21話 お人好しとドワーフ勧誘
ゴーレム領をしばらく歩くと、柵のある区域が遠目に確認できた。
さらに近づくと、門が見える。
「門番はいないようだ……。
すみません、通ります。」
門を潜り抜けると、視界に広がったのは
舗装された道と、石造りの家々の並びだった。
「竪穴式住居で暮らしていた亜人族の村とは大違いですね……」
よく見ると、どの石造りの家も間延びした通路で
ドーム状の建物と繋がっており、そちらには煙突が備え付けられている。
恐らく、鍛冶をする工房なのだろう。
「個人の家に飛び込む営業をするのも気が引けますね……
どこかに看板など出ていないでしょうか。」
しばらく通りを歩くと、酒屋らしき建物が見つかった。
俺は意を決してスイングドアを潜り抜ける。
中では、ドワーフ達がテーブルで酒を酌み交わしていた。
何人かのドワーフが、視線を一瞬だけこちらに向ける。
俺は店の奥のカウンターに座ると、
マスターらしい人物に声をかける。
「すみません、一杯いただけますか?
……マスターはドワーフではないのですね。」
マスターがにこりと笑い、
陶器の杯になみなみと液体を注ぐ。
僅かなアルコールの匂いが鼻を抜ける。
酒精はそれほど強くなさそうだ。
「ドワーフがマスターをすると、
一緒に飲みだして場が荒れるから……と頼まれたんですよ。」
「なるほど。それで……すみません。
あなたは……人間でいいんでしょうか?」
「いいえ、私はストーンゴーレムですよ。
入城検査で会っているヘレンと同じですね。」
俺は目を見開く。
ヘレンさんは、ギリシャ彫刻の関節と口だけが動くような見た目だった。
目の前にいるのは、人間にしか見えない。
マスターが両手の掌を上に向け、
やれやれといった仕草をする。
「ヘレンに一杯食わされましたね。
あいつの悪い癖だ。」
そう言うと、マスターの見た目が
ヘレンさんと同じ雰囲気に変わる。
「我々ゴーレムは、見た目や身体の軟度・硬度を制御可能です。
そうでないと関節が曲がりませんし、
口も開けられないでしょう?
この見た目の方が省エネではありますけどね。」
言われてみればその通りだ。
思わず苦笑する。
「そうですね。帰りはヘレンさんに
苦情を入れないとですね。」
もちろん、冗談でそんなつもりはないが。
俺が笑いながら杯を傾けると、マスターの姿が元に戻る。
「まぁ、どんな姿で過ごすかはゴーレムの趣味みたいなものでして。
それで、リンドウ様はこちらにドワーフの勧誘にいらしたのですか?」
なるほど。
であれば、俺が想像していたような姿のゴーレムもいそうだ。
マスターが名前を知っているのは、ヘレンさんから既に連絡済みなのだろう。
「……はい。ドワーフを勧誘する事に、ゴーレム領として問題はありませんか?」
「流石に一度に全員を……となると少々問題ありますし、
何より寂しくなりますが……構いませんよ。」
“できるものならどうぞ”という余裕が感じ取れた。
「では……お言葉に甘えまして。」
俺は大声で叫ぶ。
「お楽しみの所、失礼します!
私は亜人族領から来たリンドウと申します!
まずはお近づきの印に、一杯奢らせてください!」
万能魔術で、酒精の強い酒を出す。
迷った末に、アルコール度数40度を超える焼酎の原酒にした。
肴としてスルメイカとエイヒレも添える。
ドワーフ達が口々に騒ぎながら集まり、
木樽から注いで自由に飲み始める。
「なんじゃ? ただで貰えるなら飲んでやるぞ。」
「ほう、蒸留してあるな。なんとまぁ贅沢じゃな。」
「うむ、このよくわからん肴……噛めば噛むほど味が出てうまいな。
口に入れてからこの酒を流し込むと最高に合うわい。」
そして、あっという間に五つの木樽は空になり、
また勝手気ままに喋りだす。
「なんじゃ、もうなくなったのか。」
「旨かったぞ、リンドウ!」
「もし武器が欲しいなら儂の工房に寄っていけ。
好きなもんをくれてやる。」
俺は一度だけ手を叩き、大きな音を響かせる。
そして、本題を切り出す。
「皆さん!
亜人族領では鍛冶を興したいと思っています。
この中で、ゴーレム領から引っ越してきてくださる方は
いらっしゃらないでしょうか?
もちろん、住居や工房など必要なものは
全てこちらで取り揃えさせていただきます!」
──場が静寂に包まれる。
「亜人族領? あそこは魔界で一番の未開地じゃろう?」
「あんな所で鍛冶なんぞできるわけがない。」
「さっきの酒が毎日飲めるとしても……話にならんな。」
やがて、年長らしき風格を漂わせたドワーフが声を響かせた。
「リンドウ……とか言ったな?
まずは礼を言おう。旨い酒じゃった。
そしてお主の勧誘じゃが……それは無理じゃ。
儂らにとって酒は生きがいじゃ。
だが……鍛冶は魂なんじゃよ。
ここに居る連中は、各々が“至高の一振り”を
いつか自分で打つ事を目指している鍛冶職人達でな。
亜人族領で寄り道などしている暇はないんじゃ。」
俺は無言で聞き続ける。
「協力してやれずにすまんな。
もし亜人族領で武器が要ると言うなら……
まぁゴーレム領の許可が出ればじゃが、
いつでも買い付けに来るといい。サービスはしてやる。」
俺は頭を下げる。
「ありがとうございます。突然の無理を言ってすみませんでした。
これはお騒がせしたお詫びです。」
そう言って、焼酎の木樽を十個追加する。
マスターに支払いをしようとすると断られたので、
お礼を言って店をあとにする。
目的のドワーフ勧誘は叶わなかったが、
ゴーレム領について知ることができた。
それだけでも収穫があった。
そう考えて元来た方向に帰ろうとした、その瞬間──
「ちょっと待て。」
俺は、何者かに呼び止められた。




