29話 お人好しと異界渡りの門
俺の目の前には海が広がっていた。
「一体、今のは……」
すると背後から声が聞こえる。
「異界渡りの門を開きました。
といっても今回は、ゴーレム領から
吸血鬼領に移動しただけです。」
振り返り、話しかける。
「あなたが、ゴーレム領に使者に来た吸血鬼でしょうか?」
吸血鬼──ストリクスが笑みを浮かべる。
「そうです。折角のゴーレム領と手を組み、
人界の人間たちを手中に収める計画。
穏健派の邪魔者を消すために無知な小僧を焚きつけ、
あと一歩まで来たというところで……
困るんですよね。それを邪魔されては。」
穏健派がレティアさんで、焚きつけられたのが甥のマルカか……。
非道な真似を。
「それで、こんな所に連れてきて……
私を消すおつもりでしょうか?」
「それでも良いのですが、折角の御馳走だ。
私の下僕になる誉れをくれてやろう。」
そう言うとストリクスが一瞬で詰め寄り、
俺の首筋に噛みついた。
「しまっ……!」
パキンッ──。
乾いた音が響き渡る。
「なっ……私の牙がああああ!
貴様、何者だ! ただの魔術師ではないな!」
どうやら鉄壁が発動してくれたらしい。
ストリクスの牙が綺麗に折れている。
ストリクスがわなわなと震えている。
「ふん、まあいい。
右も左もわからぬこの地で存分に迷うが良い。
貴様がゴーレム領に戻って来た時には、既に手遅れだ。」
そう言うと、一人だけ異界渡りの門を通って消えてしまった。
「待てっ!」
置いて行かれてしまった……。
ガオト様に連絡を取るか。
魔術の座標で現在地を把握して
ゴーレム領に向かうか……。
前者は、今度こそガオト様が激怒して
吸血鬼領を攻めかねない。
後者は、時間が待ってくれなさそうだ。
……折角だし、試してみるか。
「異界渡りの門!」
出来た。
経験したばかりの魔術を万能魔術で再現してみた。
これでゴーレム領に帰れそうだ。
あれ……?
これってひょっとして……。
◇翌日
ストリクスが大広間でステュクス様に叫んでいた。
「リンドウは行方不明になりました!
さぁ、今度こそ我々吸血鬼と手を組み、
この世の全てを共に分け合いましょう!
そうするしか生き残る道はないのです!」
俺は勢いよく乱入する。
「誰が行方不明だとおっしゃいますか?」
ストリクスが驚愕の表情を浮かべる。
「ちっ……異界渡りの術を使えたのか……。
これはこれはリンドウ様。どうやら
何か手違いがあり、勘違いしてしまった様です。
御無事でよかった。」
そう言ってストリクスが立ち去ろうとする。
「待ってください。
あなたが昨夜した事を、皆さんに知って頂く必要があります。」
俺は万能魔術で昨夜の出来事を再生した。
「記録再生!」
ストリクスが慄く。
「な、何だその魔術は……!
そんなもの聞いたことがない……!
お前は……! 一体何者だ!」
俺は首を振る。
「御覧の通り、その吸血鬼は
平和に解決しようとした道を閉ざそうと画策し、
私を無き者にしようとしました。
そればかりか──
マルカさんを焚きつけ、レティアさんを襲わせた元凶でもあります!」
俺はステュクス様に向かって叫ぶ。
「隣人の幸せを願えず、
信義にもとる行為をする者たちと
軌を一にすることは到底できないと……私は思います。」
ステュクス様が静かに告げる。
「ストリクスよ。そなたがしでかした事、
此度は見逃し、大事にはせぬ。疾く去るがよい。」
ストリクスが歯ぎしりをする。
「ふんっ、後悔しますよ!
そこの人間が寿命を迎えた時、
手を組んでいればよかったとね!」
そう言って異界渡りの門を開き、ストリクスは消えていった。
大広間の端では、レティアさんに泣き崩れながら
謝っているゴーレムが見えた。
あれがきっと、マルカさんなのだろう。
ステュクス様が俺の方へ向き直る。
「そなたには迷惑をかけた。
しかし開放するわけにはいかぬ。
本日の鉱石を出してもらわねばな……。
廃鉱にした鉱山に向かうとしよう。
そこなら鉱石で埋め尽くしても問題なかろう。」
「承知しました。」
俺はステュクス様と共に、鉱山へ向かった。




