです。」
俺は正直に本心を打ち明ける。
「俺にとって、一番大事なのはガオトだ。
それは間違いない……。
でも、メティスの気持ちは嬉しいし、
もちろん迷惑なんかじゃない。」
ガオト様が天井を見上げ、両手で頭を掻く。
「あ~~~~……!
ったく……お前の気持ちが分かる。
自分が怨めしくなる。
どうせ、いつかこんな事になるだろうとは思っていたが……
よりによって私と同じ“魔王”とはな。」
俺はその言葉に思わず冷や汗をかく。
……いつかこんな事になるって。
ひょっとして信頼されていなかった……?
ガオト様が呆れながら頬杖を突いた。
「認めてやる。第二夫人としてな。」
メティス様が喜色満面の笑顔になる。
それが何だか、照れくさい。
「その度量に礼を言う……紅狼の王。
余は嫡庶の序を乱すことがないと誓おう。」
ガオト様が鼻を鳴らす。
「ふん……当然だ。
それにしてもタケオミ……
善行の旅を止めるつもりはないが、
旅に行くたびに女を増やして帰る、
なんて事はないだろうな。」
俺は激しく首を振る。
「しない! しない!」
ガオト様が冷笑する。
「今の所、説得力がないのはわかっているな。」
俺は肩を落とす。
「はい……すみません。」
メティス様がガオト様に耳打ちする。
「その事だが、紅狼の王よ。
今度から旅には、そなたか余が
ついていく方が良いのではないか。
お目付け役がいないと、間違いなく増えるぞ?」
「お前もそう思うか?
私も同じことを考えていた所だ。」
ガオト様とメティス様が、
二人同時に俺の顔を見る。
俺は「ドゾムさんの様子を見てくる」と言い残し、
針の筵のその場から逃げ出したのだった。




