3話 お人好しとご褒美の結果
私はその日、耳を疑った。
林同主任が突然退職したからだ。
「えー、かねてより周知してあった通り、
昨日付けで林同主任が家庭の事情で退職されました。
なお、引継資料の作成や取引先との調整は
林同主任が事前にきっちりと済ませてくれているので、
業務に支障はございません。」
かねてよりで昨日付けで辞める……?
そんな馬鹿なことがあるわけがない。
でも周りは一切気にしていない。
違和感を抱いているのは私だけみたいだ。
斜め前の席で、いつもそこにあった
お人好しの笑顔がない事に、
私の胸は少しざわついていた。
林同主任がいなくなっても、
何事もなく業務は回った──のはほんの数日だった。
山田課長が声を張り上げている。
「おい、佐藤よ、てめぇ……
何度言ったらわかるんだ!
見積の金額間違ってるんだよ!
それにまたメールの添付資料間違えやがったな。
A社向けの資料をB社に送ってんじゃねぇよ!
何、泣いてんだ。助けて、ママーってか!」
「うるせーよ! お前の渡してきた資料が間違ってたんだよ!
しかも終わる前からぽんぽん新しい仕事押し付けやがって、
集中できねーんだ、ミスも増えるわ!
ママとか今時許されねーからな! 覚悟しとけよ!」
しばらくすると、佐藤君は精神的に追い詰められて退職。
山田課長はパワハラで戒告処分となり、左遷された。
林同主任がいなくなり、緩衝材の役割が消えたことが
原因なのは誰の目から見ても明らかだった。
「林同主任……今頃どうしているんだろ。
連絡先……交換しておけばよかったかな。」
◇
森の中に転移した私は、自分の状況を確認した。
「スーツだったのが黒いローブに変わっている……
それに、腰の袋には金貨と銀貨と銅貨が大量に入っていた。
この世界の貨幣だろうか。」
池の水を鏡代わりに見てみると、
見た目が18歳〜20歳に若返っている。
それに、心なしか歯並びが綺麗になって肌も綺麗になっていると感じた。
随分とサービスしてくれたらしい。
次に身体強化を試してみると、
それだけで走行速度や跳躍力が凄い事になった。
「オリンピック選手を超えているんじゃないか……」
万能魔術は、頭の中に使いたい魔法を思い浮かべると
そのまま発動できそうだった。
とりあえず定番のファイヤボール……じゃなくて、
森の中なので火事にならない様にウォーターボールを出してみた。
それにしても……
「万能魔術で出来る事と出来ないことの差は何だろうか……」
試しに不老不死を思い浮かべてみたが、上手くいかなさそうだった。
私が何となくでもイメージ出来る事と出来ない事の差だろうか。
「元の世界の経験や知見が関係していそうですね。」
一旦、そう結論付けた。
怪力は意識すると、岩石を片手で持ち上げることが出来た。
「この力があれば、前の世界では苦労した急病人を運ぶことも
容易にこなせそうだ。力加減に注意しないとだが……」
鉄壁は多分、打たれ強いと思っているけど、
今は試せそうにない。
緑の手(神聖)は、その辺の草木に触れながら念じると、
動画の何倍速みたいな速さで成長した。
「不作で困ってる人がいたら力になれそうだな……」
ん? どうも年齢に引っ張られて口調も若返っている気がする。
まあいいか……それも自然な事なのだろう。
私──いや、俺は神様からもらったギフトの検証を終えると、
万能魔術で人里を探すことにして、適当に術を作ってみる。
「座標!」
すると目の前に、駅にあるような案内板の地図が現れた。
「えっと、現在地がここで……北西に抜ければ村がありそうだ。」
俺は村に向かって歩き始めた。
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